
“Travel is ENCOUNTERS”
(ワイオーミング篇) #20
Photos, essay by T. T. Tanaka
Local / 2019.10.24

Yellow ocean
ヒュイーン。ヒュイーン。。。という声で目が覚めた。
空を何かが飛んでいくよう。しばらくするとまたひゅいーん。
合間に川の水音がコトコトコト・・。
ここは、Shellというところで50人くらいの人々が住んでいる。近くに渓谷があるもののゆるーい起伏の草原だから低く見えるけどしっかり1280mも標高がある。
Why shellっていうの?この辺は大昔、ジュラ紀は海岸!! で貝殻が多く出土するからなんだって! 東半分は平らな大草原(Great plains)で占められるWyoming州なんだけど、西に向かうとこのあたりから山々が増えてきて、4500m級のロッキー山脈の大陸分水嶺までどんどん上っていくんだ。でもこの高地の草原エリアの少し低いところはせせらぎが静かに流れている。
あの声、何だろう? と、そーっとテントのファスナーをあけてみる。
わあ! 一面黄色に光る大海原。満月のあかりが天から注いている。夜はまだあけていない。月のまぶしさに目がなれてきたら、僕の目は真正面でぴたと止まってしまった。
鹿ちゃんの目と合ってしまったから。
そーっと右手でカメラを手繰り寄せた。
彼女はじーっと背筋を伸ばして僕の方を見ている。僕もじーっと見ている。
僕はつぶやく。
「あら~、おはよー。大丈夫。大丈夫。驚かないで。僕はハンターじゃないの。君を狙ったりしないから」
ちょっと口元が動いたような気がした。
「おはよう。ここよく来るの? 木の芽が好きなのね?」
首が前の方に伸びたと思ったら背中がゆるんでモグモグしている。

くるっと後ろに向いてびょんびょんと跳ねた。白い尻尾とお尻さん。
わ。仔鹿ちゃん!
お母さん鹿と一緒にお食事中だったんだね。

仔鹿ちゃんは小さいアーチを描きながらその先の黄色い海に消えてしまった。
お母さん鹿は首をねじりながらまた僕の方を振り返った。



ぴょんと飛んでは黄色い海の沖の方へ。
ぴょんと飛んではこちらを振り返る。
だんだん小さく、頭だけがシルエットになっていく。
ヒュイーンと鳴いた。
お母さん鹿は自分の居場所を教えているのかしら。そんなに遠くに行ったら駄目よ~と注意しているのかしら。
そして僕の目の前には黄色い海だけが広がってしまった。ちょっとさびしい。
夜明けは近いんだけど。


緑の草原が目覚めてきた。ちちちち・・ぴー・・・いろいろな方から聞こえてくる。
夜明けはいろいろな命がよみがえって一斉に動き出すから好きなんだ。
ブラックバードがツーっと飛んできて止まったからわかった。こんな大きな倒木があったんだね。
あら、おじぎしている。かわいい。



One touch of nature
キャンプ場の朝、トラックのボンネットはまだ冷たかった。
ネット越しのぴかぴかブルーが楽しい。うん。きっと、今日見る空の色ね。
ちょっと冷えちゃった指先。ホットコーヒーをマグで飲みたいんだ。

早すぎて誰もいないだろうと思ったら、あらー大きいワンちゃん。
あったかいマグをテーブルに置いたら僕のところにずずずず・・とすりよってきた。

昨晩買っておいたポテトカップケーキ、いただきます。
ごめん、きっとお母さんに怒られると思うから君にはあげないけど。。
コーヒーもきみは飲まないだろうし。。
でもね、朝、この香の中でくつろいでいられるのは幸せなんだよ~。ね。ね?
ああ、そのせつない表情・・・
よーし、よーしと頭をおおきーくなでてあげた。

そろそろ出かけよう。お、黒板にアイスクリームって文字が大きくかいてあるね。
ちょ、ちょっと待って。1/2ガロンて。。1ガロンが4リットルくらいだから、2リットルのボリュームのアイスクリーム! そりゃ7ドル(770円くらい)はするよね。
むりむり。カップ(PINT=470ml)でも大きいじゃん。。
今日、帰ってきたらCookies & Creamにしようっと。
キャンプ場でも食べられるのがうれしい。
あれ? アイスクリームの上に手書きのボード。。
“Of all the roads you take in life, make sure a few of them are dirt. 人生で通るすべての道路の中には、必ずいくつか未舗装の凸凹道がある。”
な、なるほど。。
調べてみたら、わかった。これ、100年以上も前にアメリカの環境活動集団シエラクラブを立ち上げたJohn Muir(ジョン・ミュール)という人の言葉なんだ。彼はヨセミテ公園などアメリカの初期の国立公園設立に尽力している。環境保護は立ち入り禁止を乱発して人を遠ざけるんじゃなくて人々が積極的に触れ合ってこそ理解できるって主張していたって。
彼はインディアナからフロリダまでアメリカ大陸を1600kmも歩いている!
次のようなこともよく言っていたらしい。
“In every walk with nature one receives far more than he seeks. 自然の中を歩くたび、探し求めているものよりずっと多くのものを得られる”
“One touch of nature makes the whole world kin. 少し自然にふれることで世界全体が身近なものになる※”
ああ、このWyomingに入ってからの時間はまさにこんな感じなの。今朝、鹿さんたち、鳥さんたちに出会って、いろんな命と自分がつながった気がしたもの。。。
自分自身も地球のみんなにちょっとやさしくなったかしら。
うん。わんちゃんにはやさしいと思うけど。。
(※間違ってたらごめんなさい。シェイクスピアや O.Henryも言ってたみたい。それぞれ意図する意味合いはちがうみたい。。)



Go for the seashore
買い出ししていたらあっという間にお昼を回ってしまった。いかん。急ごう。
海岸に向かうんだ。うん・・? そう。一億数千年前のジュラ紀時代の海岸へ。
その頃、アメリカ大陸の真ん中よりちょっと西側は今のカナダの方から海がここまで来ていてその海はSundance seaと呼ばれている。
今、四駆で通っている道はかつて海の中。遠くに見える山のシルエットは当時海獣?たちが見上げた景色とは違うんだろうけど、なんかタイムマシーンに乗ってるような不思議な気分になってきちゃった。だーれもだーれも通らない。



海岸だったところに近づいてきた。地層が迫ってくる。
ああ、1億年以上前なんだね。あの中にはたーくさんいろんな生き物たちがそのまま眠っている。
石も岩も命のかたまりだ。
地層の色はあわくてとってもきれい。
後ろには雪山も見えている。
この不思議な組み合わせにぼーっと見入ってしまう。


雨がぱらぱらきちゃった。。まだまだ未舗装を行くのに。。土煙はあがらないからいいけど。。
あの鳥ちゃんも木陰に行かないと・・あ、ここはないか。
あら。草がぐるぐるまわって波のじゅうたんみたいになっている。
風も少しまわっている。
ずーっと続く草のウエィブを見ていたら、ぱたっと雨が止んだ。

もう少しで沈みそうな太陽が急に斜めに差してきた。
わあああ。東の空に虹だ~!!
暗くなるぎりぎり前。天空にかかった七色橋。
雨のおかげだね。
もしかしたら僕だけしか見ていない? いや、ここにいるいきものたちと僕だけね。
きれいだね。やっぱり幸せがきそうな気がするもの。
いろいろな色がうれしい。



Dance in the ball room
虹が薄くなってきたら看板が見えてきた。実は昨日みつけて気になって来てみたかったの。Red Gulch Dinosaur Traksite (レッドガルチ 恐竜足跡遺跡)。
ワイオーミング州で恐竜の足跡がのこっている一番大きな遺跡。
でもだーれもいないし、自由にみられるの。説明ボードには、各自、降りて行って自分の手や足で触れてみて!って書いてあるんだ。えー。触れていいの・・? 足跡自体が石のように堅ーくなっているから大丈夫なんだって。
ウォーキングボードの上からみると、ずーっと川のように見えるのが硬いつるつるの岩盤。ここが昔のSundance seaの海岸の一部なんだ。


幅が20mくらいはあってそれが200mは続いている。
一面に濃いつぶつぶが見えているでしょ? これが恐竜の足跡で何百も残っているの。
そ、ダンスホールで踊っていたように横一線でずーっと続いていて、また別の足跡一線がX字みたいにクロスしていて。。水際の狭い岸に何十頭も恐竜があつまって食べたり行進していたんだって!
えー。。。!


簡単な階段をおりてみるとほら。いっぱいあるでしょ? 足跡。
そう。さっき虹が出ていたよね。直前に雨がふったから足跡のへこんでいるところに水がたまったり湿っていて黒くくっきりみえるの。幸運なめぐりあわせにありがとー!



足跡、くっきり。
1.5億年前の後ろ足。
四足だけど後ろ二足で俊敏にはねまわって移動していたらしい。ダンスするみたいにね。
思っていたより小さい。
気づいたら足の指跡が深い。
手でふれてみたら石の型がひんやり。
直接恐竜にふれてるわけじゃないんだけど不思議な感触。
腹ばいになってみてみた。体中で彼らが生きていた時間がちょっとだけ全身に流れた気がした。



Sun beams and moon glow
足跡地面からあがってきたら、もう陽が大分さがっていた。
どきっとしたよ。ガラガラヘビに注意の大きな看板。
えっと思って目線を草むらの方に移したら、あら。うさちゃんがぴょんぴょんと駆けてゆく。
ごめんね。おどろかせてしまったみたい。ちらっとこちらをふりむいたお尻さんがしろーくかわいい。日没近くなってきたからお家に帰るんだね。



あの虹はもう東の空にはない。体がつい西を向いてしまう。そこが明るいから。
青い空を見つめていたら、お日さまがすっと雲の影に入って暗くなってしまった。
待つこと2分くらい。このまま暗くならないで~って祈っていたら、うすい雲間の向こうからお日さまからの光線が上から降ってきた。放射状に。きれい。
そして一気に空いっぱいにオレンジが広がった。山のシルエットがくっきり。
そういえば恐竜たちはどんな日没をみていたんだろう?
行進やダンスは夜じゃなくて昼間だったのかな?
あ、だから、sundance海っていうのかな。。
でもお食事は夜型だったのかしら?
それを一番知っているのはあかるいおひさまと、ぽっと夜にでてくるお月さまなのかもしれない。
素敵な時間をありがとう。このまま眠りにつきたい。。


How high the moon!
あかるーい月。まだ満月からそんなにたっていない。くっきりお肌がみえている。
月明りで空もおうちの壁もほんのり明るい。
空がじんわり青く木々のシルエットが浮かんできた。もうすぐまた夜明だ。


東の空が朱色に染まる。小川もきらりきらり。
お月さま、夜通し照らしてくれてありがとう。暗くなるまでしばらくお休みしていてね。

「水辺のダンス、ダンス」
夜明に出会った水際の鹿ちゃん。
ジュラ紀に海岸で行進していた恐竜たち。
いつの時代でも水辺には動物たちがやってくる。
後ろに続く地面と違って、水辺には波があるし、音も匂いも、きらめく光もある。違う生きものたちもいる。淡水なら水も飲めるしね。
やっぱりウキウキの感じがある。
そういえば、何年か前、ブラジルのイパネマビーチにいったとき、もういきなりうれしくて水辺をばーっと走っていったもの。それでまたばーっと走ってもどってきた。
それって恐竜のXクロス行進と一緒じゃん。
僕の足跡は1.5億年どころか、1.5分後にはもう消えちゃってたけど。。
1.5億年も隔てた2種類のダンスにここで遭遇するとは思っていなかった。
水辺のダンス、ダンス。
Sundance, moondance.
Thank you, Wyoming!
イラスト by 瀧口希望
ワイオーミングに関することはこちらのワイオーミングノートをチェック。
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T.T.Tanaka
のっぽの体形からつけられたニックネーム、トーキョータワータナカ。出身は兵庫県。フォトグラファー/エッセイスト。今までに30ヶ国以上を旅してきている。アメリカではフロリダ州などに在住経験あり。マーケティングの世界に身を置きながら同時にフォトグラファーとして国内外で活動してきている。国内外各地の風景、街、人、いきものたちのお茶目なサプライズを自由に切り取って写真制作および展示、スライドショーを展開してきている。写真集ENCOUNTERSシリーズ(Ⅰ,II,Ⅲ,Ⅳ,V,VI,VII;日本カメラ社)は幅広いファンから愛されている。最新刊ENCOUNTERS in Pakistan (みつばち文庫)は子供たちのピュアな笑いがいっぱい。




















