いつか来る旅

A trip to come someday

いつか来る旅

Photo & Text: 松永 夏歩

Trip / 2022.01.29

Luke magazine special contents #6
今この時代に、僕たちが「旅」について、思うこと。


海外はもちろん国内さえも自由に移動することが難しくなって、どんどん曖昧になってしまった「旅」という行為の価値。 そんな時代だからこそ、僕たちは「旅」について改めて考えてみたい。旅の経験値の少ない、20 歳前後の若者たち10人が語る「旅」についての自由な考察。

知らないことに触れた時の、胸が高まるあの気持ちが好きだ。

小さい頃、夏休みに両親と父の生まれた街、新潟を旅行した。海なし県で育った私にしてみれば、海というものはすごく特別で、偉大な存在だった。「大人になったらあの海を飛び越えて、さらに知らない世界に飛び込んでみたい」とずっと思っていた。テレビで古代文明や世界遺産を見るたび、さらにワクワクし、いつかは謎めいた偉大な存在を実際に感じてみたいと思った。

月日は流れ、どんどん大人になり、ついに20歳。世界では新型コロナウイルスの感染が相次ぎ、海を超えることはもちろん、国内の移動ですら制限がかかってしまった。

「一体いつになったら自由な日々が訪れるのか」

そんなことを思いつつも、すっかりこのオンライン生活に慣れてしまった自分がいる。「旅行に行きたいな」と思うこともあるが、こうも長く遠出をしていないと、実際のところその気持ちも薄れてきてしまっている。とはいえ、友達との思い出作りもせずにこのまま卒業していくのは少し寂しい。

歳を重ねるにつれ「旅行」というものは少しずつ身近な存在になった。もちろん今でも一大イベントに変わりはないが、バイトしたお金で、ある程度ならどこへでもいけるようになった。あんなに偉大で特別な存在だった海だって、今なら電車に一時間くらいゆられれば簡単に行けてしまうのだ。昨年の夏休みには、何年かぶりに海を見た。前日から楽しみで仕方なかった私は、まだ自分が「冒険に出る時のワクワク感」を感じられることがなんだか少し嬉しかった。

今、目の前にあるタスクに追われて、海の向こう側へ思いを馳せることも少なくなった。ちょっとした遠出は小さい頃より簡単にいけるのに、海の向こう側へいくことは、小さい頃よりずっと難しいと感じる。お金や時間の問題もそうだが、言葉の壁や価値観の違いなど一歩踏み出せない壁があるからだろうか。

いつからか怖がりになってしまった私は、知らないことに触れることを避けてしまっている気がする。私にとって旅とは「知らないものに触れる」ということなのだろう。新しいことに挑戦すればきっと楽しいに違いないし、胸が高鳴るだろう。でも怖いのだ。きっと私が冒険映画の登場人物ならば、旅に行く前は「本当に行くの…? やめようよ」と言っておきながら、行ったら行ったで「ほらね? 言った通りでしょ!」と自慢げに美味しいとこ取りをして、みんなを呆れさせるのだろうと思う。

今はまだ勇気がないけれど、やっぱりいつかは海の向こうを見てみたい。

オンライン生活にだって慣れたように、きっと難しいと思っていることにも慣れるのだ。でもそのためには一歩進んで、知らないものに触れてみなければ。今この時は、いつか来る旅の準備をしているのだと思って、知らないものに胸を躍らせていたいと思う。



由比ヶ浜と熱海の海です。


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