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“Travel is ENCOUNTERS” (グリーンランド篇) #33
Photos, essay by T. T. Tanaka
Local / 2020.11.20
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“Fly me to the Snow River”
海に浮かぶ沢山の氷山の次はその氷(雪)たちの源へ。
ヘリコプターで往復二時間のツアー。ネットで申し込んで翌日、海際の崖奥の小さなイルリサット(Ilulissat)空港に集合。あら、飛行機と同じ搭乗券だね。安全ビデオを待合室で見終わったら搭乗ゲートに向かう。
ゲートも同様に開いたんだけどいきなり滑走路がどーんで機体はないじゃん。トコトコ歩くと滑走路横の台にちょこんとかわいい赤のヘリコプターが座っている。
パイロット1名+フランス人女性とノルウェイ男性のカップル、ドイツ人男性1人+NYからの女性1人+僕の6人。みんなドキドキウキウキ。
羽根がまわってふわりと浮かぶと期待感が更に上昇。Ilulissat(Sermeq Kujalleq)氷河--UNESCO世界遺産登録氷河--の上流までゆくのだ。
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ふわーり空中にあがると、今までいた陸地が雪でまだら模様であることにびっくり。あの湖は濃い墨壺のよう。9月も半ば。後一週間もたつと一日中零下、雪もどんどん降ってぜーんぶ真っ白になってしまう。
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更に海に向かうと氷河口。わー。海に沢山の雪のかたまりが一気に迫ってきている。
ここから河沿いに30㎞ほど上流の河の中間地点をめざしてゆく。
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この「河」は凸凹の白い光と影がどこまでも続いている。
波のようだけど動かない波。キラキラした波。ブルーのパウダーがまぶされている。
うろこ雲の影が一気に通り過ぎ、またキラキラ光ってくる。
ヘリコプターがひときわ高いブーンという音を立てたと思ったら、大きな大きなレース場をすべるようにカーブして、いよいよ氷河を真正面に見据えて飛んでゆく。
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“周りは全部氷河”
20分ほど上流へ向かうと氷河のど真ん中に小さな黒っぽい点が見えてきた。
一気に高度を下げてゆく。氷河が目に迫ってきたと思ったらその中に旗が。
小さな「陸地」、200m四方ぐらいだろうか。
ふわっと着陸した。
ドアをあけて下り立つ。ピリリとする冷気。堅ーい岩盤。一部残る雪。
そして、自分のまわり360°、氷河がずーっとずーっとあおーい空の下に広がっている。
圧巻。
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吹き流しのはるか向こうは氷河の流れ込む北極海。氷山がぷかりぷかり浮かんでいたところだね。
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ヨコを向いたら斜めに氷河が流れている。
一日10~20mくらい。ぎゅうぎゅうと押されて。
近くからも遠ーくからもギギギ・・という音。
それに、細かいプチプチという音も。空気を含む泡が陽にあたって弾けているのかな。そこには何万年も前の空気が。。
あちこち命が飛び交っているような。水の妖精なのかもしれない。
さむいけど、茫然、唖然。。。
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あ、こっちはやわらかーくふんわりしている。そうなのね。まだ降ったばかりの新雪なんだ。
雪はまた降り、積み重なって深く押され、そして海に流れてゆく。
今年の雪はいつ海にたどり着くんだろう。
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氷河に落ちちゃうギリギリの縁まで行ってみるとそこには堅ーい砕けた大きめの石が。何年も何年も雪にすりすりされたのか、表面はつるんとしている。縞模様がきれい。
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全面に見えているのは垂直の壁じゃなくてこの「陸地」の下から海まで続いている氷河なんだ。
陸地の縁の向こうは一気に何百メートルも落ちている崖。
この崖っぷちにいる彼と彼女。一緒に歩くのは楽しい。
色んな効果音がもりあげてくれる舞台ですもん。
気を付けてちゃんと足元見なきゃ二人ともおちちゃうよ~。
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“Down by the snow-river side”
あっという間の30分。天気が変わりやすいから長くはいられないんだ。
座席を往路とは交替しあってシートベルトをする。
パイロットさんが羽根をまわすよ~。車の助手席みたい。
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打ち寄せる波のように縞模様の雪。ずーっとつながってゆく影がきれい。
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押されて押されて下流に向かう雪たち。
水より流れが遅い分、長い時間にいろんなドラマが積み重なってゆくのかしらね。
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ここまで下りてくると、「水深(氷深)」が上流では1000mくらいある! のが圧倒的に浅くなる(といっても200mくらいもある!)ので雪たちは下からの圧力に耐えきれなくなって上にせり上がってくる。
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あちこちでせり上がるとさらに尖がり君も現れ、山のようになって、
それがエイっと海に放り出されてゆく。。 それが氷山。
氷山は氷河から生まれる。。氷山は古い雪のかたまり。。すごい。。
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海にたどりつくには何年が過ぎたんだろう。
ぷっかり海に浮かぶ雪のかたまり(氷山)たち。
浮かびながら流されながら海と一体化して雪は水になってゆく。
その雪はまさにタイムカプセル。
長い眠りから目覚めた妖精にはこの世はどんな景色に見えるんだろう。
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“Life drama in the natural time”
ずっとその時から今でも目に焼き付いて残っているシーンがこれなんです。
はるか30㎞向こうの北極海まで雪が氷河となってじんわりじんわり何年もかかって流れてゆく。
ニューヨーク、マンハッタンで女医として頑張っている彼女。一人旅でここまでやってきた。
大地を踏みしめながら、
「生きていてよかったわ。本当に自然はすごい。地球のドラマに出会えて幸せよ。元気になれたわ」
帰国後、彼女にはこの写真を送った。
今、彼女のクリニックに入ったところには一番大きく飾られていて、
毎日少し違う、でも自然の時間が流れている。
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“Snow River---氷河、海に入りて流れる”
氷河って雪の河なのだ。
思いっきり海で出会った氷山たち。彼らは陸の氷河から海に放り出されていた。
10万年以上も前から氷山を生み続けている地球最大級の氷河に出会えた。
氷河のど真ん中。まさに立ちすくむとはこのこと。。
「上流」から何年もかけて下りてきた雪たち。さらに何十キロも先の北極海まで押せ押せで「流れ」てゆく。一日に10~20メートル「川下」へ。その上にまた雪が降り積もって重力で下にぎゅうぎゅうと。
押し合う雪の音、陸地に触れる音、はるか昔の空気を含んだ泡が弾ける音。
今の時間と昔からの時間。お互いが混ざり合う。。
それに、ここは湿度0%。秋になると肌に触れている空気にほぼ水分はない。空気中の水分は陸に触れる前に雪になってしまうのだ。その雪は何年も、なかには10万年以上も溶けず、水に戻らない。雪のかたまりのまま、海に放り出されると、海の水と空気に触れて、ようやく水にかえってゆく。それは蒸発してまた雪になり・・。
人間の体の60%、胎児の90%は「水」。体の外から摂取して循環している。でもこの氷河~氷山の水の循環はとんでもないタイムスケール。
太陽・月のサイクルでいきものたちは生き続けてきた。そして人間もそのサイクルの中で生き続け、文明といわれるものをつくってきた。しかし、人間はいまや自然とは異次元の「時間」を発明して当たり前のようにそれを元にして暮らしている。でも、ここに身をおいていると時のスケールを大きく書きかえなければならない。水が水でなくなりまた水に戻っていくタイムスケール。
変化すること、変化しないこと。
短い時間と長い時間と。
そしてまた生まれなおすこと。
氷河の前で立ち尽くしていたマンハッタンから来た女性の姿が忘れられない。
すごいところだ。
そうだ、あんな失敗なんてちっちゃい、ちっちゃい。
あの人のことも。綺麗に忘れて元気になろうっと。水に流して。
ちょ、ちょっとまって。ここじゃ一気に流れていかないじゃん。雪といっしょにずっと長い間溶けずに残っていくんだもの。もしかして、それってそのまま氷山になって海に出ると思いっきりカタチになってそそりたって浮かんでみんなに見えていったりして。。
がーん。助けて~~
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Photos, essay by T. T. Tanaka
イラスト by 瀧口希望
(※2020年より前の取材を元に書いております。)
グリーンランドに関することはこちらのグリーンランドノートをチェック。
旅はENCOUNTERSアーカイブ↓
フロリダ篇
カリブ篇
アリゾナ篇
ワイオーミング篇
アソーレス篇
グリーンランド篇
ネブラスカ篇
ラトビア-バルト海篇
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T.T.Tanaka
のっぽの体形からつけられたニックネーム、トーキョータワータナカ。出身は兵庫県。フォトグラファー/エッセイスト。今までに30ヶ国以上を旅してきている。アメリカではフロリダ州などに在住経験あり。マーケティングの世界に身を置きながら同時にフォトグラファーとして国内外で活動してきている。国内外各地の風景、街、人、いきものたちのお茶目なサプライズを自由に切り取って写真制作および展示、スライドショーを展開してきている。写真集ENCOUNTERSシリーズ(Ⅰ,II,Ⅲ,Ⅳ,V,VI,VII;日本カメラ社)は幅広いファンから愛されている。最新刊ENCOUNTERS in Pakistan (みつばち文庫)は子供たちのピュアな笑いがいっぱい。
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