Sole, Pizza・・・ e Amore #09

沈黙のエスプレッソとクロワッサン

Contributed by Aco Hirai

Trip / 2024.09.06

イタリアへ移住したAco Hiraiが綴る恋愛ストーリー「Sole, Pizza・・・ e Amore」。何気ない日々の中で気付かされるイタリア人パートナーとのたわいもない国際恋愛を綴ります。

#09




これまでも些細なことでケンカや討論になったことはあったけど、いつもその日のうちに仲直りするようにしていた。ルールを決めていたわけではないけど、お互い長引かせない方がよいという共通認識があったのだろう。だから、翌日に持ち越したのは初めてのことだった。

朝になって目を覚まし、何も言わずにリビングへ降りる私。
我が家は寝室が2F、リビングが1Fとなっている。
いつもなら2Fからアントニオの「Buongiorno、5分後に僕のコーヒーもお願いね!」という声が聞こえてくるはずだが、聞き慣れたそのセリフは聞こえてこない。

少しして彼もリビングへ降りてきた。
無言で彼のエスプレッソを入れる私。
無言でそれを受け取り、可愛がっている盆栽に「Buongiorno」と言いながら水をあげる彼。

そして、エスプレッソを飲み干した彼は着替えて外へ出ていき、数分後に手にタバコと紙袋を持って戻ってきた。紙袋の中にはクロワッサンが2つ入っていた。

無言でクロワッサンを食べる彼。
袋の中に残ったクロワッサンを無言で頂く私。


二人で作り出した状況を、二人で後悔している。
そんな気がした。

会話はなくても、そこには目に映る優しさと愛情があった。
そして、会話がないぶん、その優しさがさらに重く私に降り注ぐ。
きっと彼も同じ気持ちだろう、と簡単に予測できた。

それでも、翌日にまで持ち越してしまった「ごめんね」という言葉には値しないのか、お互い謝らず夜まで別々の時間を過ごした。

同棲を始めた当初は、自分では十分に言いたいことを言っているつもりでも、アントニオからは「なんでもっと自分の意見を言わないの? わからないよ」と言われることがあった。だから私たちの話し合いは、言いたいことを溜め込まない。全てを吐き出すようにしていたし、分からないのなら解り合えるまで諦めずに話し合いを続けるようにしていた。

でも、この状況にどう対処していいのか分からなくなり、この重い空気がいつまで続くのだろうかと不安と悲しさが押し寄せてくる。大切な人が隣にいるのに、挨拶や会話がないのは胸が張り裂けそうなくらい辛い。そして、何より不毛だ。

その夜、夕食の時間になってリビングにいる彼に「今夜はピッツァを作るんだけど、手伝ってくれない?」と切り出した。そして「ごめんね」とも付け足した。
すると、テーブルに座ってパソコンを触っていた彼が私の元へきて、ぎゅっと強く抱きしめて「僕もごめん」と。

それだけで目が熱くなり、心が温かさで満たされた。



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