『Canon』のカメラ

Just One Thing #24

『Canon』のカメラ

Pradhan Aditya(曼荼羅作家)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.01.27

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#24


待ち合わせは、京都の中心で最大の繁華街、四条河原町駅から歩いて10分ほどの場所にあるゲストハウスのラウンジ。いくつかのギャラリーとか、こじゃれた飲食店だとか、感度の高い人が集まるスポットだとか、そういう場所は大抵一番賑やかな場所から少しだけ離れた場所に集まる。京都に限らず、これはどこの街でも同じらしい。「すぐそばで展示をしているから」と、指定された。

ほぼ時間ぴったり、ラウンジがバータイムに切り替わる頃、親し気な挨拶と共に彼は現れた。ネパール出身のアーティスト、Pradhan Aditya(プラダン・アディテア)通称『Adi(以下、アディ)』。京都を拠点に、円形の仏教画「曼荼羅(まんだら)」をオーダーメイドで製作し、「曼荼羅作家」として活動している。



大きなデイバッグを背負い、薄手のローブのようなコートとニットキャップ、スキニーパンツを黒で揃えた出で立ち。すらりとした手脚もあって、遠くからでもシルエットだけで判別できそうだ。軽く挨拶を済ませて席に着いたら、バッグの中からおもむろにやはり黒いカメラを取り出した。『Canon』の一眼レフ、『EOS RP』。35mmレンズを取り付けている。どうやらこれが彼の愛用品らしい。

「写真自体は前から興味があって、ずっとスマホで撮ってました。日本へ来てからある日、大学の友だちが連れて行ってくれたお店でオーストラリア人のカメラマンと出会ったんですよ。気づいたら仲良くなって、ずっと彼と話してて。その彼がカメラの使い方を教えてくれて、彼のアシスタントをやることになって…」

あまりに展開が急でびっくりしてしまうけれど、本当にそのままの流れで、4年前のある日突然カメラを手にしたという。アディは、現在メインで行っている曼荼羅の製作とは別に、ポートレートの撮影も行っている。

陰影が印象的で、被写体の表情の微妙な変化を捉えた作品は、非常に動的な印象を受けた。

「写真は僕にとっては、趣味ですね。撮りたいとき、友だちとか、たまたま知り合った人とか、撮らせてほしいなって人がいはったときにお願いしてます。撮りたいのは、やっぱり話してておもろい人。ただ、どんな人も話すと気になることがあるもんやなあ、と思ってますけど」

最初から流暢に日本語を話していたけれど、打ち解けるうちだんだん関西弁が混じってくる。たまたま席が隣になった人、街で会った人、バイト先で知り合った人…。偶然の出会いを経て、話すうちにアディへ心を開いていくのかもしれない。そういう親しみやすさが彼の語り口にはある。

きっと、ファインダーの向こう側にいる人は、アディに対して剥き出しの心を見せてくれている。当然被写体に会ったことはないけれど、それだけの説得力がある写真だった。

「曼荼羅でも写真でも、表現したいことは同じで、『精神』のことですね。相手の人生とか、どういうこと考えてるかとか…」

創作活動のメインは曼荼羅の製作。手描き、黒い紙に金のインクで描きあげていくスタイルは、ポートレートの撮影とは大きく異なる。そうした中でもアディが表現することは通じている。

「僕が描く曼荼羅は、オーダーメイドなので必ずクライアントがいます。その人のことを思って描いてますね。どんな人か、何を大事に生きてるのか。曼荼羅のことを『自分の鏡や』って言ってくれる人もいはるんです。すごい、嬉しいです。中には2年待つ、って言ってくれる人もいはるんで、相手の思ってることを大切に、丁寧に掘るようにしてます」

アディの作品に惹かれることはもちろん、ほかでもない彼に自分を見てほしい、語りたい、彼なりの形で表現して欲しい。恐らくアディに曼荼羅を注文するクライアントたちもそんな思いを抱いているはずだ。

「ネパールにも、お寺がいっぱいあります。仏教は生まれながらにして身近なもんやし、曼荼羅もずっと見てましたね」

7年前、故郷であるネパールの首都カトマンズから大阪へ留学してきたアディ。祖国ネパールも仏教国。ごく日常的に仏教にまつわるものを目にする中で、アディにとって曼荼羅は身近なものだった。

「僕の家族はヒンドゥー教徒なんですけどね(笑)形見ておもろいな、って思ったんですよ。日本へ来て、自分で創るようになりました」

あくまで描きだしたのは、日本に来てから。そのきっかけも、日本での偶発的な出会いから、仏教文化へ目を向けたことにあるという。

「語学学校へ通ってたとき、日本人の友だちの家へ遊びに行ったら、その子が般若心経を写経してたんです。それが面白くて、やってみたいけど、(ネパール出身の)僕がお経を書くのに漢字は違うやろ、って。ネパール語の母語がサンスクリット語で、チベット仏教で使う言葉もサンスクリット語なんです。だから、サンスクリット語で写経を始めました」

純粋な好奇心から写経を始めたアディは、やがて曼荼羅製作へ。宗教的な表現を通して、人の内面、人生観を形にする活動へと至る。



ポートレートを撮るときも、曼荼羅を描くときも、前提にあるのは目の前にいる相手に興味を持ち、関わることなんじゃないか。話すうちにそう思えてきた。
だって、このカメラを手にしたのも、ヒマラヤ仏教へ関心を抱いて曼荼羅を描きだしたのも、突然のことだから。アディが関わって、気になった相手が、同じようにアディと語り合うことで生まれたきっかけばかりだ。元々はカメラを買いに行ってこのカメラに決めた理由は「安かったから」だとという。そのカメラがポートレート撮影に向いていて、気になる人に声をかけて写真を撮り始めたら、その人の内面にフォーカスが当たっていた。

母国語が日本語でないことを忘れてしまうくらい、自身の内面と他者への思いを丁寧に話すアディ。そんな彼だからこそ、そういうきっかけが自然と周囲にあったのかもしれない。

カメラを通して、人の内面へ目が向いたのか、ずっと見ていたことがカメラでアウトプットできたのか。こればかりは、今となっては本人にもわからないけれど、間違いなく人の内側を見つめるために、彼にとってこのカメラは欠かせないものなんだ。

「ずっと日本にいて、日本語で話してばっかりいるんで、ネパール語忘れちゃったかもしれへんな、って最近思うんです(笑)」

インタビューを終えて雑談をしていたら、思い出したように言った。それくらい、この7年間を経て、日本での生活に馴染んでいる。その中で出会った人の人生や考え方がアディの作品や表現、そして彼自身の魅力、深みに繋がっている。今この瞬間も、きっと彼は誰かの心に目を向けていて、それはその誰かにとって、掛け替えのないものになるはずだ。


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Pradhan Aditya(曼荼羅作家)
ネパール、カトマンズ出身。建築家の父を持ち、かつて父親が大阪で学んでいた経緯もあり、18歳のときに来日。現在はメインで曼荼羅の作品製作を行いつつ、ポートレート撮影、スニーカーへのペインティング、ギター演奏等にも取り組んでいる。メインの表現でも、趣味として行う活動でも、人の内面・精神世界を表現する作風は一貫している。
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Instagram
曼荼羅作品:@adigallery.jp
ポートレート:@aditya_pradhan
スニーカーペインティング:@abstract_adi

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