『CONTAX』のカメラ

Just One Thing #19

『CONTAX』のカメラ

佐藤千花(アパレルショップスタッフ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2022.11.17

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#19

その日は、急に冷たい風が吹いて、昨日より空が少し澄んでいた。道行く人は朝、天気予報のアプリを見ながら羽織物を出して恐る恐る衣替えするタイミングだけど、アパレルショップのスタッフたちは、既にニットやアウターを着ている。代官山駅前、遅番の出勤前にインタビューを受けてくれた彼女も、例に漏れず。今年の新作だという晩秋の装いに身を包んでいた。



ファッションブランド『Little Suzie』の代官山にある旗艦店で働く佐藤千花(以下、チカ)。
大学時代はセレクトショップでアルバイトをしていて、卒業後は日本のアウトドアブランドへ就職。複数の店舗を経験したのちに現在の会社へ移った。働く店やブランドが変わっても、それぞれテイストが異なっていても、会うたびに彼女の印象はそれほど変わらない。服自体はかなり変わるはずなんだけど、チカらしい選択基準が、他の人にはわからない絶妙なラインで、どこかに存在しているんだ、きっと。

「こうして普通に過ごしていてもさぁ、心躍る瞬間があるじゃない?」

どこか酔っぱらったような飄々とした口調で話しながら、小さなカメラを取り出した。『CONTAX(コンタックス)』のフィルムカメラ、T3。チカが大学生の頃、映像の勉強をしていた頃から愛用しているという。さっき通り過ぎた、なんてことない街の一角にレンズを向ける。心躍る瞬間、それは写真を撮るときはもちろん、ヒトやモノ、彼女が日々体験するすべてのことにおいてもあるようだ。



「私が撮るのは、学生の頃からずっとスナップ写真なんだよね。ヒトとか、モノとか、特定の被写体にフォーカスするんじゃなくて、その瞬間私が見ていた視界をそのまま収めてる。季節があって、天気が変わって、同じ場所でも同じ景色とは限らないし、その瞬間、その場所でしか撮れないものを映したい」

チカにとっての心躍った瞬間、その体験が収められているのが、このカメラ。そのレンズは彼女の視野で、脳裏に描かれた景色がそのままフィルムの中に焼き付いている。

「すべての言動は経験が創ると思ってる」

と語るチカにとって、過去の体験が積み重なってきたカメラは紛れもなく彼女自身を形作る存在の一つといっていい。

そして、その経験を得るために、彼女はどこまでも貪欲な人だ。

「あちこち旅するのが大好きで、最近、海外にはいけてないけど…今年も北は北海道、南は徳之島まで日本中いろんな場所に行ってる!そうそう。つい最近、弾丸で大阪に行ってきたよ。徳之島に行ったときは日本でも珍しいコーヒー栽培をしている方と会ったのがすごく印象的で…あとは最近サーフィンを始めてみたんだけど楽しい。何回か練習してる」

近況報告をしたらそれだけで1時間過ぎてしまいそうなタイプだな、と思う。経験一つ一つの濃度もさることながら、その振り幅の大きさにも驚く。忙しい仕事の合間を縫ってそれだけの行動を起こしているエネルギーはどこから来ているのか、どうしたって聞かずにはいられない。

「たぶん、アンテナの守備範囲はものすごく広いからさ。自分にとって全く新しいこととか気づかなかったことと、逆に元から好きで自分の中に何かが引っ掛かっていたこと。この二つは必ずやりたくなっちゃうんだよね。経験一つ一つが財産だと思っているし」



活動的といえばそうなんだろうかれど、チカをその一言で片づけるのは少し違和感がある。あっけらかんとした語り口のせいもあるかもしれないけれど、それ以上に彼女が見ている場所が他の人と根本的に異なっていることが大きい。

「まだ将来何がしたいとか、具体的にどういうことをやりたいとかは決まっていないんだよね。ゆくゆくは自分で仕事をしてみたいと思っているけど。ただ、20代のうちはインプットだと思っていて、なるべく多くのことを吸収したいんだ」

何かを達成するためとか、何かになるためとか、そういう目標へ向けて行動を起こし、経験を積む人は多い。チカの場合はそれを定めていない。目先の目標には捉われず、もっと純粋に興味が赴くままに、丁寧にその瞬間・その景色を味わっている。

きっと、チカが選ぶ服であったり、会話の言葉であったり、何かをしたいと思う決断であったり、そういう意思決定には、積み重なった彼女の経験が元となっている。味わった心躍る瞬間・景色すべてが「経験」だからこそ、ジャンルや当初の目的を問わず、チカ自身を形成するものとして、彼女の中にフラットに蓄積されている。「すべての言動は経験が創る」という彼女の考えは、そういう意味なんじゃないか。

「いざ、ずっと着ている服とかアクセサリーってあんまり思い浮かばなくてさ。特に最近はモノを買うことよりもコトにお金を懸けたいと思うようになってたから。どこかへ旅に行くこともそうだし、こうして誰かと会うときもだし、私自身の経験を振り返るうえでそれを形にしているものだからこのカメラを持ってきたんだ」



チカの写真は、被写体にフォーカスしない。だから、たまたまヒトの写真かもしれないし、風景の写真かもしれないし、それ以外の何かかもしれない。その瞬間、目の前の景色に心躍るかどうかが唯一の基準だ。だから、このカメラは彼女が得る経験に対しての、そして経験を経た意思決定の軸になる「心躍る」瞬間を形にするものなんだ。

言葉選びも服選びも、どこかの誰かから借りてきたものじゃなくて、唯一無二。だから、どこのブランドで働いていても彼女の着こなしは彼女にしかできないものだし、いつ会っても全身でチカ自身を表現できているんだ。まさにこれがスタイル、といわんばかりに。ただ、彼女自身はそれを自らの言葉で口に出すことはしない。それが彼女らしくもあるし、何より純粋に心が動かされたモノの蓄積である経験は、スタイル形成のために積んだものでもないからだ。きっと。

「来年はずっとやってみたかったことがあってね。それをやろうと思ってる!学んでみたかった分野があって、仕事をしながら学校へ通うことにしたの」

何を学ぶか聞いてみたかったけれど、インタビュー中には敢えて聞かなかった。彼女が学校へ通う決断をするほど動かされる過去の経験は何なのか。せっかくだから、今後の彼女の意思決定を通して知りたくなってしまったんだ。



佐藤千花(アパレルショップスタッフ)
広島県出身。大学進学を機に上京し、映像制作を学ぶ。学業の傍ら、カルチャーメディアのライターやセレクトショップのスタッフとして自己発信も行っていた。アメリカ・ポートランドへの留学、長期滞在を経て大学卒業後はアウトドアブランドへ就職。都内・近郊の旗艦店での勤務を経て現在は『Little Suzie』の代官山にある直営店で働いている。実は学生時代から寄席へ足を運ぶほどのお笑い好き。
Instagram @senhana_

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