“はるかなるスワニー河”

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“はるかなるスワニー河”

フロリダ II 篇 #65

Photos, essay by T. T. Tanaka

Local / 2023.08.24



“フォスター州立公園に着いた”


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


ジョージア(Georgia)州にまたがるオキフェノキー(Okefenokee)湿地から流れゆくスワニー(Suwanee)川に沿って南下、フロリダ州に入ってゆく。 森の中には鹿や熊、狸や七面鳥など色々棲んでいる。お散歩していると視界をすすっと動いて止まり、目が合うのはリスちゃん。木に登ったり地面に下りしてよく木の実を食べているんだけど、近づくと幹の陰にまわって隠れてしまう。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


可愛いでしょ? これは Eastern Gray Squirrel 冬前には好物の木の実をいろんなところに置いておくんだけど、結構どこに置いたか忘れちゃうみたい。わーいって喜んで買っていくんだけど肝心な時には忘れちゃっているのは誰かに似ている・・・。フロリダのリスちゃんには更に大きい Fox Squirrelや空中を飛ぶ Flying Squirrel (ムササビ, モモンガの類)もいるんだ。


Kingsland, Georgia, USA by T. T. Tanaka


川沿いにこんな道がずーっとどこまでもって感じで走っている。たまーに出会う対向車線の車のヘッドライトが景色のアクセントになるんだ。150kmほどこんな感じで走ると、White Springsという人口700人余りの町に入る。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


ありました! 一度は来たかった州立公園、Stephen Foster Folk Culture Center State Parkの入口。日本でもおなじみの音楽家ステファン・フォスターをしのぶカルチャーセンターで、彼の作曲したスワニー河(故郷の人々)/Suwannee River (The Old Folks at Home)は1935年にフロリダの公式州歌となっているのだ。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


森の中に見えてきたミュージアム。今から73年前の1950年に州立公園となった。広々としたまわりの緑の空間はスワニー川までつながっている。1953年には第一回フロリダフォークフェスティバルがここで開催されたんだね。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka



White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


入口は大きなファサードがあって強い日差しを避けてくれる。まあるい柱にアーチ状のドア。クリーム色の壁が美しい。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


出迎えてくれた二人のシルエット。
お互い手を差し出すようなポーズ。
そのまわりには音符が踊っているみたい。


“Music and love”

かつてフロリダ州をドライブしていたとき、鉄橋の手前にスワニー河Suwaneeの文字と五線譜でそのメロディーがFosterの文字とともに描かれていたことに気づいた。
その歌詞は 遥かなるスワニー河・・・ で始まる「スワニー河」”Suwannee River” / 「故郷の人々」 “Old Folks at Home” (1851)。小さい時から耳にしていたものだった。そのメロディーは今までずっとふとしたときに頭の中を流れてきたのだった。シンプルなメロディなんだけどどこか哀愁を感じ、エモーショナルに高まる部分もあって、何度きいてもまた聞きたくなる。
作詞・作曲したフォスター(Stephen Foster)は「オー・スザンナ」や「草競馬」、「ケンタッキーの我が家」「オールド・ブラック・ジョー」なども作った米国初のプロ歌謡作家といわれている。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


展示されているスワニー河の楽譜。
歌詞は、遥かなるスワニー河には懐かしい仲間が今も住んでいる。人生の浮き沈みの中で今も思い出されるプランテーションの生活や故郷の人々のこと・・・というような文脈で続いてゆく。
彼の短い生涯37年間(1826-64)はまさに奴隷制度をめぐる南北戦争(1861-65)の中にあった。奴隷制度反対の立場にたちつつ、貧困生活の中、200曲を作曲し、この世を去っていった。港町シンシナティ生活の中で南部の黒人音楽や労働歌に触れ、様々な黒人訛りの「黒人歌」(Ethiopian songs)や「農園歌」(plantation songs) の大ヒット曲をつくった。黒人奴隷を通じて人種や身分を超えた人間の普遍性を描こうとしたのだが1990年代のPC(Political Correct) の中で敬遠されたりもした。が、改めて2000年以降にアメリカ公共放送の中で多文化主義観点からとりあげられた。彼はアメリカ自体が激しく揺れ動く時代の中で、一人間としてアメリカンミュージックに統合しようと葛藤し続けたとして再認識されたのだ。グラミー賞受賞のバリトン歌手Hampsonは彼のことを「アメリカ音楽という樹木の幹」と表現している。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


有名な楽曲それぞれに凝ったジオラマが展示されていて楽しい。
これは、“金髪のジェニー” (Jeanie with the Light Brown Hair) という曲のもの。巾70cmくらいの中にある小さなピアノは堅い黒クルミの木材を彫刻して作りあげている。彼がこの曲を作った時は妻ジェニーと離れて単身生活だったからJeanieのことを心に想っている感じなのかしらね・・・。 なんと、このジオラマ、動いていなかったんだけど、もともと音楽付きで人が動くんだそうだ! すご。こういうのが8セットもある。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


ミュージアムの中にある大きな二つのお部屋の一つは古い珍しいピアノたちの展示。フォスターが弾いたとされるピアノも寄贈されていたりする。これは1864年にNew Yorkでピアノ作りを開始した The Kranish & Bach (New York)製の小さなグランドピアノ。なかなか手に入らないローズウッド材などを使用して1891年までに世界で25,000台生産。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


木肌の濃淡がにじみ出ているこちらにはフィラデルフィア製造のプレートが貼られている。当時、フォスターが近くで生まれ育ったフィラデルフィアにはヨーロッパからの人達が作る80ものピアノメーカーがあったとのこと。1800年初頭には裕福な階級向けだったものが段々世の中に広がってゆく。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


こちらはお花が描かれて、鍵盤には真珠層(Mother of Pearl)が貼られたピアノ。真珠層は貝殻の内側、真珠の外側のコーティングを作り上げる物質で、強く弾力性があり、虹色に光る。 華やかな雰囲気の前でピアニストはどんな気持ちで鍵盤に触れて旋律を奏でたんだろう・・?


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


そして、これ、ご存知の方、いらっしゃるとすごい。
いくつかのメーカーが作った特殊なピアノ。これはSteinwayが作ったグランドピアノ。
なんと鍵盤が・・・! えーーーっ 
ピアノの中の作りは変わらないんだけど、鍵盤がハンガリー生まれのピアニスト・数学者であるヤンコ(Paul von Janko)が1882年に考案した新型の鍵盤なのだ。Janko pianoといわれるんだそう。左、右とも隣の鍵盤は全部全音違い。斜め右や斜め左とは全部半音違い。一つの指つかいで出す和音はそのままずらすとギターのように簡単に移調できる。当時欧米でブームとなって、あの、リストが今からピアノを習うのだったらこっちを習う!と言ったそう。だけど、既に広がっているやり方をひっくり返すまではいかなかったんだとか・・ でも当時この鍵盤で弾いている人の写真が残っているし、今でもキーボードをこの配列でというのもある! その気になると意外にできちゃうそうだけど・・


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


と、びっくりしながらぼーっとしているうちに閉館になってしまった。
ああそうなのか。もう陽が傾いているね・・
外に出ると、大きなシルエットの塔。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


これにもびっくり!
世界最大のチューブラーベル楽器、97本のカリヨンベルを収めた塔なんだ。
今はメンテ中なんだけど、フォスターの名曲が時間になると流れることになっている。
その旋律にひたり、口ずさみながら高さ60mのてっぺんからスワニー河を眺望してみたい。


“White Springs”


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


川の方に向かって歩いていくと松の木の上からピヨピヨピヨの声が・・・。赤い鳥、Cardinal (ショウジョウコウカンチョウ)。大リーグ、セントルイス・カージナルスのマスコット鳥ね。普段会わない鳥に遭遇すると、旅している自分に気づきます。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


枝がグーンとカーブしながら大きく育った樫の木。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


川までもう少し。歩道に出たら、来ました! 主人をひっぱって近づいてきたワンちゃんが・・・。人に会うの大好きって感じで鼻息が・・


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


「おー。ごめんごめん。お行儀悪くって・・・毎日、川まで行くんだよ~。」
「お散歩大好きなんですね~」
「そうなんだ。昔はSpringがあって賑わったらしいんだ。今は静かなんだけどね。最近、近くに越してきたばっかなの。この下、スワニー川の流れが綺麗に見えるから行ってらっしゃい~」
「ありがとー」


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


傾斜しているゆるやかなカーブを歩いていくと河畔に到着。でも、よくある川のせせらぎの音がしないんだ。静かな鏡面の川の流れ。川の水源の大湿原Okefenokee Swampの中をボートで巡った狭い水路を思い出すとここはずっと幅巾広い「川」になっているし、木々は頭の上をジャングルのように覆いつくすのではなくて、両岸にお行儀よくきれいに並んで育っている。
あ、両岸が白い砂地なんだね。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


1530年代にスペイン人たちが探検でこのエリアにやってきた頃、両岸をはさんで先住民のTimucuan族とApalachee 族が対立していた。この少し上流には白濁した硫黄泉(white sulfur spring)が湧いていて川に流れ込む神聖な場所とされていた。怪我や病気に効くとされ、癒しの場所としてそこではお互いが傷つけあうことはなかったんだって。
その後、「泉」は開拓者の間で日本の温泉地のように大人気となり、1831年にリゾート地として船着き場が作られ、さらに、泉を囲むように4階建て建物、周辺には14ものホテルや店が開き、馬車も往来、鉄道もつながってゆく。綿織機も導入されてオリジナルのお洋服が制作販売され、ダンスホールや芝生のテニスコートなどもあってにぎわった。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


しかし、1930年代には「泉」ブームは下火となり町も衰退してゆく。1980年代になると湧水量が減少し1990年には枯渇してしまう。
目の前のスワニー川を見いていると、人々が賑やかに船に乗って往来していたことなど全く想像できないくらい静か。水面からひっそり、でも、太い根っこをみせながら木々たちは元気に育っている。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


ちっちゃなチャポっという音がした。その方向を見ると細かい水紋。
ミズスマシ! あ、ちょい向こうにもいるね。 結構動きが早くってカメラでとらえられない・・・


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


水紋はしばらくするとまた鏡のような水面になってゆく。
緑の葉っぱの映り込みが美しい。
ひたひたと流れるスワニー川。


White Springs, Florida, USA by T. T. Tanaka


さ、行こうかなっと立ち上がった瞬間に綺麗な環の水紋!
あら、メダカみたいな小魚発見。
白い水底の上を流れる透明なブラウンの水に青空が映りこむ。


“BBQ(バーベキュー)”

森の中と水辺に身体を一日ひたしていると五感が幸せいっぱいな夕方になってくる。と、お腹のことも忘れないでね~と胃袋が強烈に主張してくる・・・。
まだ暗くなってないけど、いいよね。もう、食べに行こうっと。
今晩泊る川沿いの町 Lake City は人口12,000人ほどの町。
道沿いにレストランの看板が並ぶ。


Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


「68」という数字のネオンが気になったら、いい匂いが漂ってきた! ここにしようっと。「Sonny’s BBQ」 1968年フロリダのゲインズビル(Gainesville)で創業したバーベキューのチェーン店。


Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


お店に入るとバーベキュー用の薪がずらっと並んでいる。期待しちゃうんだもんね。最近わかったんだけど、バーベキューはもともと低温長時間スモークするものなんだそう。語源はカリブ発祥みたいだけど、アメリカのそれぞれのエリアに合わせてチキンがあったりポークがあったり。それをほろほろにするとPulledといわれる。秘伝のタレで食べるのよね。


Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


ね、まず席につくと、目に入る秘伝のタレ。左は はちみつマーク付きのスイート系、右はオリジナルソース。あ、pitmaster’s choiceってかいてある。Pitmasterは日本のプロの鍋奉行みたいな感じでBBQのお料理全てをとりしきる人のこと。さかさまにしたHEINTZのトマトケチャップも、大きなペッパーの瓶ももろ、アメリカン。 これらを横目にメニューで悩むのが楽しい。PULLED PORKにするかで迷ったけど看板メニューの最初に登場する「ST. LOUIS RIBS」 に。塩とスパイスでもみ、マスタードにつけてからじっくりスモークするリブロース・・・。決めた~~!!!


Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


合わせてオーダーしたコブサラダ。ゆで玉子とベーコンチップとトマトと赤玉ねぎにコショウをきかせたアメリカンチーズ、Pepper Jack Cheeseがカラフルにもりもり。
Smokin’ Ranch dressingがついてくる。



Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka



Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


来ました! ST. LOUIS RIB!
じゅわーっとこんがりお肉にしみこむスパイスの香り。
コールスロー、BBQビーンズ(ここでもBBQ味)とトーストも付いて、口元に迫る熱い御肉が・・
おーー。美味しいアメリカン。


Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


そうなんです。もちろん、忘れない、コロナビール。ライムスライス入り。
あちこちで歓声があがる騒々しさも嬉しい。
喉越しとともに一日の光景がよみがえる・・・。


Lake City, Florida, USA by T. T. Tanaka


ふと気づいたレストランの窓の外は黄昏。
あのツーリングバイクは何マイル駆けてきたのだろう。
このバイカーも同じレストランにいるのね。
街灯に照らされて一日が過ぎてゆく。

あ、トコトコとやって来た猫ちゃん。
でもそこで座る?
ちょ、ちょっと待って~
今、行く、行く~~~


“はるかなるスワニー河”

はるかなるスワニー川で始まる「スワニー河」(故郷の人々)。・・・思い出ずふるさと父母います・・・という歌は今まで何回頭の中を流れてきたのだろう。
あっという間に過ぎゆく日々の暮らし。そんな中で、ふと、故郷のことや人々のことがよぎることがある。

作詞/作曲をしたフォスター(Stephen Foster)はアメリカ最初の歌謡作曲家といわれるのだけど、その生涯は37年と大変短かった。それは南北戦争の中、奴隷制に反対の立場で、貧困の中、あっという間に幕を閉じた。対立をつくっていくのではなく、多くの人々の心の中の結節点を見出しながらピアノに向かい、譜面にペンを走らせたのだと思う。

彼はメロディをできるだけシンプルに、でも人々の心に長くささり続けるものを求め続けたんだそうだ。数か月から数年かけ推敲に推敲を重ね自然で単純なものに・・。

かつてはスワニー川をはさんで先住民たちが争っていたが、そのときから川岸に湧いていた硫黄泉(のちのWhite Springs)は対立を超えて双方とも体をいやす神聖なところだったそう。その場所はその後、全米から陸路、水路で人々が押し寄せる療養兼観光地のように栄えたんだそう。でも泉が枯れゆくとともに衰退してゆく。その間、川沿いには綿花のプランテーションが展開され黒人たちの悲劇があちこちにあった。この川へのはるかなる想いが沸き上がる黒人たちもきっとたくさんいたことだろう。そして人種や階層に関係なく多くの人それぞれの故郷を想う琴線にも触れたのだろう。

目の前を鏡のように静かに流れるスワニー川。
昔からかわらぬ白い砂の上に流れるダーククリアブラウンの水。そんな光景の中、様々な時の流れがあったとは・・・。 青い空や雲が映り込む水面に時々、ミズスマシやメダカ、亀やワニが泳ぎ、サギが飛んでゆくたびにいろんな水紋が起こってはそっと消えてゆく。

この川を前に、僕もフォスターの旋律を口ずさみながら、自分の はるかなる故郷を、人々のことを想うのだった。

ふと思い出した言葉、
「たなか君、時代を超えるいいものというのはね、多くの人が素敵だなあと感じるシンプルなもので、そして、再び味わいたいものなの。同時にその道の人からもすごいと思われるものなんだよ。プロ受けするけど人々に愛されないのはだめなの。ひとりよがり・・・ あ、既視感も駄目よ。」

世の中で長く愛され生き残っていくものはやっぱりすごい。
写真でもそんな作品を一つでも多く作っていけるようになりたい・・。


Photos, essay by T. T. Tanaka




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