さようなら、東 オワリ。背中を押す風を掴んで帆を上げ進め。帆高 ジンより。

海と街と誰かと、オワリのこと。#50

さようなら、東 オワリ。背中を押す風を掴んで帆を上げ進め。帆高 ジンより。

Contributed by Kite Fukui

People / 2023.04.03

大好きな海を離れ、アーティストになったオワリ。居心地の悪さを感じながら、それでも繰り返されていく毎日のあれこれ。「本当のボクってどんなだっけ?」。しらない街としらない人と。自分さえも見失いかけたオワリの、はじまりの物語。


アーティストになってから5年が経った。この5年間という時間はあっという間だった。多くの幸せな瞬間を鮮明に覚えている。友人と友人の家でゲームをしているとき、テーブルに置いてあったみんなの飲み物やどんなお菓子を食べていたかまで。好きな人に言われた嬉しいことも、酷いことも。悲しい顔で笑った姿も、個展が成功して僕よりも喜んで泣いた顔も。

ジンがこの世を去ったとき、実感がなくて悲しくなかった。葬式でみんなが涙を流している中で、1人泣くことも出来ない僕は怪物なのかもしれないと思った。その時の自分をよく覚えている。まるで映画を流し見しているかのように、目の前の光景がただただ流れていく姿を見ているわけもなくただ見えていたように感じた。僕はいったいどこにいるのだろうか、ここに存在しているのだろうか。ジンは微かに生きていた僕を見つけてくれた人だった。彼が居たから、僕はこの小さく深い東京の街で存在することが出来た。彼が僕を光で照らしてくれていたから、僕の居場所があった。迷った時には灯台を目指すように彼の元へ進んだ。彼はいつも大きく存在していた、ふらふらと迷うことなく。

ジンが居なくなって、灰になって粉々になったその時から僕は消えかけている。別に消えても良い。彼と過ごした記憶を持って僕も灰になって海に流されてしまいたい。もしかしたらカルシウムだから海を旅したあと地球に堆積していくかもしれない。そうしたら彼との記憶を未来へ持って行けるね。それもありだ。

ジンが去った実感は、突然やってくる。まるで「忘れてないよね?」と言っているかのように。セブンイレブンのコーヒーを見ると彼との記憶が飛び出す。彼は真冬でもアイスコーヒーLサイズだった。機械が新しくなって、濃いめ、薄め、普通。と選べるようになったとき後ろに列を作るほど悩んでいた。僕は涙を流しながらアイスコーヒーLサイズ、濃いめをマシンで作る。全然濃くない、とてもしょっぱい。ふと街中でドミノピザを見た時も、僕は涙が止まらない。ピザは具がほとんどないチーズだらけのピザが好きだった。ドミノピザのニューヨーカーなんとか。というキャンペーンが始まった時は3日間僕の家でチーズだけのピザを食べた。最後は口内炎がたくさん出来てしまって、良い加減やめようと彼が言った。

パソコンを開くと、仕事の依頼が沢山来ている。Gmailは丁寧に「5日前に受信しています」と返信の煽りを入れてくる。いっそこのままアーティストなんか辞めてしまって、バンドマンにでもなって彼のかわりに歌い続けた方が楽しいかもしれない。でも僕は音痴だから、やっぱりアーティストが向いてるよ。と彼が言ってくれた言葉を思い出す。

ふぅ。

そんなに、出てくるならちゃんとお化けにでもなって出てきてくれた方が楽なんだけどな。

葬式でオサムは、決してアーティストを辞めるな。と言った。ジンの想いを紡げと。彼は自分が死ぬとわかったとき家族友人に手紙を書いた。みんな、葬式会場でジンのお父さんとお母さんにもらっていた。僕もあるかと思っていたけれど、お母さんとお父さんが探してもなかったらしい。唯一葬式で悲しかったことと言えばそれだ。

しばらくしてから、忘れてた光熱費の振り込み用紙を取りにポストを開けた。大量のチラシの中に小さな青い封筒が入っていた。いつかの雨に濡れて、放置されすぎて中で乾いてチラシとくっついてしまっていたけれど。それはジンからの物だとすぐにわかった。

部屋に戻って、チラシを捨ててから深呼吸をして封筒を開ける。中には手紙が1通とさきに作った合鍵が入っていた。これはさきと別れてからジンに渡した物だった。手紙にはこう書いてあった。

ジン「さようなら、東オワリ。背中を押す風を掴んで帆を上げ進め。帆高ジンより。」

まったくなんてやつだ。君が居なければ僕は進めないと言うのに。君が風になってくれなければ帆を上げても進めないよ。いい加減なことを言うなよ。

彼の精一杯諦めないで、そして忘れないで。というメッセージだと僕にはわかった。こんな遺言をもらったら諦めるわけにはいかない。変な大人にも、酷いことを平気な顔をして言ってくるバカにも。僕はこれから1人で勝たなきゃいけない。それでもきっと、挫ける時があるから。君の名前を借りるよ。僕を見つけてくれて照らしてくれたのは君だから。今日から僕はKITE。

終わり。



最後まで読んでくれてありがとうございました。
KITE FUKUI


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