ミガル、バンザイ

To Me, Somewhere in the World #9

ミガル、バンザイ

Contributed by Yoko

Trip / 2022.01.12

「世界一周がしたくて、思い切って会社をやめた」
未知なモノすべて知らないことを知りたい、欲望に忠実に生きるフリーランスのWebライター・編集者Yokoさん。日本国内の旅の話をリアルタイムで、時に振り返りながらつづる旅連載。


#9

旅の持ち物が少ない。
たまに大きなスーツケースを持っていたとしても、行きの中身の半分はカラ。ここ数年はスーツケースすら手放してバックパックのみだ。お土産も、日本は少しいき尽くした節があるし、そもそも欲しい物がそれほどないし、買うとしてもかさばらない食べ物を買うことがほとんど。時には帰る前に消費してしまうことも。だから荷物が増えることも少ない。

沖縄戦利品。

とはいえ、今回のようにパソコンとバスケ撮影用のカメラ(望遠レンズ)を入れている時はそもそもかなり重たくて、時々スーツケースが恋しくなる(物を入れるスペースがあるとつい入れてしまうのは玉に瑕)。部屋の収納も同じ。旅の場合、それは荷物の重さに直結する。

かつての出張の出発地点。東京。

出張用に使っていた機内持ち込み用のスーツケースを、旅で持ち歩いていた時期もあった。けれど機内で上の収納スペースに上げ下ろしをするのがしんどい……と思った瞬間に、“なんでこんなことをしているんだろう”と思ってしまった。自分で自分の首を絞めている、と。それから受託手荷物として預けない予定のスーツケースを持つのはやめた。そうしたらバックパックしか持ち歩かなくなった。なんだかんだ(重たくて)一時的に預ける時もあるが、大体のコインロッカーでは「小」に入るので楽なのだ。

バックパックを持ち歩く唯一の難点は、ちょっとキメたコートや服装であってもバックパックを背負っているという、ちぐはぐな格好になることと、良いホテルには若干入りづらいところだ。でもそこは気持ちの持ちようなので良いでしょう。ハガネメンタル。

ザ・テラスクラブ アット ブセナにバックパックでインしてすみません……。

旅に限らず、私は持ち物が少ない。だから持ち物でパンパンに詰まったスーツケースを持ち歩く人を見ると少しだけうらやましくなる。部屋もしかり。自分にはできない(持てない)と線を引いているからか、エンタメのようにすら感じる。

もちろんそういう友人たちとも旅をしてきた。帰りがけに“お土産が入らない”と四苦八苦する時間もあるが、こちらの物が足りなくて借りることもあるので、物事はうまくできているなと思うしうまい具合に相殺されている気がする。助け合いという概念。

かつての「いつもの道」。東京。

物を持つと、なくしたくない物が増える。なくしたくない物を持つと、失いたくなくなる。

そんなことを避けるためだけに物を持たない選択をしているわけではないし、そんなふうに刹那的に生きている人ばかりではないと思いつつ、それでもミガルでいることは自由であることだけではなく自分を守ることにつながっている気がする。「いつでもどこにでも行ける」の意味でのミガルは、旅として捉えれば幸せだけれど、生活として捉えればどこにも属さない寂しさがあるから。二兎を追う物が二兎を得ても良いと思う派なので、“自由と引き換えに……”と考えることはしたくないのだけれど、ミガルでいることと安心感(充足感?)は今のところ両立していないと感じる。難しいなあ。

今の「いつもの場所」。長野、Pise。

それでも今歩いている「道」が「いつもの道」になって「なくてはならない道」になった時に「なくなる怖さ」を抱えるよりはマシ、と思っている節があるのは確か。だから、ミガルでいたいのかも。でも何も考えずに物を買う時もあるし(特に服!もう買わないぞ……)、人との距離を近づけることもあるし、組織に没入することもあるから、そんなに不器用なタイプではないのだけれど。ただ「いつもの」が増えることは喜びでもあり幸せでもあるけれど、弱さとも表裏一体だなといつも思う。

こうやっていろいろ考えると、今のところは、ミガル、バンザイ、なんだよね。あなたはどうですか?


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