“紅の記憶”

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“紅の記憶”

奄美大島篇 #74

Photos, essay by T. T. Tanaka

Local / 2024.06.26



“巡って名瀬に着いたよ”

撮影を伴う旅の明るい間は移動も多く時間に追われている。なかなかランチをレストランでゆったり食べられないことが多い。でも、奄美大島では気軽に、ふらっとこんな美味しい「鶏飯」(けいはん)を食べることができる。しかも、とっても美味しい。


奄美大島 by T. T. Tanaka


ほぐした鶏ささみ、干しシイタケ、錦糸玉子、パパイヤの味噌漬け、さやいんげん、みかんの皮、のり などをご飯にのせる。そこに、しょうがも効かせた薩摩地鶏ガラスープをかける。 薩摩藩の役人たちへのおもてなしとして始まった高級鶏肉の炊き込みご飯。それが奄美地域の郷土料理として広がる中でスープをかけて食べるようになっていったとのこと。旨味たっぷり。美味です~!!
ちなみに、奄美大島では、あの有名になった近大マグロがここで、マグロが沢山水揚げされるので、地場産のマグロ丼も秀逸。もずくの天ぷらもグッドですよー


奄美大島 by T. T. Tanaka


それとね、地元スーパーや、コンビニエンスストアで手に入るんだけど、昔から作っている黒糖を使ったお菓子たちも秀逸。長い移動中とか、ランチを食べられなかったときなんかにほんと、重宝するのよね。風味も深くあってとってもおいしい。黒糖バナナチップとか、これは、黒糖ピーナッツ。難点は食べだすと止まらないこと・・・。

西海岸の真ん中辺にある奄美大島の一番賑やかな旧名瀬市のエリアに北から向かう。内陸の県道を下りると簡単なんだけど、海を見ていたい気分だったので海岸線(名瀬龍郷線)に沿ってぐるっと外側に張り出しながらおりてゆく。


龍郷町 円, 奄美大島 by T. T. Tanaka


午後のお日様の光線がまぶしく視界に入ってくる。
いろんなキラキラを楽しんでいたら、「トゥジュトゥ石」という標識があってスペースもあったので車を停めてみた。 一面の海の反射が右から左に動いてゆく。波の音。岬のシルエット。雲の影とお日様。


龍郷町 円, 奄美大島 by T. T. Tanaka



龍郷町 円, 奄美大島 by T. T. Tanaka


足元には大きな岩盤がモコモコと海にせり出している。特別な感覚で遠くの海をぼーっといつまでも見ていたい気分だった。なんと、これはナガスンニャと言われる岩場で、昔はマンカイ(=招き) をしていたところとのこと。古くからの神事で夕方に海のかなたの楽園から神を招き、五穀豊穣を祈る。招きの手振りをして歌に合わせて踊り、祭事が終わると宴が・・・。海に祈り、自然の恩恵に感謝するところなのだ。


龍郷町 円, 奄美大島 by T. T. Tanaka


コバルトブルーの海の右側にそれほど大きくはないんだけど、おむすびのような岩が割れているんだけど、これがトゥジュトゥ(=夫婦) 岩なんだそう。遠くから寄せてきた波がこの辺で左右にザっと砕けてはじけてゆく・・。
ありがとう。素敵な時間を過ごすことができた。 じゃ、名瀬エリアに向かおう。

30分強、運転しただろうか、大きな船が見える港と人通りが目立つ街並みに入ってきた。かつて名瀬市だったところ。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


この、のぼりにびっくり。す、相撲? そうなの。島中、あちこちに土俵があるんだ。お相撲が盛んなんだね。関脇になったこともある明生関をはじめ、10名超の奄美出身の力士たちが活躍している。
そして、自分の無知にびっくり・・。奄美群島、日本復帰70周年 とある。
1945年第二次世界大戦に日本が敗戦したときに、鹿児島の一部としての奄美群島はアメリカ統治機構下におかれてしまう。経済の疲弊やハンガーストライキなどの苦難の歴史を経て、70年前の1953年12月に日本に返還された・・・(※沖縄の返還は1972年)


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


街並みを歩いてゆくと大きな鳥居に遭遇。秋の例大祭など広く親しまれている高千穂神社。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


社殿の横には赤いハイビスカスが・・・


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka



名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


沢山の絵馬の前でにらみをきかした狛犬。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


まぶしい鳥居への参道にお掃除のほうきの音が静かに聞こえる。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


夕方近く。ランニングの人が過ぎてゆく。小さな川の橋を渡ってきたのね。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka

歓声をあげる小学生たちの歩みも早め。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka

この子はとっくにお家帰って出直ししたんだもんね。
サングラスして半袖でお出かけーー!
急げ急げ、暗くなる前にー!


“ワジワジしないでテゲテゲよー”


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


昔からの屋仁川通り。
「夜光貝」と書かれた提灯がちらほら見える。知らなかった。なんと、屋久島以南~インド太平洋で育つ大型のサザエのような巻貝で直径20cm, 2kgを超すぐらい成長するものもあるみたい。お刺身やお寿司、海鮮丼などにもなるそう。殻の内側に真珠層があって古くから美しい螺鈿(らでん)工芸品にもなり正倉院にも! あるんだそうだ。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


大分暗くなってきた。あら、こちらは、やぎ汁の提灯。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


調理をする音と匂い、食器の音があちこちから聞こえてくる。
通りを歩く人の影がよぎる。
昼間のお日様を思い出すようなウォールペイントも目に入ってきて嬉しい。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


今晩は、初めてなんだけど、この通りの奥の方にある「一村」という居酒屋にそそられたのでエイッと行ってみることに・・・。ギっと入口をあけると、ローカルの貝殻などの装飾とともにおかみさんがwelcomeをしてくれた。店の名前、一村は僕も大好きな奄美大島の画家、田中一村からとのこと。奥では料理に忙しいマスターが・・・。あ、もうこの感じで美味しいってわかった。地場料理とお酒。どれにしよう、どれにしよう・・・。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


まずは島らっきょ。小粒でピリリ。この辛味がお醤油と合うのよね・・・。
あ、そうそう、お酒はこの近くで作っているシャープでキレがいい甕(かめ)づくりの「龍宮」をロック水割り。ほんのり甘くって海を巡る感じで最高。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


タコ! シコシコ、やわらかいし、旨味たっぷり。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


かみごたえのある もずく酢、じっくり染み込んだ豚足煮。
お刺身は アオダイ、シビ(地元のマグロの幼魚)、タコ。
アオダイは旨味がしっかりあって煮ても焼いても身が固くならないし、お刺身も意外なほどシコシコして秀逸。新鮮なお魚たち、お醤油をちょいつけると口の中にじゅわーっと広がる甘味と元気いっぱいの食感で幸せいっぱい・・・。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


これは、アバス(=ハリセンボン)のから揚げ。ジューシーでもう香ばしくてたまらん・・ レモンを少し絞ってかける。こんなにカラっと揚がるのね。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


そしてこれ、「油そーめん」 煮干しの風味が効いていて、さつまあげも入ったソウルフード。これがまた、ちゅるっと美味しい。シメのその1。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


シメのその2は「さねん蒸し」
さねん とは月桃のこと。島のあちこちのお庭でも元気に育ち、イエローまざるクリーム色の花も綺麗で赤い実がなる。その葉っぱは抗菌作用もあるのでお餅やお化粧品を包んだりするんだ。その香り立ちはすっとしてとっても気持ちいい。これは、おこわ なんだけど、細かく刻んだ鰻と 鰻のタレを混ぜて月桃の葉っぱに包み、蒸し上げる。楊枝を抜いて葉っぱをめくるといい匂い。もうこれだけで御馳走!


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


カウンターにあるお酒の解説もしっかり読んじゃうんだけど、奄美の言葉も並んでいて、楽しい。ありがとー。
僕なんか、ワジワジ したりしないで、テゲテゲ でいくんだもんねー。


“くれないの塔”


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


おはよー
奄美大島、名瀬の朝。青空。ジリジリ、暑くなってきた。
朝食後、外の明るさに誘われて、泊まった屋仁川近くを歩いてみようっと・・
あ、標識には、白糖製造工場跡地って書いてあるね。
そっちへ・・


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


あら、おねむの猫ちゃん。僕は、もう起きてるんですけど・・・


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


川の橋のたもとにお地蔵さん。きれいにお花がいけられていてうれしい。

らんかん(欄干)山に通ずるという標識の向こうにきれいな細い道が見えた。Google mapを見ても道路は出ていない。ちょっと高いところに登ってみると町が見えるかしらん・・
木立も綺麗そうだし、ま、行ってみよう・・・


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


わー。すごい。森の中の道は蝉の合唱。あ、鳥たちのさえずりもあちこちから。大木の木漏れ日が気持ちいい。結構急な坂がまだまだ続く。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


幹にはマメヅタがびっしり。つやつやで光を反射する緑が綺麗。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


大きなシダのようなヘゴの木も元気に育っている。
まだ坂が・・・。ちらっちらっと町がわずかに見えてきたけど見晴らす感じじゃないし、暑くって汗だくになってきた・・ そろそろ戻ろうかしらんと思ったら・・


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


いきなり出てきた石板。うん? 「くれないの塔」と刻んである。
急に現れた階段。じゃ、ここ上がってから戻ろう。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


カーブした階段になったと思ったら、更に上に、白い石柱みたいなのが何本か見えている。えー。こんな山の中に何だろう・・・


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


と上がってきたら、な、何? 手前に見えているまあるいの?


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka



名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


タ、タイヤ!
車輪?
大きい・・・
え、意味不明・・・。
石板があった。そにある碑文が・・
ここで初めてこれが何か悟ったのだった。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


これはまさに飛行機の車輪なのであった。60年以上前の1962年9月3日。島の一妊婦の生命を救うべく、急ぎ輸血用血液を輸送するため、県知事の要請で海上自衛隊のプロペラ哨戒機P2Vが鹿児島県鹿屋基地から飛び立ち、当時、空港のなかった島の病院の近くの名瀬港中央ふ頭に投下すべく旋回中にこの らんかん山に激突、大破炎上して乗員全員12名と、火だるまになった機体の一部が麓まで飛散して住民1名の命が失われたのだった。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


奄美大島青年会議所(JCI)が中心となってその翌年、この「くれいないの塔」を建立、のちに奄美市は9/3を献血の日に制定してその重要性を伝えてきている。毎年行われてきた慰霊式は33回忌で一度途絶えたものの、自衛隊OBが慰霊の清掃を続け、2005年に記憶の風化をさせないように再開され60年超える今でも続いているとのこと。鹿屋基地からは今も離島へ年間30件ほどの急患輸送が続いている・・・
まさに車輪は事故機のもの。6mある石柱はプロペラをイメージしているみたい。
ちなみに1200mの滑走路の島の空港が1964年に供用開始となり、1988年からは拡張された2000m滑走路の新空港が海側に供用開始となっている。元の空港には2001年より奄美パークとなり、奄美でなくなった私も大好きな邦画家「田中一村」作品が常設展示される美術館が建てられている。
くれないの塔のくれないは、紅、尊い血のことだったんだね。


名瀬, 奄美大島 by T. T. Tanaka


したたり落ちる汗が一気に引いていった・・・
目の前に展開された悲劇と、その背景にあった人々の気持ちや努力など・・・
蝉の合唱の中、思わず座り込んだきれいな石の台に落ちていた大きな葉っぱ。
ちっちゃなちっちゃな虫が一匹、こちらを向いた気がした・・。


“紅の記憶”

実は奄美大島では不思議な遭遇がいくつもあったのだ。
今回がその一つ。

名瀬宿泊の朝、ふと、あ、あの山、行けそう! 行ってみたい!と思ったのだ。でも、スマホ画面を拡大しても経路が出ない。道すら現れなかった。斜面近くに近づいたら割とすっとした登る道が見えていた。足を踏み入れてみたらこれが急な坂。で、もうやめようもうやめようと思ったのに、なぜか、引っ張られてそこまでいってしまった気がするんだ。
そこで遭遇したのは全く知らなかった60年以上前のドラマ。
島に飛行場のなかった時、一人の妊婦の命を助けるために輸血用血液を積んで鹿児島県鹿屋基地から400km飛行してきた海上自衛隊のプロペラ機。まさかの目的地での悲劇・・・
紅は尊い血の色でもある。

どの国にいっても、どこの地域にいっても必ずドラマは潜んでいる。
それに遭遇するたび、想像もしなかった時空間超えの旅になる。

トゥジュトゥ石の前のナガスンニャ(岩場)では海の向こうの楽園へ想いを馳せ、お魚アバス(=ハリセンボン)や月桃の葉っぱに包まれたサネン蒸しおこわなど、美味のラッシュにも遭遇した。おかみさんと大将の人懐っこい笑顔も嬉しかった。

そして奄美群島は2023年にアメリカから日本返還70年を迎えていた。知らなかった。敗戦後、本土との分離で経済的にも危機だった島。1951年から14歳以上の住民の99.8%が本土復帰に署名し、インドのマハトマ・ガンディーの非暴力運動にならったハンガーストライキや24時間の断食、小中学生の血判状など・・・

この島はその素晴らしい自然の中に、いろんな想いや、さまざまな命があふれている。そしてその恩恵にも触れることができる。
ありがとう。奄美大島。
旅続けます。


Photos, essay by T. T. Tanaka



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