『Vivienne Westwood』の時計

Just One Thing #8

『Vivienne Westwood』の時計

Yuka(アクセサリーデザイナー)

Photo&Text: ivy

People / 2022.06.16

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#8

 身に着けているもので、自分が見るもの。意外と少ない。服にせよ、アクセサリーにせよ、部屋やクローゼットにあるうちはともかく、身に着けて出かけているとき、お気に入りの品を目にするのは自分自身ではなく、その時間居合わせた相手だ。ファッションは自己満足、なんていうけれど、裏返しとして、他人の目を抜きにしては語れない。例外として間違いなく筆頭に上がる存在が時計だ。ふとした瞬間、目をやるし、他人よりも自分で見ることが想定された唯一のアイテムともいえるかもしれない。

 さて、そんな時計を持参してくれたのは、アクセサリーデザイナーのyuka(以下、ユカ)。『Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウェストウッド)』の腕時計、黒革のベルトと金色の文字盤がクラシカルな雰囲気を持つアンティークライクな一本だ。



「買ったのは、4年前。たまたま家電量販店で見かけて、なんだか惹かれてしまって。それ以来、ずっとつけているんです。今でもほぼ毎日身につけています」

 アクセサリーを生業としているだけあって、ユカ自身、身に着けるものへのこだわりは強い。一点ものの古着を中心に組んだコーディネートは、一目で彼女のものとわかる風合いやシルエットが特徴的で、頭からつま先まで、「らしさ」で溢れている。

「手編みのニットとかヴィンテージのワンピースとか、一点一点に違いがあるものに惹かれます。全く同じものがないから、形とか、柄とか、風合いとか、個体差を本当に愛おしいと思ったものを手にとれて。それ自体をすごく愛せるというか」

 時計だけでなく、服も靴もアクセサリーも、納得したものしか身に着けない。だからこそ、いつの間にかそのコーディネートは他の誰のものでもない、彼女のものになっていたんだ。今回持参してくれた時計は、そんな徐々にでき上がったスタイルの一部。そして、今クローゼットの中にあるもので一番の古株だというのだから、原点といってもいい。

 このようなもの選びに対する目は、彼女の仕事でもあるアクセサリ―製作にも通じている。アクセサリーの中でもユカは真珠の宝飾品が専門だ。アクセサリーとして真珠を組み合わせる過程は勿論、珠の選別も行う仕事。取り扱う真珠は、一粒ごとに形や艶、大きさも異なる。だからこそ、完全に同じ個体が一つもないので、まるで生き物と向き合うかのようにそれぞれへの愛着が生まれる。

「ちょうど、会話しているような感覚ですね。自然のものだから、傷があったり、変形していたり、割れてしまっていたり、商品にならない珠に出会うこともあるんです。そういうときはもう『ごめんね!』って感じです(笑)『使えないんだよ...』って申し訳なくて、いたたまれなくて語り掛けています」

 父親は真珠業界に長年務め、アクセサリーを取り扱う会社を経営している。この道を歩み始めたのも、きっかけは家業。現在は、父の会社で商品製作を手掛ける傍ら、自らの作品も発表している。作品は、「ケシ」と呼ばれる真珠を用いている。ケシは、真珠貝に偶然入り込んだ砂などの異物を核として取り込んでできる珠のことだ。完全なる自然の産物であるケシは、形が更に多種多様で、個体差が大きい。ゆえに、全ての珠が必然の存在となる。異なる形、大きさの一粒一粒を組み合わせて仕上がる作品は、ユカの対話が創り上げた賜物であり、自己表現ともとれる。



「自分が作るものに、自分を表現することに、ずっと自信が持てなかったんです」

 ファッションとアクセサリー。プライベートと仕事。それぞれで自己表現の手段を持つユカを見ると、意外にも思えることを語ってくれた。

「そもそも人と関わることが苦手で、学校に行くのもすごく嫌だったんです。幼い頃は、『真面目で、優しい、しっかり者』みたいな、優等生のイメージが私についていて、それが本当の自分自身とかけ離れていることにだんだん気づいてしまいました。本当の自分ではないイメージでいることが辛くて、かといってそうではない自分をさらけ出したら受け入れてもらえる自信がなくて。どんどん自分に自信が持てなくなりました」

 自分自身を保てなくなることへの不安。それはゴールが見えないトンネルのように、日々を暗く覆い隠してしまう。そんな行き場のない孤独感や無力感を味わうさなかに出会ったのが、この時計だ。



「最初はコーディネートをインスタに載せるのも抵抗があったんです。その時は自分がおしゃれだとは思えなくて、服は好きだけど自信がなかったので。ただ、この時計を身に着けていたら不思議とありのままの自分をいいと思えるようになって」

 時計が自信をくれた。その理由をはっきりと言葉にすることはなかった。ただ、うんうんと考える彼女を見守りながら、今の仕事への思いを語った言葉が浮かび上がった。

「真珠と向き合っているときは、心穏やかでいられるんです」

 どちらにおいても共通するのは、彼女自身が選んだものが形になっているということ。自分に自信が持てなかったユカがずっと向き合っていても飽きない、素敵なものと自らの選択で巡り合えたという事実、それこそが彼女に自信を与えているんじゃないか。

「アクセサリーも、自分で作ったものを発信するように背中を押してくれたのは、友人たちでした。大好きな服を載せるようになってから、幸いなことに趣味や好きなものに共感してくれる素敵な人と出会うことができて。そういう人たちがいたから今こうして、好きなことを形にできているのかな、って思います」

 己の感性には正直に、ひたむきに生きてきた。だからこそ、他人とのかかわりや自己表現に苦手意識があった頃から、心を動かす素敵なものや人との出会いに恵まれてきた。モノ選びの原点である時計と共に、今もその視点を生業の糧としている。アクセサリー製作にあたるときも、誰かに会いに街へ出るときも、共にある愛用品。仕事中、生活の途中、ふと時計に目をやるとき、彼女の原点が見える。彼女自身のこれまでの生き方を、そしてこれからを象徴する存在として、ユカにとって欠かせないものであり続ける。



yuka(アクセサリーデザイナー)
真珠のアクセサリー製作を専門としている。家業である宝飾品会社に勤務し、商品製作に携わりながら、自身の名義で作品を手掛けている。個人の製作は勿論のこと、古着を着こなしたコーディネートもInstagramに投稿しており、彼女の普段の様子が垣間見える内容となっている。
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