The Route #10「anna magazine編集長の取材日記」

「ドクターペッパーとケミカル・ブラザーズ」

anna magazine vol.12 "Good old days" editor's note

Contributed by Ryo Sudo

Trip / 2018.12.20



「ドクターペッパーとケミカル・ブラザーズ」

3時間だけホテルで眠った後、シープレーンでシトカへ向かう。心配性の僕は1時間も前に空港に着いていたのだけど、セキュリティチェックもチケットの発行もなし。ちょっと流しのタクシーに乗るみたいな雰囲気だ。出発まで空港の椅子に座って、とりとめもないことを話す。どんな時でも楽しげな雰囲気であれこれ話をしてくれるライターに、「いつも遊んでいるみたいでいいね」と言いそうになって、ハッとする。

「忙しくなさそう」って、実はとてもかっこいいことだ。

旅の道中、いつもスマートフォンやPCばかり見ている人がいるけれど、目の前で起きていることを見ないのって、本当に損なことだと思う。あたり前過ぎて忘れてしまいがちだけど、どんなことであれ、その瞬間は二度と体験できないことなんだ。だから、「どんな時でも目の前のことを真面目に楽しもうよ」という彼の姿勢は最高にかっこいい。

それにいつも忙しいのは、段取りがきちんとできてないってことだから、つまるところ、仕事ができないってことだよね。到着してからずっと「忙しい、忙しい」と言いまくっていた自分にいまさらながら反省する。



アラスカに来て、ダイエット・ドクターペッパーにハマりまくっていた。“ダイエット”は、なかなか日本じゃ売ってない。子供の頃は薬が大の苦手だったのに、薬みたいな味のドクターペッパーはなぜか大好きだった。兄貴と一緒にご飯と味噌汁に合わせてごくごくとドクターペッパーを飲みまくる、ケミカル・ブラザーズな少年時代だった。



シトカ行きの機体は9人乗り。シープレーンとしては大きめだ。若い頃ロブ・ロウ(ホテルニューハンプシャー時代)のような風貌のパイロットを見て、少し不安になる。だけど、ひとつひとつ確認しながらコクピットでパチンパチンとスイッチを操作する動きはクールだった。こういう感じ、小さい頃やりたかったよね。

プロペラがブーンと音を立てて回り始めると、張り詰めた空気がゆるやかに機内を包んでいく。緊張してるのか、英語の話せない僕にやたらと話しかけてきたベテラン風の隣のおじさんとは対照的に、ロシア系の若い美女2人は優雅にスマホをいじりながら余裕の表情を浮かべている。



このタイプの機体は、客席から前方が見えない。そうか、乗り物って、前方が見えるか見えないかで印象が全然違うんだ。前が見えない乗り物は、もう運命を運転者に任せるしかないし、逆に前が見える乗り物の場合、運転者自身の技量や信頼感が重要になる。ロブ・ロウ(ホテルニューハンプシャー時代)は、その点で明らかに頼りなかった。

離陸前の妙な時間。
やばい、緊張してきた。

離陸して間もなく、眼下にアラスカの美しい自然が広がった。少し怖かったけど、楽しい。ドローン技術がどれだけ発展して驚くような景色が見られるようになっても、飛行機から見る風景には到底かなわない。自分自身が空を飛んでいるのをダイレクトに感じられることに、心底ワクワクする。第二次世界大戦後間もない頃にボロボロの飛行機でアメリカ本土からアラスカに渡った伝説の女性パイロット、シリアとジニーもこんな気分だったのかな。



離陸して数分もすると、高さにはすぐ慣れる。大きな飛行機よりずっとスムーズだった。あんなにビクビクしていたのが嘘みたいだ。どんなことでも一歩目のハードルが、とてつもなく高いってこと。

船なら半日はかかる距離を、飛行機ならたった40分で到着。シトカはインサイドパッセージでは唯一の太平洋側にある街だ。ロシア領時代の面影を色濃く残すノスタルジックな街を見ながら、カメラマンは「サーフィンできる波あるかなあ」とワクワクしていた。



シトカはひどい雨だった。

ひどい雨や寒さは、人から前向きな意欲を奪う。しかもあっさりと。なんでこんな寂しい場所にみんな暮らしてるんだろう、とか、そんなことばっかり考える。旅に悪天候はつきものだけど、やっぱりなかなか受け入れづらい。インサイドパッセージは僕らにとって、すっかり雨のイメージになっていた。古くてとても美しい街、シトカ。けれど僕はきっと、2度とここには来ないだろうと思った。

だって、雨なんだもの。

「天気がいい」ってことは、何物にも代えがたいほどものすごい魅力なんだ。



雨やどりがてら、小さなバーに入る。この時代に、店内でタバコが吸える。最果ての地では、やっぱり時代が止まっていた。もくもくと霧のような空気の向こうで、ローカルのフィッシャー2人が、iphoneのゲームについて熱く語っていた。



それから街の中心を少し歩いた。



チョコレートショップで働くベリーショートのクールな女の子に話しかけて見たけど、それほどフレンドリーな感じじゃなかった。街全体が、シャイな感じ。



ハワイ、ロサンゼルス、アラスカ。

そこに暮らす人々の性格には、きっと気候がとても深く関わっている。



星野道夫さんのトーテムポールを探す。はっきりした住所はなく、土砂降りの中、海岸沿いの森の中をみんなで歩き回った。花を卸している地元の家の人に場所を聞いて、ようやく見つけた。丸い砂利が散らばった小さな海岸で、星野さんのトーテムポールは日本の方角を向いて、そっと立っていた。トーテムポールはいつか朽ち果てるものだけど、なんだか切ない気分になった。





土砂降りと寒さで、チームの雰囲気が一気に悪くなる。

こんな時は「ごはん」に限る。ほとんど会話をしないまま入った小さなスポーツバーでピザ(多分冷凍)を食べたのだけど、それだけでみんなウソみたいに元気になった。

やっぱり単純だ。



帰りは小さな機体で、機内はまるでハイエースのようだった。けど、窓が大きくて外の風景がよく見える。パイロットは、トップガンでトムクルーズの相棒だった「いいやつ」風のおじさんだった。うん、きっと大丈夫だ。

「君たち、ついてるね。ジュノーに直行だ」

僕たちが予約していた便は、ジュノー到着までに大回りして街を2カ所経由する予定だったのだ。2時間くらい短縮されるから、ラッキーだった。けど、もちろん理由の説明はなし。

今日のホテルは、部屋の中に洗濯機と乾燥機がついていた。
洗濯しながらシャワーを浴びたら、夕ご飯が楽しみになっていた。




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