YOUNG GUNS #1

落語家・瀧川 鯉斗ものがたり。(後編)

Contributed by Kenji Yoshida

People / dec.03.2018


さまざまな人の歴史を切り取り物語にする「YOUNG GUNS」。
第1回目となる今回は、
落語家・瀧川 鯉斗(たきがわ・こいと)さんのストーリーをクローズアップ。
後編は、物語のベースとなったインタビューの内容をお届けします。



––簡単な生い立ちを教えてください。
生まれてから幼稚園くらいまで、東京で暮らし、その後、札幌に小2まで住んでいました。スポーツ少年で、札幌ではスキーに夢中でした。その頃からやんちゃだったとは思います(笑)。小3のときに名古屋に引越しました。当時はサッカー選手になるのが夢で、15歳くらいまでやっていましたね。日本代表のゴールキーパーを務めていた伊藤裕二さんに教えてもらったこともあって、愛知県代表になるくらいまで上達しました。

––落語だけでなく、お笑いは好きだったんですか?
落語はよく知らなかったですけど、お笑いはずっと好きでした。周りにやんちゃな友だちが多くて、みんな陽気。とにかく友だちといる時間が楽しかった。

––暴走族に入ったのは?
中学校の先輩がかっこよかった。その人が暴走族で、一緒にバイクで名古屋市内を走るようになりましたね。喧嘩という諸事情があって、高校は1日で辞めたんですが、その後、サーフィンのリペアとかのバイトをしながら、夜になればバイクで名古屋市内を走る。そんな生活をしていました。

––暴走族時代のエピソードについて教えてください。
名古屋市内にはいろいろな暴走族のチームがあって、チーム同士は仲がよかったです。つねに100台とかはいて、特別な日は300〜400台くらいで走ってました。当時は本当に楽しかったですね。エンジンをどうすればうまくふかせるかとか、ラッパをどのタイミングで鳴らすかとか、そんなことばかり考えていました。ラッパって、バッテリーを食うから、1日に2回くらいしか鳴らせなくて……、「ここぞ」というときまで取っておくんです。

––落語家を目指すようになったきっかけは?
「このままじゃ、ダメだな」と思って、暴走族を辞めました。当時、映画が好きだったので、役者になるため上京しました。役者を目指しながら、ジャズなどが流れるイタリアンレストランでバイトをしていました。そのときに、落語の独演会がバイト先で開催されて、初めてちゃんと落語を観ました。「役者を目指すなら、落語くらい知っておけ」とオーナーにすすめられて、バイトを早く上がらせてもらって客席に座って観ました。一人何役もする落語家が、かっこよかった。その後、すぐに落語家を目指そうと思いましたね。

––役者の道も、落語家の道も、決断するのに迷いはなかったんですか?
 今、自分の進むべき道を決められない人も多いのですが、その行動力はどこからくるんですか?
興味があるのなら、迷わず、とりあえずやってみればいいと思っているんです。「失敗したらどうしよう」とか不安な気持ちはもちろんあるのですが「まずは、やってみよう!」と決断することが大事。そこから、のめりこめるなら続ければいいし、難しいなら諦めてもいいと思います。とりあえず、興味のある人や物に近づく! 「やりたい!」と感じたときに行動した方が絶対いいと考えています。









profile
瀧川 鯉斗(たきがわ・こいと)/落語家。公益社団法人落語芸術協会所属。愛知県名古屋市出身。アルバイトをしているときに師匠の瀧川鯉昇の落語独演会をきっかけに弟子入り。2005年に前座。2009年4月、二ツ目昇進。落語の伝統的な一面を引き継ぎなら、現代にも適応した落語のスタイルを目指している。2019年5月、真打に昇進予定。

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