マイホームスイートホーム

Greenfields I'm in love #66

マイホームスイートホーム

Contributed by Aya Ueno

Trip / 2022.08.26

兵庫県神戸出身、東京在住のWriter/Photographer。学生時代に渡ったイギリス留学を機に、人や、取り巻く空間を魅せる表現に興味を持ち、現在Containerをはじめ、カルチャー、フードメディアにて発信中。

#66

日本から来た友達との時間も終わり、あと4週間も満たない"日常"へ帰った。イーリングのお家、ピカデリーライン一本の通学路、学校、ベビーシッター、その他細々したもので構成された私の日常は、思い返せば日本で決めた学校を除いて、全てこちらに来て出会ったもの、人によって少しずつ加わっていったものだ。たまたまが合わさってできた、私だけの日常がとても愛おしいと、終わりが見えてきた今改めて思う。


ある日の晩御飯のボロネーゼ。


ホストファザーのウィルは学校の先生。彼の学校のクリスマスパーティーのために、ホストマザーのカトリンは朝から天板3枚分のクッキーを焼いた。



この間まで家にいた、ドイツ人のフィリップ、デニズは私が旅行している間に帰国し、ついにホームメイトはとうとうイタリア人のファビオ一人になってしまった。フィリップたちには前もってお別れをしていたけど、空っぽになった二人の部屋を見るとやっぱり寂しかった。彼らはお仕事でロンドンに滞在していたのだけど、どんなにつかれていても、ポーリーやリリーにせがまれれば、いつだって一緒に遊んでくれた。
カトリンがドイツ人だから、この家の子供たちもドイツ語を理解し、少し話す。フィリップはそんな二人に、度々ドイツ語の絵本を、読み聞かせてあげていた。そんな時私はいつもフィリップの隣に座って、検討もつかないその言語の響きを聞き入った。それは、わたしの大好きな時間の一つだった。

お絵描き好きのリリーのリクエストで、みんなで犬の絵を描いた日。



話は変わるのだけど、日本に帰って程なくして、私の実家で子犬を飼うことになった。ドイツが大好きで、ドイツ語の名前をつけたいママが、何ページにも及ぶ名前の候補リストを見せて、1つ1つ発音や意味を教えてくれる。わたしは、"甘い、甘美な”、という意味だというsüß(ズース)という響きがなんとなく気に入って、ペットの名前はズースになった。フィリップに言ったらびっくりするかな? 久しぶりに彼に連絡すると、フィリップはすぐにお返事をくれて、ズースって、とっても素敵な名前だよ! と言ってくれた。そして、その後に送ってくれた彼の近況では、彼が最近、白血病を患ったことが綴られていた。
そもそも白血病という英語を知らなかった私は、その単語を検索してショックを受けた。一緒に住んでいた大好きなフィリップが知らない間に闘病生活を送っていたこと、今私は彼と離れた場所にいて、何もできないことがもどかしく、悲しかった。
でも、私の不安や悲しみをよそに、フィリップは本当に美しいほど前向きだった。幸い慢性白血病で、少しずつ回復に向かっているという事、また以前のように生活できることが楽しみということ、そして、”僕はあやにドイツを案内しなければならないしね(一緒に住んでいるとき、一度もドイツへ行ったことがない私に彼は、いつかベルリンを案内してくれると言っていた)!そのためにいま、ドナーを探しながら、頑張らなきゃ!”と、スクリーン一枚分にも渡って書かれたその文面は、あまりにも彼らしく、わたしはそれを話す彼の姿が容易く想像できた。改めて、そうだった、彼は本当に強かったしハートフルだった、と胸がいっぱいになった。彼のために悲しんだり不安がるんじゃなくて、何かもっと自分にできることはないだろうか。考えを巡らせたわたしは、これがきっかけで、日本骨髄バンクでドナー登録をした。フィリップには届かないけれど、もしかしたら誰かの役に立てるかも知れない。

日本骨髄バンクは、採血をしてドナー登録ができ、いざ必要になったら、提供が可能かどうか連絡が来るシステムだ。登録者が少しずつ増えれば、奇跡が起こるタイミングだって増えるはず。もし、これを読んだ誰かが登録してみようかなと思ってくれたら、わたしはとっても嬉しい。

その時の私は、毎日のようにお祈りメール(不採用を知らせるもの)をもらう就活生で、お先真っ暗だ! と、人生最大の挫折を食らっていた。視野がどんどん狭くなる一方だったところ、フィリップはわたしに悲観的になる前に、もっともっと前を向いてできることを探す強さと、その考え方の素敵さを教えてくれた。

わたしは今、フィリップと連絡が取れずにいて、その理由はまだ分からない。考えすぎると、少し怖くなる。でも心配性のわたしをよそに、フィリップはきっと元気にしているはずだという予感もするのだ。だからわたしは、いつか不意に彼が”Hi”と言ってくれることを待っている。


アーカイブはこちら

Tag

Writer