『Dill Pickle Club』のパーカー

Just One Thing #23

『Dill Pickle Club』のパーカー

KOIKI(服飾学生)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.01.12

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#23




「私、ニヤニヤして描いてるんです。今、特に。気づいたら笑ってて、お母さんに指摘されて、『えぇ、笑ってた!?』みたいな(笑)」

文化服装学院に通いながら、イラストレーション作品を発表している通称KOIKI(以下、コイキ)。表情豊かな彼女の様子を見ていると、なるほど、確かに製作中はそんな風でいるのかもしれない。ずっといたずらっぽく笑っていたかと思えば、こちらの話に耳を傾けるときは瞬きも忘れるくらい真剣なまなざしを向けてくれる。そして、そんなコイキ自身と同じくらい、その作品にも表情がある。

「友だちから、私自身が楽しんで描いてることが伝わってくるって言ってもらえて、それが嬉しかったですね。表情がある人が好きで、そういう人を描くようになってから、自然に線が浮かんでくるようになりました。特に不意打ちで写真撮られたみたいな自然体の表情に心を打たれるんです。あくびしてる人とか、鼻ほじってる人とか、変顔してる人とか…(笑)」

コイキの絵には必ず人が登場する。彼らは、みんなそれぞれ、なんともいえない表情を浮かべていて、カラフルな服を纏っている。

「人が好きで、服が好きで、あとは色が好き。ただ、ファッションの中でも、たまたま街を歩いている人の服が可愛い、みたいな肩肘張ってないスタイルを見るのが好きで」

彼女の絵を見ていると、服もその人の表情の一部であるような気すらしてくる。何かをしていて、そういう気分だから、その色を、その服を選んでいる。同じ服であってもその人が着ているからこそ見せる表情があって、それを捉えている。

コイキが着ている服も、色が印象的。他でもなく本人が一点一点を好きで、楽し気に服を選んでいる様子が思い浮かぶ。それこそ、クローゼットでもニヤニヤしているんじゃないか。





その日着ていたのは、お気に入りだという裏起毛のスウェットパーカーをそのまま裏返したようなデザインのプルオーバー。原宿にある、雑貨やアート、古着も扱うショップ『Dill Pickle Club』のオリジナルアイテムだ。起毛面を表にしても、裏にしても着られて、両方にオリジナルのグラフィックが施されている。目に留まりそうな遊び心とともに、クスっと笑える脱力感が適度にある。

「自分が心地よくいられるための手段として服を選んでます。そうなったのは割と最近なんですけど、色が入っていて、ラクに着られて、着ていて楽しいなって思える服がいいです。あとは、誰から買うかを大切にしたい」

人が好きなコイキだからこそ、人の声、手を感じるものに惹かれるみたい。

「初めて『Dill Pickle Club』に行ったとき、オーナーさんが蛍光イエローのTシャツに紺のチェックパンツを合わせて、ビーサン履いてたんですよ。なんか、ちょっと衝撃的で」

色も、物自体も、固定概念にとらわれずに自由に遊ぶスタイルを目にして、彼女なりの「居心地のよさ」を感じた。

「最初に『いらっしゃいませ』じゃなくて『こんにちは』って話しかけてくれて。会ったその時から友だち、みたいな感覚がいいなって思えたんです。あと一番好きなのは、モノに対してノリスペクトが感じられること。本当に色々なモノが並んでいるけど、全部が主役としてお店にあって、どの商品をとっても説明してくれて、愛がある感じがすごく伝わってきて」

言い換えれば、どんな人が選んだものなのか、どうしてそこにあるのか、それぞれのストーリーや背景にも目の前にいる人が関わっていて、それが対話を通して触れられる空間。彼女の絵にもどこか通じるけれど、モノを通してその人自身や考え方に触れられること、それ自体がコイキをにやりとさせる、「楽しい」感覚なのかもしれない。



そんな居心地のいいスタイルを見つけるまでの間、大好きなはずのファッションを好きなように楽しめていなかった。高校時代から憧れていた文化生。その言葉、イメージ自体が大きかったからこそ、自分らしさ以上に「文化生らしさ」へ引っ張られてしまう、そんな時期だった。

「当時は、色で武装していたんですよ。自分が好きな色ではなくて、真っ黒な服ばかり選んでいました。周りから見られる自分に対して見せたい『文化生』のイメージを作り込んでいたんだと思います。学校で同世代の子たちは、人よりも優れていること、劣っていること、をすごく意識しているというか。どこかに長けている人が劣っている人を非難していたり、他人よりも上に立ちたいって見えてしまったり。そういう中で、例えば私が何十万もするような高いブランドの服を着ていたら、見栄を張って武装しているような気分になってしまうなあ、って」

競い合い、見栄を張り合っている状態は居心地が悪い。もっと肩の力を抜いて人と接したい、ひとりの人間として自然体でいたい。そうした体験の中で、絵も、ファッションも今のスタイルへ行きついた。

「数字を先にいうのが嫌なんです。年齢や所属から話を始めるのが苦手で。ひとりの人として見て欲しいです。そういう数字や肩書に関係なく、フラットに接してくれる人といるとすごくラクで」

自分が居心地のいい場所を見つけたから、それを表現できる。そんな今、まさにニヤニヤできるのかもしれない。そこには肩書もブランドも年齢も関係なくて、何を考えているのか、何が好きで、何を大切にしているのか、そういう目に見えないことを大切にしている。そんなコイキの周囲とのかかわり方が反映されている。



「絵も少し前までは周りからよく思われよう、評価されようと思って描いていました。繊細で、わかりやすくきれいに見えるものを描こうとしていて…。でも、本当に好きなものを描こうと思ったらやっぱり人が好きだし、その表情を描こうかなって」

自分自身に正直であるために、自らへ問いかけること。それを繰り返して、「好き」や「心地いい」、といった概念が形になっていく。

「展示をできることも、絵を見て好きって言ってくれる人がいることもすごく嬉しいです。ただ、『イラストレーター』って名乗ることには抵抗があります。やりたいことは絵だけじゃないし、言葉を通して伝えたいこともあるし、自分にとって居心地のいい空間を創ることもしたい。やりたいことがたくさんあって、これからどうしようかなって今悩んでます」



表現したいことが明確だからこそ、やりたいことが広がって膨らんで、収まらなくなっている。アウトプットが何になっても、あくまでコイキであることに変わりはない。悩みは簡単には解決しないかもしれないけれど、そういえるものを見つけていることは、何よりも強い。

帰り際、パーカーの首元に缶バッジをつけて、紐を留めているのが目についた。特に深い意味はなく「素敵だね」と伝えたら、コイキは嬉しそうに笑った。絵の話をしているとき、大好きな人の話をしているとき、それから、お気に入りの服を説明しているとき、彼女はこんな顔をしていたような気がする。


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KOIKI(服飾学生)
埼玉県桶川市出身。文化服装学院に在学中。人の表情とファッションを独特のタッチで描いたイラストレーションを発表している。両親の影響もあり洋楽、洋画等海外のカルチャーにも幼少より親しんできた。お気に入りのアーティストはJoni MitchellとCorrine Bailey Rae。人生で一番好きな曲はExtremeの『More Than Words』。
IG: @____kiikoseko

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