ドタバタあめりか縦横断<br>~Stolen Voice In Yosemite~</br>

FillIn The Gap #6

ドタバタあめりか縦横断
~Stolen Voice In Yosemite~

Contributed by Haruki Takakura

Trip / 2022.07.22

「これからどこまで自分の世界を広げられるだろうか」
この春ファッションの世界に飛び込んだHaruki Takakuraさんが、世界との距離を正しく知るために、デンマーク・コペンハーゲンで過ごした小さくて特別な「スキマ時間」の回想記。


#6

夜を駆ける

突然だが、僕は夜派だ。

これはドライブにおいての話。無論、晴天の日中ドライブも一興であるが、なぜか僕は夜のドライブの方が気分がいい。僕の中で、深夜のドライブデートに勝るものなんて存在しない。思うに、夜のドライブは昼に比べてディストラクションが少ない分、思いに耽るのが簡単だからだと思う。僕のように、好きな音楽が1番身体にスッと入り込んでくるのは静寂の中、というタイプの人にはわかって頂ける気もしたり、しなかったりもする。最近、もっぱらリピートでかけるのはユーミン(荒井由実)の『瞳を閉じて』と『夕涼み』である。

アメリカ旅中にも、本当にカラフルなジャンルの歌を聞いた気がする。この旅でも当然、夜派の僕は、夜から明け方をメインの運転タイムとしていた。チームに1人でも、嫌なことを好んで受けるやつがいれば、大抵のことは上手くいくものだ。こうして、音楽が一際深く身体に溶け込む深夜の移動中、巨体を走らせながら、助手席の相方とはかなり色々なジャンルの音楽を聴いたものだ。Beatles、David Guetta、J Coleなどと挙げ始めるとキリがない。だが、あえて僕なりにアメリカ旅の一曲を挙げるとすれば、David Guettaの『I`ll keep loving you』である。旅中に散々お世話になった、かの『Take Me Home,Country Roads』とは大いに悩んだ。



どんな旅にも、その曲さえ聴けば、旅の走馬灯がメロディーに乗って流れ出るという魔法の一曲があるものだ。その一曲を聞くと、その時の情景や状況が、脳一面をプラネタリウムのように染め上げる。そうなれば、あとはその世界に耽るだけである。

面白いことに、その時の感情もしっかりと覚えている上で、時間を経たイマの自分は違う感情でその時の自分を俯瞰している。なんて時もある。あの頃の自分達は「2年後の僕らは…大学を卒業したら…」なんて事を真剣に悩んでいたのに、その後の展開を先に読んでいるイマの僕は、その時の自分達が真剣に悩む様を見て笑っている。でも、それは犯人を知らされて読む推理小説とは違って、一度熟読した推理小説を、もう一度、散りばめられた伏線を探しながら読み進めるのと似ている。

あぁ、深夜の決断ほど良くないモノはないとはよく言われる言葉だが、深夜の想いに耽りながら文章を書くスタイルは止められそうにないものだ。少しカッコつけたこの文体に、そろそろ慣れてくれていたら、それほど助かることはない。


ヨセミテ国立公園にて



髪にまとわりつく煙臭さが、朝の心地よさを阻害する。早くも、毎回勝ち取っているベッドが心身に溶け込み出す。機能的なベッドよりも心身にフィットするベッドは時々現れる。なんというか、お世辞にも体には優しくないのだが、興奮をフワッと包み込んで「明日に体力は置いときな、坊や」としれっと囁く女神系のベッド。どんなタイプやねんって、関西フレンズたちに突っ込まれている気もするが、気にしない。なんてったって、僕はアメリカかぶれという病気に蝕まれている最中だ。

だが、そんな煙どうこうのネガティブな感情は、RVの外に広がるヨセミテの大自然を前に掻き消される。RVパーク自体が国立公園内にあるため、その一変異なる空気はホームを一歩出た瞬間からでも感じられた。昨夜、感情をそっと抑えてくれた女神系ベッドとはまた異なる。人間の文化や感情では追いつかない年月を積み重ね、人間ごときに有無を言わせぬとヨセミテは強引に心の矢印を自分に惹きつける。そこには秩序など存在しない。いや、本来の秩序なのかもしれない。その者が声を上げれば、我々は頷くしか生き抜く術はない。大自然はわたしたちが望むようには物事を進めてくれない。



朝一番、綺麗に整えられた入口まで徒歩で向かっていると、昨晩は闇のカーテンに隠されていた大自然が顕になっていた。青空がよく似合う花崗岩からなる一枚岩を、首が痛くなるほどに見上げる。この巨大な一枚岩は、エルキャピタン(El Capitan)と呼ばれており、常にクライマーがぺたりと張り付く有名クライミングスポットだそうだ。これまで数百マイルと走り抜けてきた、だだっ広いだけの荒野と訳が違うことはこの一枚岩を見ればわかった。選ばれた者だけが纏える神秘的な図体である。そんな別次元の自然をこうもカジュアルに味わえるなんて、便利な時代だ。大きな滝の横には、安全を確保するための手すりだって打ち込まれている。

さて。アメスク一行は、のっぽなセコイアやせせらぐ小川を横目に数十分歩いて、入り口のゲートに到着した。僕たちは、北米で一番高い落差を誇るヨセミテ滝(Lower Yosemite Fall)と渓谷を一望できるグレーシャーポイント(Glacier Point)を目標に、トレイルへと踏み込んだ。
歩きやすく整えられた土のトレイルを進むこと約1時間、僕らは名のない滝にたどり着いた。あと10mほど手が長ければ...というなんとも絶望的な距離感である。10mほどの距離があるにも関わらず、滝壺に砕かれたミストは僕たちの顔を容赦なく濡らす。髪を入念にセットしていたメンバーは、落胆の気持ちが全面的に髪に現れていた。国立公園はそういう場所ではないらしいと、今日学んだことだろう。



その後、徐々に険しくなっていくトレイルはとうとう、ゴツゴツの岩だけへと変わっていく。「ンーッショ!!!」 と重い体を必死に持ち上げるメンバーの顔には、しょぼんとして髪の毛がへばり付いている。思わず、笑いそうになるのを堪えながら、何とか1つ目の目的地、ヨセミテ滝へと辿り着く。軽快なメンバー組は、絶景が望めるポイントを先取りして、軽快でないメンバー組を待つ。何とも、胸がグッと苦しくなる構図であった。
通常、雪解け水を水源とするヨセミテ滝の水は9月頃には枯渇しているそうだが、僕たちは幸運にも、細いながらも壁面を伝う流水を眺むことができた。全メンバーが揃うと、少しRVから持ち運んでいる水を口にして、更に足を進める。



一日歩き疲れながらも、日没のタイミングを狙って、グレイシャーポイントへと向かう。人間とは単純なもので、ただ漠然と歩いていた辛い時間が、日没+グレイシャーポイントという光景が浮かぶキーワードを聞くや否や、楽しい時間に変わる。ボーイズ・ビーx・イノセント。いつまでも、そんな単純で無邪気な心は忘れたくないものだ。
無事、夕刻にグレイシャーポイントにたどり着いた一同は、日没の様に息を呑んだ。





毎度、それらしきスポットに到着しては一同ハッと言葉をごくりと呑み込む。ヨセミテの大自然は、僕たちの言葉をごっそりと奪い、静寂という声を強引に聞かせる。「シーン…」とした静寂ではなく、公園内の万物が織りなす音の調和が自然すぎるが故に、人はそれを静寂と錯覚する。そして、何とも形容しがたい心地よさを産み出している。僕たちは、数少ない与えられた言葉の中から「う」と「わ」の二文字と共に、懸命にその静寂を解釈しようと試みる。だが、いくら解釈した気になっても、言葉を奪われたアメスクメンバー同士では意見のすり合わせすら出来ない。ヨセミテは、言葉の盗っ人である。

さぁ、僕にはここから夜のドライバーという仕事が待っている。動物注意の看板が、何度も何度も繰り返し警告を重ねる。自然の調和を崩さないよう、全身の神経を張り巡らせながら、夜を駆ける巨体は次の目的地であるラスベガスへと鼻を向けた。


Fin.



アーカイブはこちら

Tag

Writer