The Route #9「anna magazine編集長の取材日記」

「そこからカナダなんで、よろしく」

anna magazine vol.12 "Good old days" editor's note

Contributed by Ryo Sudo

Trip / 2018.12.19



「そこからカナダなんで、よろしく」

シルバーボウ・インはオールドスクールなジュノーの街の中ではちょっと異質なムードの、カラフルでモダンなリノベーションホテルだった。清潔だし、セルフのコーヒーマシンなんかもちゃんとしている。アラスカムードはいまひとつだけど、新しいホテルはとにかく居心地がいい。旅の疲れが出る頃だから、ちょっと元気が出る。アラスカのホテルは基本的にオイルヒーターが設置されていることが多い。本格的に寒さとなると、エアコンでは対応できないのかもしれない。



ホテルに宿泊する時の自分なりの小さなルール。部屋を出る時に、できる限り元の状態に戻すこと。スタッフがきちんとベッドメイクするのだろうから散らかしたままでも良いのだろうけど、掃除をする人のことを考えたら、できるだけ気持ちよく立ち去りたいのだ。ただの自己満足かもしれないけれど。

アラスカでは誰もが“TUF”というブランドの長靴を履いている。地元では「アラスカン・スニーカー」と呼ばれているその長靴がどうしても欲しいというライターに付き合って、アウトドアショップを数件回る。さんざん悩んで、ようやく一足購入。彼は旅先で、特産品とか名物とかじゃなく、必ずその地域で「あたりまえ」に使われているプロダクトを買う。たとえ日本ではほとんど使うことがないものだとしても。つまり、それだけ自分が今いる地域の日常生活に興味があるってこと。彼のそのスタイルは、旅をとても楽しくする。

今日は待望のアラスカマリンハイウェイに乗る日だ。目的地はヘインズという小さな街。朝の9時25分に出て14時に到着し、ヘインズでカナダとの国境まで車で往復した後、22時の便に乗って再びジュノーに朝2時45分に帰ってくる予定だ。



チーム内で議論になった。

全員分のチケットは取れたけど、帰りの便の車を乗せるスペースがすでに埋まっていたのだ。ジュノーで借りているレンタカーでそのまま船に乗り込むべきか、やめておくか…。チケットカウンターのおじさんに聞くと、きっと数台はキャンセルがあると思うから“多分”大丈夫、という意見。でも、もし乗れなかった場合、ヘインズで2日足止めになる。歩いて1時間もあれば回れてしまうような小さな街で、2日間。リスクを考えるとかなり怖い選択だ。カメラマンは「ま、大丈夫じゃない?」と言ったけれど、僕が下した判断は、ヘインズでレンタカーを借りることだった。旅はいつだって選択の連続だ。そこが一番面白いところなのだけど、心配性の僕は常にハラハラしてしまう。





思っていたよりもずっと大きなフェリーに乗りこんだ僕たちは、離岸してしばらくの間、薄曇りのインサイドパッセージに見入る。四方八方を島に囲まれていて、なんだか自分がどこにいるのか曖昧になる。陸から離れていく時は「あ、もう戻れない」という不安とこれから始まる旅への期待が入り混じって、意味もなく大声ではしゃいでみる。後方を見渡せるオープンデッキには暖房がついていて自由にテントを張れたり、さすがアメリカという感じでいちいちスケールが大きい。乗り込むと同時にマイ・ポジション(推定)に素早くハンモックをセッティングして一瞬で昼寝を始めるベテランの旅人たちに混じって、端っこの方で小さくなって座ってみたりしてみた。子供の頃って、毎日こんな感じだったな。小さなことに感動したり、慌てたり。だから毎日がドラマチックで、時間が長く感じるんだ。





船内はかなり広かった。ひとしきり歩き回ってもうやることがなくなった僕たちは、レストランで腹ごしらえすることに。かなり本格的なレストランだった。



“You are my first customer.”
と、緊張気味のウェイターのおじいさん。

なんだか微笑ましく感じた僕はできるだけ簡単な注文にしておこうと思ったのだけれど、そんなことおかまいなしに「このソーセージをフルーツに変更して、卵は3つに、オレンジジュースは小さなグラスで」などと、うちのチームメンバーのオーダーはいつだってトリッキーで厳しいのだった。

ちなみにカメラマンはオリジナルソース作りの名人だ。タバスコにケチャップ、ビネガーにソイソース。それにレモン。あらゆる調味料を駆使して、驚くほどナイスなソースを作る。味に変化の少ないアメリカの食べ物を、魔法みたいに変えてくれるのだ。

ファミリーレストランのようなスナックスペースで4人とも寝ることにした。しばらくうとうとしていたら、船のクルーがわざわざカメラマンを起こしにきた。

「おい、ベストビューだぞ、見ないのか?」

カメラマンはいつでもそんな風に知らない人に友達みたいに話しかけられる。人にはよく話しかけられるタイプと、そうじゃないタイプがいる。もちろん「話しかけられるタイプの」方がより楽しい旅のチャンスを得る。ちなみに僕は、ほとんど話しかけられない人。まだまだだね。

話しかけてきたクルーはもと海軍で働いていたという。1週間乗りっぱなしだから、誰かと話したくて仕方ないらしい。さっきのウェイターのおじいさんといい、この船で働くことはアラスカの男にとってロマンチックな第二の人生なのかもしれない。

気分を出して、ひとりでデッキから風景を眺めてみた。5分で飽きる。出発直後はあれほど感動的だった風景なのに。修行が足りないな。ヒマすぎるのでダイエットコーラを購入。アメリカの自動販売機は、たいてい異常なほど冷えている。

ヘッドホンで聞いていたのは、サンドウィッチマンの漫才だった。





ヘインズの街は想像していたよりずっと小さかった。バーとレストランがいくつかあって、他には何もない街だった。カヤックとスノーボードの聖地らしいのだけど、どちらもしないアジア人一行の僕たちクルーはあきらかに街の人たちに警戒されていた。



こんな小さな街にもブリュワリーとカフェ、オーガニック・スーパーがある。「感度高い系」包囲網は、世界のあらゆる端っこにまで張り巡らされていた。ずっと以前に起きた戦争の時代に、アメリカの威厳を見せつけるために高台に作られたグレイト・ギャッツビーみたいな住宅群がとても素敵だった。



街でレンタカーを借りて、カナダとの国境までの1本道をドライブする。まるで映像をループしているかと思うほど同じような風景が続く。途中の小さな集落に、テニスコートと手作りのミニランプとバスケットゴールがあった。夕暮れの光に照らされたさみしげな森と木製ランプとのコントラスト。なんだか不思議な光景だった。









「ああ、そこからカナダなんで、よろしく」

そんな感じで、国境には本当に何もなかった。たった1人しかいないボーダー・パトロールは電話で誰かと熱心に会話中で、付近をうろうろしているあやしいアジア人の4人組を完全にスルー。



街に戻るとすっかり日が暮れていた。バーの明かり以外真っ暗なヘインズの街で数時間過ごさなきゃならないのかと思ったら、なんだか世界中から取り残された気分になった。ここで一生暮らす人って、いったいどんな気分なんだろう。船の出発までやることがないので、国境とは反対方面にある湖までいってみる。





「あの湖の近くには、いつ行ってもクマがいるよ」というちょっと信じられない情報を聞いた僕たちは、そろそろと車を走らせた。



「あ、クマの親子だ」

なんの前触れもなく道のすぐ横の河原に、クマの親子がいた。あまりにも簡単な出会い過ぎて、つくりものなんじゃないかと思ったくらいだ。anna magazineでこの号からクマを主人公にした絵本がスタートする予定だったし、「多分あのクマの子どもは主人公のクマなんだ」と僕はなんだか勝手に運命を感じてうれしくなる。

街で唯一遅くまでオープンしているピザ屋でおいしい夕食を食べて、シャイニングみたいな風景を後に、帰りの船に乗り込んだ。

そんなわけでこの日記は船で書いている。
うん、カッコいいな。


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