ゆきのマンション

海と街と誰かと、オワリのこと。#8

ゆきのマンション

Contributed by Kite Fukui

People / 2023.01.18

大好きな海を離れ、アーティストになったオワリ。居心地の悪さを感じながら、それでも繰り返されていく毎日のあれこれ。「本当のボクってどんなだっけ?」。しらない街としらない人と。自分さえも見失いかけたオワリの、はじまりの物語。


喫茶店に着くと、店の中からゆきが僕に気づいて小さく手をふった。最後の登校日以来久しぶりに会う。久しぶりに見たゆきはやっぱりかわいい。窓越しのゆきが気のせいか大人っぽく見えた、制服を着ていないからだろうか。わからない、なんだろうな。ゆきの顔が少し曇って見えるのも。気のせいだといいな。

ーーぬるっと怪物が顔を出した。

僕「お待たせ」

ゆき「ううん、久しぶり」

ーー僕が席につくと、ゆきはそっとメニューを開いた。

ゆき「私お昼食べてないから、サンドイッチ食べようかな」

僕「僕はさっき食べたから、コーヒーにするよ」

ゆき「うどん?」

僕「いや、カレーだった」

ゆき「2日目のカレーは美味しいよね」

ーーゆきはサンドイッチランチを僕はコーヒーを注文

僕「1日目のカレーだよ」

ゆき「え、?お母さん朝カレー作ったの?」

僕「そう、リビングがすごいカレーの匂いだったお風呂まで。」

ゆき「お母さん、気合入ってたんだね」

僕「うーん、なかなか珍しいよなぁ」

ゆき「物件、見つかった?」

僕「そうそう、1つだけゆきの家の方まで電車で1本の部屋見つけたよ」

ゆき「どこ?」

僕「最寄りは学芸大学駅、駅からちょっと遠いけど」

ーー物件情報サイトのお気に入り画面を見せる

ゆき「窓が大きくて、日当たり良さそうね。ここいいじゃない」

僕「そうでしょう?家賃も現実的かなって思って」

ゆき「そういえば、引越し先でバイトは見たの?」

僕「バイトはね、スポンサーの会社で最初働かせてもらうことになったよ」

ゆき「知り合いなら、少し安心ね」

僕「そうだね」
 「ゆきは、引越しの準備進んだの?」

ゆき「うん、一昨日お父さんと荷物運んだり家具も少し買いに行ったよ」

ーーゆきはこれから引っ越すマンションの写真を見せた。とても大きい多分僕が見つけた部屋がリビングに余裕で入りそうだ。さっきゆきが大人っぽく見えたのはもう都会の女子大生に一歩どころか半分なっているからなのかもしれない。この感じは前にもあった、高校2年生になったばかりの頃ゆきが長い髪を切ったときだ。もともと、背が高くてすらっとしているから大人っぽくはあったけれど。そのとき見たゆきは新任の先生よりも大人のように見えた。そのあと、ゆきは進学する大学を決めた。きっと今も何かを決めたのだろう。彼女の真っ直ぐな目を見ればわかる。僕が毎朝鏡で見る迷った目ではない、それくらいわかる。

注文したゆきのサンドイッチランチと僕のコーヒーが届いた。ゆきはお腹が減っていたのか僕の漫画の話をうんうんと聞きながら、いつもより早くサンドイッチを食べた。僕はコーヒーをカップの半分くらい飲み、言わない方がいいとわかっていても、この質問をしてしまう。

僕「何かあった?」

ゆきの顔が明らかに曇った、眉毛は下がり耳に髪をかけた。

ーー大きく深呼吸をして

ゆき「オワリ、私たち別れよう」

ーーーー多分一瞬心臓が止まった、そしてすぐに大きく動き出した。なんとなくわかっていたような気がしていただけだった。なんとなくそんな気がする、と自分に少し保険をかけていただけだった。しかしそれは全然無意味だった、そんなことより何か言葉を発しないと。でも何を言う。
「わかった」「どうして」この2択が頭に浮かぶ、「どうして」が素直な気持ちだ。けれど同時にそれを聞いたらゆきの返事次第ではここで泣き崩れる可能性が高い。。。。どうする、どうしたらいい。心の怪物が「ほらみろ」と笑う。

続く



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