『Levi’s』のデニム

Just One Thing #16

『Levi’s』のデニム

choco

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2022.10.06

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#16

「心のチューニングが必要でした」

 学生時代、主に写真表現を行っていた通称『choco』。今年、大学を卒業した4月、突然京都へ移住した。移住後は、『Kyotographie』や『Brian Eno Ambient Kyoto』といったアートイベント、アートホテル『BnA Alter Museum』のスタッフとして働いている。その傍ら、故郷である中国・江西省のローカルフードをポップアップで振る舞ったり、写真でグループ展に参加したり、マイペースに活動中。この日は仕事の関係で久々に東京へ戻ってきていた。

「自分がどんな人間かわからないまま、仕事を決めてしまうことに抵抗がありました。その決断をするのが『今ではない』と思ったんです。東京にいると、みんなが就職活動をする流れみたいなものが強いから、そのエネルギーに引っ張られてしまいそうで…。でも、そうやって就職する人の中にも、将来へ前のめりになれている人と、周りの雰囲気に流されている人がいると思うんです」

 就職活動という言葉を使った、周囲の圧力は過剰だ。「みんな大して考えずに会社に入るんだから」、「一生を決めるスタートライン」、「やりたいことなんて社会人になったら見つかる」。無責任な言葉は往々にして無遠慮で強いエネルギーを持ってしまう。そんな周囲の雑音から距離をとり、自分の内面を見つめるために、環境を変える選択をした。これをchocoは「心のチューニング」と表現する。



「私自身が行動する上で、影響を受けるものは日々身の回りにたくさんあります。それは、自分が意識していない中で起きることであったり、出会った人との会話だったり。そういう環境の中でこれは好き、嫌い、気持ちいい、気持ちよくない、みたいな『意識』が自分の中で形成されていって。その『意識』が何かをしようとか、何かが欲しいとか、『意志』に変わるんです。『意志』は、他の人や外部に対しての行動を引き起こします。そして、その行動一つ一つが私を取り巻く環境を形作っていく。その繰り返しです、いつも」

 日々、微妙に変化し、繊細で、感覚的。それはまるで楽器のチューニングのようだ。「心のチューニング」について話すとき、chocoは少しずつ自分の頭の中を書き起こすように、丁寧に言葉を選ぶ。ジェスチャーを交え、時折大きな瞳を見開いて、ハッとしたような顔になる。きっと、自分の中でもしっくりする言い回しを探しながら話しているんだ。

 そんな日々、答えを探すように、自らに問いかけ続けるchocoが今回持ってきてくれたのは、お気に入りだという『Levi’s(リーバイス)』のヴィンテージデニム、550だ。



「ずっと私の身体に合うデニムを探していたんです。身体つきがあまり日本人にいないタイプだから、売っているデニムでしっくりくるシルエットがなくて。この一本は、たまたま古着屋さんで見つけたんですけど、『コレだ』ってなりました」

 そんなお気に入りの一本は、少し丈が長め。敢えて裾は直していない。

「性格が出ていると思います(笑)。今日はブーツで厚底だから裾が地面につかないんですけど...コンバースとかサンダルとか、ぺたんこな靴の時は踏んじゃってて。だからちょっと裾が汚れたりほつれたりしています。でも、それがまた私の履いた証というか、同じものは世界に一つとしてないなって思えるので」





 せっかくのシルエットを裾直ししたくないのもあるだろうし、何より引き摺って履いていたっていいじゃないか、って思えてくる。もはやそれすら彼女のスタイルなんだから。

 たまたま身体にピッタリで、裾がほんの少し長いデニム。それがそのまま履いていた汚れやほつれ、皴に愛着が湧いて、世界にたった一つのデニムになった。そういう意味では、このデニムを履いて街へ出かけること自体、chocoにとって「心のチューニング」の延長にあるともいえる。


 さて、自己内省、自分自身と向き合うことの大切さをよく知っているchoco。そんな彼女は、他者との対話を大切にしているんだとか。

「他人は自分を映す鏡だと思っています。こうして対話をしているときに、相手から見た私自身を受け取って、自分の考え方とか忘れていた一面とか、気づくことがたくさんあります。その中で、いま必要なものを自分に取り入れていくために、すごく対話が大切なんです」

 なるほど。無意識下の自分やまだ言葉になっていない自分の意識を見つけるための対話。相手に伝わる言葉を探すような、力強くもどこか寄り添うようなchocoの話し方が、この話を聞いて納得した。
 では、どんなきっかけから、他の人との対話を重視するようになったのか。

「2019年の夏、バルト海を一人で周遊していました。現地で会う人たちと話をすると『何歳?』『仕事は?』『学生?』みたいな話にならなくて。それよりも旅の目的とか考え方とか、一個人としてどう感じる人なのかに興味を持ってくれました。社会の肩書や属性ではなくて、その人の内面に興味をもって知ろうとしてくれていることが嬉しくて」

 現在のchocoが形成される原体験といえそうだ。

 この日履いているデニムは勿論、ファッション全般が彼女にとって、「心のチューニング」における他者との対話に位置づけられる。何系、とかなんとか風とか、どういう仕事、とか何歳くらい、とか...そういう社会での属性を表す記号のためのファッションではなくて。服や靴がどういう考え方をしていて、どういうものが好きで、好きなものをどういう風に扱うのか、一個人としてのchocoの内面を表現している。そして、そんな今の彼女の姿を見た、相手がchocoにとって「心の鏡」になる。

 だから、このデニムはまさに、chocoの生活、嗜好、物に対する考え方、扱い方、そういう「個」がよく出ていて、必然的に彼女の内面へ目を向けさせる。

 このインタビューが終わった後、翌日には京都へ戻り、しばらく東京へは帰らないという。ようやく京都での生活にも慣れ、「心のチューニング」が安定してきた。これからは将来何をしていこうか、ゆっくり考えたいと言っていた。環境を変えつつ、行動を起こしながら試行錯誤を繰り返す彼女の生き方は、一見ハイペースにも見えるけれど、全ての行動は必然だ。己の内面に正直な生き様は、日常生活へ疲れたとき、何かをリフレッシュしたいとき、大切なヒントをくれているように思う。




choco
 中国、江西省出身。幼い頃から両親の影響で日本と中国を往復し、環境変化の多い生活を送る。シンガポールでの高校生活を経て、都内の大学を卒業後、京都へ移住。現在は、仕事と並行して写真表現を中心に様々な活動を行っている。最近では9月19日、京都のクラブ『METRO』で開催された『By This River』へ故郷のローカルフードをポップアップで出店した。その他活動詳細は本人のInstagramへ。
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