『Enfants Riches Déprimés』の<br>レザージャケット

Just One Thing #21

『Enfants Riches Déprimés』の
レザージャケット

Nell(彫刻家)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2022.12.15

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#21

ホワイトキューブのギャラリーに、黒いシルエットが動く。ダブルライダースとタイトなパンツを黒で揃え、前髪を重たく伸ばしてパーマをかけた姿は、どこか往年のテディボーイ(60年代ロンドンで流行した不良少年のロックファッション)を思わせる。京都の三条にあるギャラリー兼カフェ『Flim(フリ厶)』のオーナーにして彫刻家、Nell(ネル)だ。『Flim』は、自身の作品はもちろん、国内外のアーティストの作品を展示する空間であるとともに、アトリエも兼ねている。



出身はイングランドのヨークシャー州。その後ロンドンやパリ等、各地を転々としたのち、現在は京都を拠点としている。いつも着ているというレザージャケットは、この日羽織ったものに限らず、長年収集しているお気に入り。

「これを買ったのは5年前ですね。ちっちゃい頃からエディ・スリマンの大ファンで、彼が手掛けたものを集めているんですけど…。これはHenri Alexander Levy(ヘンリ・アレキサンダー・レヴィ)っていうデザイナーが手掛けたもので、パリとLAを拠点にしている『Enfants Riches Déprimés(アンファン・リッシュ・デプリメ)』というブランドのやつです。コレクションでは、『フレンチパンクスタイル』を打ち出しています」

建築家でアートコレクターでもある父の影響で、幼い頃から自宅のテレビでファッションブランドのショーを見ていたというNell。当時から大好きなエディ・スリマンは、幼い頃の彼にとって、他の子どもたちにとってのヒーローやスポーツ選手のような憧れの存在だった。

「色々なショーが流れる中で、彼のショーが一番印象に残っていました。一つの作品の中で対立する要素が拮抗していることに強く惹かれて、衝撃を受けました」

幼少期の初期衝動は、現在のNellにも強い影響を残している。

「僕のテーマはずっと変わらなくて、自然と文化の拮抗です。例えば建築は、その建物が存在している自然とそこにある社会の成り立ちが拮抗した場所にあるはずです。そこはどういう土地なのか。そして、どういう人が生活を営んでいてどういう動きをしているのか、それぞれの要素が拮抗したうえで成り立っているものだと考えています。そういうものを作品でも表現したいんです」

愛用のレザージャケットも動物という自然界の存在と、ファッションデザインという文化の産物が拮抗している。そういう意味で彼自身の在り方を象徴しているといえる。



「生まれた場所はド田舎で、自然がごく身近にありました。家のすぐそばにヒツジやオオカミが当たり前にいる場所で。その後、自然と対極にあるロンドンへ行って、2歳からは日本とイングランドを往復する生活になったんですけど...」

目まぐるしく変わる生活環境の中、アートや建築と絶えず向き合う生活を続けてきた彼にとって、自然と文化が共存していることは自然と頭の中で咀嚼されていたのかもしれない。
実はNellは、その青年期において、環境だけでなく、人生そのものが相反するものの拮抗によって成り立っていることを味わってきている。自らの意志と与えられた環境は時として強く反発することがある。

「17歳のとき、ホームレスだったことがあるんですよ。素行が悪すぎて通っていた高校の宿舎を追い出されて(笑)そのお陰なのか、ホームレスと仲良くなることがあります。パリに初めて行ったときは友だちがいないから一人で路上で飲んでたら、いきなり絡まれて…みたいな。実はこれ(この日着用のレザージャケット)も、そんな感じで路上に座り込んだり寝っ転がったりすることがよくある生活だったから、タフなカウ(牛)のレザージャケットが欲しいなって思って買ったんです」



俄かには信じがたい話だけど、逆に想像を超え過ぎていてすんなり受け入れてしまった。厳格な上流階級の学校へ通っていたNellは、イギリス階級社会の縮図ともいえる学校生活に馴染めず、強い窮屈さを味わっていた。そうした中で環境への反発ともとれる行動が、後の彼自身を形成する上で欠かせないものとなっていく。

「学校が嫌でレコード屋へ逃げ込んでいました。その時に、ジャズもロックもクラブミュージックも聴き漁って、色々な音楽に触れました。最初はロック。当時、エディ・スリマンがアークティックモンキーズの衣装をスタイリングしていて、テディボーイみたいな服装をしてたんですよ。めちゃくちゃかっこよかったなあ…。あとは、エイフェックス(・ツイン)がめちゃくちゃ好きだったから、レイヴにも足を運ぶようになって。レイヴは日本では考えられないというか...ジャンキーや不良がうじゃうじゃいる、かなり危険な場所でした(笑)目を付けられるから、高いレザージャケットなんか着て行けないんです。むしろ汚していい、お金持ってなさそうな、現地の子と同じような服装じゃないといけなくて。それこそ、一番ポッシュでフォーマルな上流階級向けのパーティーから、ジャンキーだらけの汚いレイヴまで行っていたので刺激の塊みたいな毎日を送っていました」

そういう生活の中で人の生活、社会の成り立ち、自身が置かれた環境と自らの意思…相反するもの同士がせめぎ合って、ぎりぎりの拮抗が危ういバランスを保っていた。



現在は京都に定住し、『Flim』のオーナーとして店に立ちながら作家活動に勤しむ日々を送っている。

「あっちにいた時とはやっぱり生活が変わりますよね。ただ、個人的に日本へ来て思うことは、アートを語る場、深める場がないなあって。ギャラリーはただ作品を見るだけの場所じゃないぞ、って思うことが多いです。そういう意味でも海外とのギャップを感じますね」

日本で感じた違和感へ、自分なりに考えて出した回答がこの空間だ。

「アートを体験する上で、知性と感性は両方必要です。日本だと見て感じる、感性の方にばかり比重が置かれてしまうけれど、ただ見るだけじゃわからないことがたくさんある。例えばどういう社会的な背景があるのか、とか作家がどういう人となりでそのメッセージを出しているのか、とか。そういうことを語る場がギャラリーであって欲しいなと」

国内外のアンダーグラウンドで活動する、まだ認知度が低いアーティストも積極的にピックアップし、その場だからこそのアート体験を提供している。





「カフェとギャラリーを併設しているのはその意図があって、まだアートにあまり触れたことがない人も深められる場にしたいんです。なかなか、フラッと入りやすいギャラリーってないじゃないですか」

ふと立ち寄り、コーヒーを啜る場所と、じっくりアートに向き合い、語らう場所。時間の過ごし方としては対極に思える要素の合わさる点にこそ、ギャラリーの、そしてアートの本質を見出している。

Nellにとって、表現の源泉が常に相反するものの拮抗にあることは間違いないようだ。
文化と自然、その拮抗を表現した彼の作品。それは、社会のどんな文化を現し、どんな人へメッセージを向けているのか。気になるからこそ、ギャラリーへ足を運んで、語らいたくなる。

きっと今日もギャラリーにいるはずだ。お気に入りのレザージャケットを羽織っているから、ひと目でわかる。


アーカイブはこちら





Nell(彫刻家)
イギリス、ヨークシャー州出身。現在は京都にあるギャラリー兼カフェ、『Flim』を拠点に彫刻家として活動している。幼少期よりファッションデザイナーのエディ・スリマンに感銘を受け、パリでオートクチュールのアシスタントをしていたこともある。12/16より、『Flim』にて自身の個展『The Lightness With A Human Face』を開催。
Nell(IG:@nellshiina
Flim(IG:@flimkyoto

Tag

Writer