お部屋探し〜夢見る夢子さん、GUCCIのノートに走り書き〜

London Calling! #2

お部屋探し〜夢見る夢子さん、GUCCIのノートに走り書き〜

Contributed by Chihiro Fukunaga

Trip / 2024.06.13

「30歳までには一度、海外で生活してみてみたい」
そんな漠然とした願いが突如、切符となって目の前に差し出された。ロンドンで新たな生活をスタートさせたフリーランスの編集者・ライターChihiro Fukunagaさんが、生活拠点をつくるまでの様子を全6回でお届け!


#2


約18時間のフライトとイスタンブールでのトランジットを経て、ロンドン・ガトウィック空港に到着した。鼻歌混じりのワクワク気分で羽田空港を発ったはずが、エコノミークラスのシートに長時間押し込めた背中はバッキバキ、時差ぼけでネッムネム。でも、電車に乗るとエリザベス・ラインやロンドン・ブリッジ駅なんてワードが飛び込んできて、「なんかロンドンっぽいな!」と実感が湧いてきた。


降り立ったばかりのイルフォード駅前。この頃は本当に余裕がなくて、写真がこれしかない


Airbnbで予約した仮の宿は、東ロンドンのイルフォードという地にある、フィリピン系オーナー、ジミーの自宅に取った。YMS(イギリスの就労ビザ、いわゆるワーホリビザ)で渡英する多くの人が、最初はエージェント経由で紹介された先にホームステイをするようだけど、私はできるだけ費用を抑えるために自分で手配した。ここには10日滞在する予定で、その間に自分の住まいを決めなくちゃいけない。宿泊費は1泊5500円と、ロンドンの宿にしては格安だった。このあたりがネット上で治安を心配されている地域であることも関係しているかもしれない。


イルフォードから少し北に歩いたところにあるバレンタインズ・パーク。日本では見ない種類の鳥が、小さな花を踏んで歩く。曇り空も相まって、なんだかイギリス映画みたいなシーン!(←最初の1ヶ月はこんなことばかり考えていた)


でも、私は治安が悪いと言われる地域特有のストリートバイブスたまらなく惹かれることがある。私の地元・横浜の日ノ出町周辺も戦後、闇市と屋台の飲み屋街として栄えたエリアで、今も古い居酒屋や風俗店、場外馬券場が残る歓楽街だった。特に横町ブームで野毛が盛り上がる前は特に一部 で治安が心配されていたけど、私は近くの高校に通っていた縁もあり、放課後はしょっちゅう散歩 に出掛けていた。当時まだ活気がなかった野毛やコリアンタウン、旧青線地帯の古い小屋の並び……と、普段の自分と接点のない歴史や文化に出合い、いちいちワクワクしていた。そんなこともあり、イルフォードの治安が悪いという噂は、私にとって心地よい刺激だった。結局、イルフォードもすぐに気に入った。噂通り移民が多かったけど、さまざまなルーツを持つ人々がロンドンに居場所を作ってた くましく生活している姿は、同じくスーパーマイノリティーのアジア人の私にとって心強くもあった。Airbnbで手配した安宿に泊まることが母にバレるとやはりめちゃくちゃ心配されたが、全て自己責任という条件つきでなんでも自分でできるのが大人なることの醍醐味なのだ!


■読みたいぜ、みんなの日記

私はロンドンに来て、新しく二つの習慣を作った。まずは、日記をつけること。フィジカルのノートで走り書きするスタイルにこだわった。きっかけは、3月に京都を訪れ、インディペンデントな出版社や個人による書籍も多くそろえる、一乗寺の恵文社に立ち寄ったことだ。そこで、フリーライターの小沼理氏による「みんなもっと日記を書いて売ったらいいのに」というタイトルのエッセイを見つけた。それを視界にとらえた瞬間、一瞬で、心から、“ほんとそう”と思った!


京都でよく立ち寄る恵文社。個人によるエネルギッシュな書籍も多く、いつもついつい長居。写真はこの春、訪ねた時に撮ったもの。


私はルポルタージュが好きで、もともとそういうのがやりたくて出版業界を志したけど、日記が一人でできる最小単位の記録文学であることに全然気づいていなかった。ということで、かつての上司が出張のお土産にくれた、GUCCIのノートに毎日記録をすることにした。さすがはGUCCI、書き応えのあるしっかりとした厚紙だ。


こちらがロンドンダイアリーvol.1。日記を書くなら、気に入っているノートブックがいい。ちなみにこの次は、友達がインドのお土産にくれたノートが控えている


書き始めてみて、すぐに「これはいいぞ!」と感じた。多くの人がそうだろうけど、私も最近は紙にペンで文字を書く機会がグンと少なくなっていて、PCにタイプばかりしていた。それが、久しぶりにペンを握ると頭の中の言葉がどんどん溢れてくる。PCでタイプすると、「まあ、ここは拾わなくていいか」と切り捨ててしまいそうな、頭に浮かぶ私的な取り止めのないことも何とかキャッチして書こうと思える。「ムスリムの女の子の、ヒジャブにヘッドフォンを重ねるスタイルが新鮮」とか「“トッテナム”の本場の発音はカタカナと全然違う」とか、なんでもない気づきも、その時に自分がそう思ったというかけがえのない記録になるかもしれない。みんな、日記を書こう!読みたいぜ、みんなの日記。

2つ目は、毎日定点で自分の写真を撮ること。大学を卒業したくらいの頃から、私は自分の姿への関心が一気に薄くなり、近年は自分の姿を写真に収めることにも積極的ではなくなっていた。でも、この春に写真家・深瀬昌久氏の展示を見に行って、彼が自らを写した自撮り写真をたくさん見た。それが、どれもその瞬間にしか撮れないリアルを閉じ込めたような写真で、すごく面白かった!


この春にミヤシタパーク内のギャラリー、SAIで開催していた、深瀬昌久展にて。反射して分かりづらいけど、エッフェル塔をバックに自撮りしていて、本人の姿は鼻から上しか写っていない


チョロい私は簡単に感化され、毎朝、シャワー上がりに定点で1枚ずつ撮ることにした。毎日同じ画角だからこそ、その日を象徴するようなポーズや小物で差をつけようという、大喜利精神にも似たクリエイティブ精神が湧いてくる。日によってはニキビがあったり、ややお腹が出ていたりもする。撮り溜めて、まとめて振り返るのが今から楽しみ。


■“夢見る夢子さん”の部屋探し

さて、ロンドンに着いてまずやらなきゃいけないことは部屋探し。Airbnbの仮の宿にいられる10日の間にロンドンの各地域の住み心地をリサーチし、業者にアプローチし、数件の内見を経て比較し、住まいを確定させなければいけなかった。

なんだか素敵っぽいロンドンだ。私はせっかく住むなら、大きな窓から陽が降り注ぎ、かわいい猫がいて、刺激的なフラットメイトとおしゃべりできるリビングがある、かわいいカラーのお家……と考えていた、“夢見る夢子さん”*だった。

(*夢見る夢子さん……ロンドンに住んでいたフラワーアーティストの従伯母に、私が渡英することを報告すると、「私も若い頃は“夢見る夢子さん”だったから、ちいちゃんの気持ちすごくよく分かるよ〜」と言われた。なんじゃそら!と思いつつ、確かに自分のことをよく言い当てているので、じわじわ気に入ってよく使っている言葉。)

ここからは、部屋探しの実践的な話。イギリスで最大規模の不動産サイトSpare roomには、毎日たくさんの物件が追加されるので選択肢は多いけど、オーナーや業者から全然連絡が返ってこない。運良く返信があってもやりとりは全部英語だし、その日の午後に内見に来いと言われたりして、良くも悪くも日本的じゃない。


これをみなさんにお見せしたい!物件探しサイトに、どの画像にもおまたペロペロ猫さんが写っているお部屋があった…!しかもそれぞれ角度違いで!うう、カワイイ。でもこちらは条件が希望と合わず断念


まず、渡英する日本人界隈で言われているのは、「必ず内見をしろ」ということ。イギリスには、写真とリアルがあまりにも違いすぎる物件が多くて、特にトイレの水の流れが悪かったり、隣人がパリピだったりすると最悪だそう。なので、私は内見の際もこの辺を重点的に見た。パリピは避けられないけども、フラットメイトがどんなタイプの人かはヒアリングできた。


内見に行った部屋その1。苦学生が住むような(?)、古い家の質素な部屋。オーナーのおじいさんは知的で品の良い、研究者か美術家っぽい雰囲気の人だった。この小さい部屋と共用キッチン&トイレで家賃は約13万円なのだから、泣いてしまう


部屋探しの期間は長くなかったが、この時期は精神的にもなかなか堪えた。最初はドリーミーな理想を描いていたけど、結局そんなことを言っている場合ではなくなった。愚痴もたくさんあるけど、面白くないので具体的に書くのはやめておく。しかも、この頃のロンドンは4月というのに、みんなダウンジャケットを着ているほど寒く、天気も基本、曇り空か雨降り。街のこともわからないし、頼れる人もいない。私は孤独を感じていた。

でも、ある時、カフェでの部屋探し作業を終えて仮の宿に帰るとオーナーのジミーの息子に玄関でばったり会った。どうやら彼の友達の誕生日パーティーがあるのだそうで、お前も来いよと誘ってくれた。


Airbnbで撮った宿のオーナー、ジミーと孫。家族はみんなフレンドリーで、優しさがジンときた


これが本当に嬉しかった。その家庭がフィリピン系であることもあって、フィリピンの家庭料理をたくさんいただいた。ずっと日本から持ってきたパックライスを食べていた私には、人の手料理の温かみが染みた。


最終的に決まった私の家も、決して新しくも綺麗でもない。でも、かつての住人のものであろうお花や絵がたくさん残っていて、なんだか愛おしく思える一軒家


最終的に、私の部屋は探し始めてから8日目に契約した。業者にアプローチしたのは50件、そのうち内見できたのは5件、住みたいと思えたのは2件という結果だった。やはり日本と違ってマイペースな人も多く、そもそも内見まで辿り着けた件数がすごく少なかった。


フラットシェアをしているとキッチンは散らかりがち。こちらはフラットメイトの私物の鍋で、私は密かに“シュプ鍋”と呼んでいる


引越し当日、私はキャリーケース一つで移動したけど、30キロ近くあるのでさすがに重たい。この怪しいアジアン女が大汗かきながらキャリーケースを持ち上げて、バスに乗り込もうとしているのを見たロンドナーたちは、「No problem!」「Take your time!」と言ってみんな手を貸してくれた……(泣)。優しい人たちに助けられ、新居に荷物を下ろした。


生活感あふれる私の部屋。朝は朝日で目覚めることができるほど陽当たりがよい



小さな庭。たまに隣の家から猫さんが飛び込んでくるという嬉しいハプニングもある。フラットメイトはみんな、このポップな色の洗濯バサミを使ってTシャツを干す


新居はイギリスらしい木造の一軒家で、5人の男女でのフラットシェア。新しくはなく、ところどころ蜘蛛の巣が張っていたが、陽当たりのよいダブルベットの部屋だ。フラットメイトのフランス人の女の子が書籍の編集者であることが分かり、近い仕事をしていた自分は親近感が湧いた。仲良くなれるかしら。……こうして私のロンドン生活は始まった。



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