It’s been A Hard Day’s Night

Couch Surfing Club -Seoul Art Walk編- #3

It’s been A Hard Day’s Night

Contributed by Yui Horiuchi

Trip / 2024.08.15

海外へ何度行ったって、旅慣れなんてない。旅で出会う全ての人にフランクに接し、トラブルだって味方につける。着飾らず等身大で、自分のペースで旅を楽しむアーティストYui Horiuchiさんの連載『Couch Surfing Club』。今回からは“Seoul Art Walk編”として、怒涛のスケジュールで巡った韓国・ソウルでのアートトリップの様子をお届け!

#3




次の目的地ソウル駅へ向かうためバス停に向かう。
道中、見かけた子供用の手押し車がユニークなデザインで写真を撮っていたら、あれは『ループみたいなレンタルの手押し車なんだよ』とヒーチャンが教えてくれた。ドロップとピック場所が出先にあったら子供が駄々をこねた時など困らないね、子育て世代に優しいなソウル。少子化の進む日本でもやったらいい。



バスに乗るのは至難の技だと聞いていたが、こちらもヒーチャンがいなかったら無理だったと思う。
一つのバス停にいくつかの路線のバスが止まることは日本もあるが、ドアがすぐ閉まるらしく、とにかくタイミングが鍵らしい。自分の乗りたいバスがアプローチしてきていることを目視で確認したら、バス停から一歩出て乗りますというアピールをしていた。

混雑したバスに雪崩のように流れ込む。料金は一律のようで、Tmoneyで乗車時にピッとした。


バスから見えた景色。こちらも元軍事施設だと言う歴史博物館



牛乳の広告かと思ったら、牛乳みたいに白いコピー用紙の広告。言葉が分からないと非言語で物事を噛み砕こうと必死になる



変わっていく街並みを眺めていたらソウル駅に到着した




東京駅さながら駅の前には長蛇の旅行客の列が。ソウル駅の旧鉄道駅舎にあたる建物が奥に見える。目指す次の展示会場、Culture Station Seoul 284(文化駅ソウル284/旧ソウル駅舎)だ。


📍 Culture Station Seoul 284(文化駅ソウル284/旧ソウル駅舎)



20世紀前半に造られた韓国最古の駅舎の旧ソウル駅だが、日本統治時代の1925年に造られ、2004年まではソウル駅として使われたそうだ。



東京駅も彷彿とさせる赤レンガの壁とドーム形の屋根が特徴だが、デザインが似てる点については諸説あるらしい。2011年8月に建築当初の姿に復元されてから、芸術文化交流施設として生まれ変わり「文化駅ソウル284」になったそうだ。


✔️国際タイポグラフィ・ビエンナーレ、Typojanchi 2023



この時は国際タイポグラフィ・ビエンナーレ、Typojanchi 2023を開催中。建物も素晴らしいので展示と一緒に紹介しよう。


とにかく作品数の多い展示で、横山裕一や矢野恵司といった日本人作家の作品も見かけた



正面入り口を入ってすぐドーム下にはステンドグラス



2階部分まで吹き抜けで花崗岩に覆われた床に12本の石柱がドームを支えていた




今回の展示がデザイン関連ということだけあってか、築100年以上の建物を傷つけないように施された設営や什器が印象的。プロジェクターやタブレットもそれ用のステンレスフレームで展示構成がされている。



このディスプレイの什器に至っては、スクリーンの荷重を分散するように、対面の壁まで足が伸びておりストッパーの役割を果たしているようだ、カッコいい。



プロジェクターのスクリーンもインストーラーの手腕がうかがえる。館内のフロアマップも施工などで取り付けた看板ではなくプロジェクションが投影されていた。


1等、2等、貴婦人待合室、駅長室なども現在は展示室として使われている。それぞれの待合室は今も気品が漂う空間




一番奥の貴賓室には暖炉などもあり、歴代大統領が地方出張に出向く際に使ったそうだ。
ここではハーバード大学出版局のコミッションによって古典インド文学を英語に翻訳してバイリンガルで出版してきたシリーズ書籍を紹介していた。


立ち入りはできないが当時使われてたプラットフォームも廊下から見える



トイレとして使われていた部屋は建物の歴史も分かる資料室を兼ねていた



ガラス張りで剥き出しになった壁の構造をここで見ることができる



展示がない期間でも館内の見学はできるようだ、このTypojunchiも無料だったので興味のある人は是非立ち寄ってみてほしい




Woowa Brothers Corp.,によるスポンサー企画展示では、ハングルを人や食べ物などで飾り文字にしたかわいい刺繍作品が100点以上展示されていた。デザインがかわいいこともあるが、近くで見ると立体感や手仕事の丁寧さが見て取れて楽しい。



ポップアップのブックストアではThe Book Societyによるキュレーションで参加作家含む70以上のタイポグラフィに関する書籍が販売されている。



展示室をつなぐ廊下。Eric Timothy CARLSONによる10年以上に及ぶBon Iver とのアートディレクションアーカイブを一挙に展示していた。



バンドのファンも唸る、スケッチやムードボードの数々にここは停留してじっくり展示物を覗き込んだり、写真を撮っている人が多くいた。
ヒーチャンもそのうちの一人だ。



展示室を挟んでホームと反対側の廊下は赤絨毯。床にさりげなく積まれたものはハンドアウト、ニクいぜ、。。


元随行員室ではKim NuiyeonとJeon Yongwanの作品



元1等、2等待合室


ベルギー人でアムステルダムベースの作家、Josse PYLのインスタレーション。建築そのもののデザインを作品に落とし入れたインスタレーションらしい。展示室内に建物としてではなくなった壁の間を歩くことで、普段気にしない文化的なサインやメッセージを気に留めるようになるように、世界の理解や認識について新しい視点を提示しようと試みている。


Jo Hyejinの作品の足元には接触注意のスタンドが作品に合わせてアールが


平面の作品も直接床置きにならないように少し浮かせてあるが、什器が見えないように配慮してある。


ベルリンを拠点に活躍する作家Slavs and Tatars のLove Letterという10枚のカーペットで構成された作品


20世紀のロシアとトルコの正書法改革について、国家が特定の文字を国民に強制する「アルファベット政治」に焦点を当てているそうだ。
これによって、母国語を異国の文字で書くことの痛みや葛藤を表現しようとしている。

1917年の第一次世界大戦中、オスマン帝国時代にはロシアで革命が起こって、ボルシェヴィキが権力を握った。ボルシェヴィキは、ムスリムやトルコ語話者が使っていたアラビア文字をラテン文字に置き換える政策を進めて、ソビエト連邦内の130の言語の書記法を改革した。でも、1920年代後半から1930年代にかけて、スターリンの政策で、これらの言語の書記法はまた変わり、ラテン文字からキリル文字に置き換えられたそうだ。

一方、トルコでは、トルコ共和国が成立した後の1928年に、ムスタファ・ケマル・アタテュルクがアラビア文字を廃止して、ラテン文字を公式に導入した。この改革は、識字率を上げて教育を近代化するためだった。

権力によって母国語の文字さえ蹂躙される葛藤は計り知れない、と、同時に、日本語がこれまで守られてきた背景に感謝すらした。
歴史的な背景と共に、国家の言語政策が個人に与える影響について考えさせられる作品だった。


2階に上がって階段左手の展示室


元洋食店が入っていた2階で一番大きな部屋、実はここは韓国で初のレストランだったそうだ。
中央がSohn YoungeunのCrisp、奥がLee JungmyungのLETTERS。

Crispは、古代のパーチメントやパピルス(昔の紙のようなもの)を用いてインスタレーションと朗読パフォーマンスを掛け合わせた作品。
幅1メートル、長さ100メートルのこの大きな巻物がパフォーマンスの台本だそうだ。
パフォーマンスで使用した台本は最後にアートとして展示され、観客が自分で読むことができるようになっているという仕組み。



奥のパネルの裏にあった暖炉に使われている柱のデザインが溶けた蝋燭のようで面白かったので写真に収めた。
珍しいような、日本人がデザインしてるはずだが見慣れないような。


入ってすぐに巨大なzineのような作品


Seendosiというユニットの作品、そこに書かれた通りseendosiBOOKというタイトルだった。思った通りで巨大なアーカイブzineとして作られた作品だった。2015年に結成されたseendosiの8年間の活動を振り返るような巨大なスクラップブックになっていた。


Lee Soojiという作家の紙に刺繍を施したシリーズ作品



近くで見るとよく分かる印刷や塗りではない刺繍の凹凸


作品そのものも存在感がありカッコいいんだが、展示している什器もすこぶるカッコ良かったんです。

見て。イタリアのマガジンラックみたいな足



照明まで付いているのに全く配線なども見えず無駄のないスタイリッシュな作り



背面では作品の平面を立ち上げるのにあっさりとC型クランプで固定しているだけだった


いい〜好き〜。萌えポイントでした。


写真があまり良くないのだけど、こちらも什器萌えした作品


日本人作家の矢野恵司さんの作品。


Typojunchiのフィナーレを飾るのは、廊下をふんだんに使ったChris Roの作品だ




作品のコンセプトは「静けさ(ハッシュ)」、つまり音のない音の体験を提案しているそうだ。シンプルな足元もクランプで作品を自立させていた。


元駅舎を美術館に改装したスペースとして代表的なものはオルセー美術館だろう


ベルリンのハンブルガー・バーンホフなども巨大で見応えのある現代美術展をやっていて、ベルリンに訪れた際には必ず立ち寄っていたことが懐かしい。MMCAに続いて大満足の展示だった。


時刻は18:30を回ったところ


ソウル駅から地下鉄に乗り、本日の最終目的地SeMA(Seoul Museom of Art)に向かった。火〜金は8時までオープンしていたので、必然的に最終候補へ。


裏道を使ってショートカットで美術館へ案内してくれるヒーチャン


何度かこっちで合ってたっけ? とヒーチャンも頭を抱えながらようやく辿り着いた。


📍SeMA(Seoul Museom of Art)



ソウル美術館は1928年に創設、2002年に現在の場所に移転したそうだ。
ちなみにこちらの建物も重厚感があり、ここまできたらこれも絶対何かもともと違う用途で使われていた建物だろうと調べてみたら、かつて最高裁判所として使われていた歴史的建造物だそうだ。


✔️ソウルメディアシティビエンナーレ「THIS TOO, IS A MAP」



SeMAでは、ソウルメディアシティビエンナーレ「THIS TOO, IS A MAP」を開催中。
サイトのインターフェイスが面白かったので見てみてほしい:https://mediacityseoul.kr/2023/



さまざまな領域で活動する作家の作品が一同に集結しており、ソウル美術館(SeMA)を始めソウル市内に5つサテライトでも展示が行われているらしい。ハンドアウトを見ても充実した内容であることはうかがえるが、私たちはひとまずSeMAだけちゃんと見ることに。ちなみにこちらも無料。



ソウルメディアシティビエンナーレは、2000年にメディアシティソウルという名前でスタートし、過去20年にわたりソウルの街とメディア環境の変化を背景にアートの最新トレンドや実験的な作品を紹介し続けてきたそうだ。



このビエンナーレは、1996年から開催された「シティとビデオ」展を通じて、ソウルとメディアに関する考えを共有することを目的にスタート。


Agustina Woodgateの作品


明らかにメディアアートが多かったので、展覧会のコンセプトがすんなり入ってくる。


Mercedes Azpilicuetaの作品


ビエンナーレとは2年に1度開催される国際的な美術展のことを指すのだが、2000年からソウル市のイニシアティブで始まったソウルメディアシティビエンナーレも実験的な取り組みで国際的に知られたイベントになったそうだ。

それぞれの時代に共鳴する多様なアイデアや活動を取り入れてこれまで開催されてきたようだ。


Torkwase Dyson, Kujichagulia (Planning Freedom)


メディアアートというと現代のテクノロジーを用いたデジタルメディアや電子的なメディアを用いた芸術形態になる。


アルゼンチンのサルタを拠点に活動しているアーティストのGuido Yannittoの作品


コンピューター、インターネット、ビデオ、サウンド、インタラクティブ技術などのデジタルメディアを使用して制作された作品を指すことがこれにあたる。この作品には、アイデンティティ、口頭伝承、翻訳、共同作業などがテーマになっており、アルゼンチン北部のサルタ出身の先住民族の女性たちの熟練した職人技により織られたタペストリー。


この緩衝材に使われているテニスボールにツボる



美術館の展示空間は広々としたスペース配分で作品も見やすい



Ximena Garrido-Leccaの作品



Elena Damiani、このドーム状のものはスピーカー


真下に立った人にだけ音響が聞こえるように設計されている。他の展示物を邪魔しない優秀な音響設備。


入口付近に展示されていたFrancois Knoetze, Core Dump


私たちが消費してきた電子機器が今やゴミ山になっているのか。


Mercedes Azpilicuetaの作品



Yun ChoiのBulletin Board (Rice and Pond)という作品


作者は最近になって初めてHoarding「囤積(ドンセキ)」という言葉を知ったらしく、収集は、規則と秩序に基づいて将来価値のあるものを集めることだが、囤積は無意味で病的な無用なものの蓄積を指すそうだ。日本でもたまに目にするゴミ屋敷を思い出した。囤積者が物を捨てられない理由は、他人からゴミと見なされるものが、感情的、美的に彼らを満たすものであるかららしい。
分からなくもない。



シンガポール美術館のコミッションとソウルメディアシティビエンナーレのサポートにより制作されたBo Wangの「Fountain of Interiors」。
シンガポールの熱帯自然、人工的な気候制御システム、そして移民労働者の宿舎の蛍光灯を織り交ぜた架空の滝を視覚化した作品。


Sasha Litvintseva & Beny Wagnerの「Constant」


人間の身体基準から科学になった測定に関する映画。
土地測量、メートル法導入、現代の科学を通じて、測定が社会に与えた影響を探っている。


Anna Maria Maiolino の作品



Channa Horwitzの「Orange Grid」


グラフ用紙の平面上の物体を三次元空間に配置している。



グリッドの上にある黒いブロックを観覧者が動かすことができるインタラクティブな作品だ。


Nolan Oswald Dennis「atopia field」


「アトピア」とは地理的・社会的境界の外に存在する空間の概念。
床に敷かれたラグ状の作品は歩いたり座ったりすることができて、グローバル化した世界におけるアイデンティティとコミュニティの概念について考えるよう観客に促している。


Torkwase Dyson, I Belong to the Distance 3, (Force Multiplier)


この作品はアフリカ系アメリカ人や韓国における植民地時代の歴史と紐づいているという。
この立体物をベースにパフォーマンスも行われていたようだ。


1階エントランスからの吹き抜け。




ビエンナーレのキービジュアルにも使われている緑色のドットが至る所に。ビエンナーレ開催中も3階まで続く展示室では各所他の企画展も並行して開催されていた。



展覧会をようやく見終えたのは、退館を促すアナウンスが流れた後。
閉館ギリギリで1日目のアートツアーを完了だ。


トイレによくあるウェットティッシュを流さないでくださいの張り紙


東京みたいに街中で大体の目星をつけて、トイレに気軽に立ち寄れるような土地勘がないので美術館や百貨店に寄ったらトイレには立ち寄るようにしていたのだが、美術館もリノベ物件が多く韓国の旧市街ではいまだにペーパーを流せない地域があったので、張り紙が韓国語なので、紙を流せないのかウェットティッシュなのか分からず詰まらせないようによく翻訳するようにしていた。

ちなみに今回滞在したホテルはペーパーを流さずにゴミ箱へと、トイレ内にゴミ箱が設置されていた。MMMIO DESIGN RESIDENCE Ⅱというところ、参考までに。



帰り道に見かけたソウル市庁職場保育園のベビーカー保管所、ほんとに少子化が深刻な韓国とは聞いているけど、子育てしやすいんじゃないか?

ちなみに上の横断幕には、「間接喫煙のせいで『ゴホゴホ』、皆さんの家だと思ってみてください。ここでこんなに無神経に煙草の煙を吐き出したいですか?」と書いてある。ゴホゴホが“콜록 콜록”にあたるみたい。テキスト翻訳をすると知らない言語でも一気に親近感が湧く。

綺麗に整備されたレンガの地下通路を使って夕飯を食べに広蔵市場へと向かった。



もう24時間分の脳内ストレージを遥かに使い果たして、ほとんどご飯のことだけ考えていたので、行列ができていたら潔く諦める準備はしていたプチョンユッケ。以外にも列はなくすんなり席へとされた。
ラッキー、時刻は20時すぎ。



行きつけのユッケのお店があればどこでもよかったのだが、ユッケ食べたいとだけリクエストしておいたら、ここもミュシュラン取得店を案内してくれた。しかも後々気付いたが、行きたいと思っていてGoogleマップにピンをしていたお店だった。味も鮮度も最高でした、すぐになくなってしまって悲しいくらい。飲み物でした。


焼酎のビール割りで乾杯の支度をしてくれるヒーチャン


韓国ドラマで馴染みの人も多いだろうが、コツを聞くと焼酎用のお猪口を二つ重ね、グラスのかぶっている部分に対して焼酎を注ぐ。



測った焼酎をビールのグラスに移し同量のビールを注ぐ、ステンレスのスプーンをグラスに突っ込んだと思ったらガンガンビールグラスの底を叩きつけていた。泡がぶくぶくと膨らみグラスが溢れそうになったところで乾杯。乾杯は韓国語でコンベだったかな。

すごく美味しい! はチンッチャマシッソヨだそうだ。
チンッチャ? だけでほんとに?ともなるらしい。

動画を後から見返して気づいていたんだけど、乾杯の後ヒーチャンがさりげなく横を向いてお酒を飲んでいる。口元を隠すまではいかないけど、ドラマでもよく見る習慣だ。アジア人の縦社会の縮図を垣間見ていた。



ユッケを流し込み、生地や洋服の問屋と飲食店が立ち並ぶ広蔵市場を少し散策した。



朝は活気がすごいのだろう、ホテルからも徒歩圏内だし明日の朝ごはんにキンパを買いにこよう。



広蔵市場の近くを流れる清渓川(チョンゲチョン)は散策路があり、気持ちよさそう。
ハンガン(漢江)まで繋がる支流の一つだ。



近くに住んでいるというP21 GalleryのZachが飲みに誘ってくれたので、ヒーチャンと次なる目的地へ。



路上で楽しそうに飲食する若者たち。外食の平均費用はこれまでの体感東京よりよっぽどお財布に優しく感じる。



指定されたロケーションがあまりに僻地なので、ネイティブコリアンのヒーチャンさえ不安になっていた。


Zachの姿はないが、一応ここらしい



無事に落ち合えたZachと


彼の行きつけのお店らしい、豚肉が美味しいとのことでニュージーランド人の彼が流暢な韓国語で注文をしてくれる。
それを聞いて目をまん丸にして驚くヒーチャン。面白かった。


美味しいと聞いた済州島のハンラサン(漢拏山)という焼酎


種類は緑色(19度)と透明(21度)の2種類あり、韓国焼酎の中でも度数の高い焼酎だそうだ。
明日が不安なので、ミラグレーンを仕込みつつ(みんなにもあげた)乾杯。味はというと甘くないのはわかったが、韓国焼酎にさっきデビューしたばかりなので大した味の違いは分からず、ただ度数に比べ飲みやすいとは思った。


軍隊で活躍する兵士たちに人気だというスパム料理


確かにコンビニ飯やインスタント飯の需要は高いとは思っていたが、飲食店でもこうやって出てきた。


柔らかくてとてもおいしかった味付け豚カルビ


ヒーチャンにお礼をと思ってご飯代を二人分払ったが、3500円程度。
毎回、お酒も満足に頼んでいるのでお会計の時にいつもとは逆に驚いてしまう。
ただ、日本人だけで会計時にボッタクリに合うという事例もなくはないらしいので、気をつけて。





二度目の夕食を終えて、ようやく印刷外に戻ってきた。今まで見てた深夜帯や朝とは打って変わってとても賑やかな街。



部屋に戻ってきたのは日付が変わる30分前、もらってきた紙の資料がすごい量だった。


韓国の有名なバナナウユ(バナナウユ)飲んでから就寝しようと思ったが口に合わなすぎて、ウユと私ともにこれにて1日目の滞在の幕を閉じた。



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