LUKE magazine SECOND ISSUE

LUKE magazine SECOND ISSUE

取材者紹介 #1

Contributed by LUKE magazine

By / 2021.07.26

LUKE MAGAZINE Vol.2「Hello, Work!『僕たちの仕事論。』」が2021年7月29日(木)に発売されます。

さまざまな業種で活躍するサーティーエイジャーズたちに、何を考えて仕事に向き合っているのか? 何を目的に仕事をしているのか? 将来の夢などについてインタビューをしました。また「the moment. 働く現場。」と題し、新進気鋭の写真家6名による写真も掲載。

今回は全3回に渡って、LUKE MAGAZINE最新号でインタビューに協力して下さった、21名のサーティーエイジャーズをご紹介します。




#1
研究がつなげた3つの道で、アートを開かれたものへ。
美術館研究員・大学講師・ライター
浅野菜緒子

イギリス文学と美術の研究に取り組み、ロンドンで修士号を取得した浅野さん。現在は大学講師、ライター、美術館の研究員として活動をしています。大学では語学についての授業を受け持ち、ライターとしては美術に関する記事をメディアに寄稿するなど、仕事の軸となっているのは自身の専門分野である「文学と美術」。コロナ禍の2020年4月から美術館勤務がスタートしたものの、当初は美術館の休館が続くなど、なかなか思い通りの働き方ができなかったそうです。そんな浅野さんは複数の仕事に取り組むことについて「何が向いているのかわからないからこそ、それを探すために仕事をしている」と。浅野さんは「できることはやれるうちにやる」という信念を貫きながら、ステップアップのために奮闘しています。

https://www.instagram.com/naokoasano/?hl=ja
https://www.instagram.com/art_by_naoko/?hl=ja




#2
「この仕事が好きだからやってます」と、胸を張って言えるような人生を送りたい。
フリーター
荒田研成

荒田さんは学生時代から多くの飲食店での勤務経験があり、大学卒業後はビアパブで副店長として約4年間勤めていました。勤務していたビアパブで、多くの外国人のお客さまと触れ合うなかで「いろいろな世界を見に行こう」と海外へ渡ることを決意。しかしコロナの感染拡大の影響で、やむを得ず渡航は中止になってしまいます。そのタイミングで過去の職場の先輩から「店を手伝ってほしい」と声がかかり、数ヶ月間働きながら自身の仕事について考え直したそうです。現在はコーヒーショップに勤務しながら、もうひとつ軸となる仕事を探している最中。




#3
初めての子育て、自分を見つめるために絵を描く。
主婦
安藤遥

出産をきっかけに仕事を辞めて主婦に転身。子育ては自然豊かな地元・山形でする予定でしたが、コロナが広まったことにより移住は1年ほど先延ばしになってしまいました。急速にコロナが拡大し、誰とも会えない、子供の話を誰ともできない状況が続くなかで、ご主人のサポートやママ同士で繋がれるマッチングアプリの存在が心の拠り所だったそうです。もともとフランスでアートを学んでいた、安藤さん。お子様の夜泣きなどが落ち着いた時期に、絵を描くことを再開しました。iPadで絵を描いたり、ZINEの制作がリフレッシュになっているそうです。

https://www.instagram.com/haru075/?hl=ja




#4
副住職もクリエイターも「僧侶」としての仕事。
月仲山 称名寺 副住職/煩悩クリエイター
稲田ズイキ

月仲山 称名寺の副住職。稲田さんが僧侶になった理由は「実家がお寺だった」からと、とてもシンプル。幼い頃から両親には「長男よりも住職に向いている」と言われ、ご本人も小学校の卒業文集には「立派で面白い僧侶になりたい」と書いていたそうです。副住職として檀家の方が亡くなられた際の法事などと並行しながら、執筆業や編集も行っています。稲田さんの多岐に渡る活動には、それぞれ仏教の思想をブレンドさせており、映画『DOPE寺』や、イベント「煩悩ナイト」の企画、フリーマガジン『フリースタイルな僧侶たち』の編集長を務めています。




#5
自分の好きなファッションの世界で、いつまでも活躍していたい。
スタイリストアシスタント
内山晴輝

大学を卒業後、大手百貨店に総合職として入社し、接客やトルソーのスタイリングを担当。学生時代から「スタイリスト」という職業に興味があったそうですが一歩を踏み出せず、まずはファッションにまつわる仕事に就こうと、百貨店に務めました。3年間百貨店に勤務した後、縁あってスタイリストの山田陵太氏に師事。実際にアシスタントとしての仕事は大変なことが多いものの、働く前にスタイリストの仕事についてリサーチをしていたため、大きなギャップはなかったそう。さらに百貨店での経験が活かされる場面が多く「とても仕事にやりがいを感じている」と、内山さんは話してくれました。将来は独立し、師匠の山田氏のようなスタイリストを目指しているそうです。




#6
家族でつなぐ、日本とロサンゼルスの掛け橋に。
「minoi」オーナー
大和田晋吾

大和田さんは第一子が誕生するタイミングで「今後にキャリアプランについて考え始めた」と言います。もともと仙台でアメリカンヴィンテージの商品を扱う企業に務めており、仕事で東京を訪れることが多かったそう。たまたま代々木上原にあるレンタルスペースでポップアップをする機会に恵まれ、それがきっかけとなり東京での独立を決意し、オープンしたのが「minoi」。お店のコンセプトは「ヴィンテージアイテムで豊かな時間と暮らしを家族で表現する」こと。アメリカまで買い付けに行っており、コロナ禍での貴重な現地でのやり取りについてはお客様にも伝えているとか。ゆくゆくは地元・宮城に戻り、宮城と世界を繋ぐ活動がしたいと構想中。

https://www.instagram.com/__minoi__/
https://www.instagram.com/shingohappyface/




#7
いつまでも夢を見たいし、夢を見せられる存在でありたい。
OKAMOTO’Sボーカリスト
オカモトショウ

ロックバンド OKAMOTO’Sのボーカリスト。中学時代に軽音楽部でバンドを結成し、OKAMOTO’Sとしてのキャリアがスタートしました。バンドは18歳のときに1stアルバムをリリースし、現在の所属事務所と育成契約を結びます。当時はショウさんも含めて、大学に通っていたメンバーは、本格的にミュージシャンとしての道を進むべく、それぞれが休学や退学を選択。バンド結成10周年にはOKAMOTO’Sで武道館ライブを成功させました。コロナ禍では、今まで通りライブができない状況で、ソロアルバムを制作したり、バンドでは毎月楽曲をリリースしています。2021年2月には、1年以上ぶりに有観客ライブを行うなど、話題に事欠かない活動を続けています。

https://www.instagram.com/okamotos_official/


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