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“Travel is ENCOUNTERS” (アソーレス篇) #26
Photos, essay by T. T. Tanaka
Local / 2020.04.16
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“The gift”
ここは大西洋のど真ん中、アソーレス諸島(ポルトガル)にあるサンミゲル島。
視界いっぱいの海を楽しんだ今晩は火山のふもとのお湯たっぷりのホテルに。
わ、このラウンジ。ひろーいバーカウンターにつながっている。
あの昼間のブルー、夕方のインディゴ、夕陽のレッドが並んでいる。
キャンドルの明かりもそっとゆれている。
グラスを手に自分たちの時間で一日をふりかえる。
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カウンターの黒板には、気軽にラウンジにドリンクに来てね~って書いてある。
あら、アンティークのラジオじゃん。木製キャビネットだし。
え! こ、これ、日本製だよ。
わ! Panasonicの前身、Nationalってロゴが。。
癒しを求めてヨーロッパの都会を飛び出してくる人たちが半世紀以上前の日本の昭和に出会ってくつろいでいる。。
不思議でうれしいし、びっくり。
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こっちのタイプライターもアンティーク。
Olivetti(オリベッティー)社製。
キーボードじゃなくて、斜めに傾斜したキーを一文字ずつピアノのように力を入れて打鍵するんだよね。
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これもアンティークの電話。
ぜんまいが効いたダイヤル。番号をひとつひとつエイっとまわすと相手の電話にかかるんだ。プライベートだと相手は今電話の近くにいるかどうかわからないし、誰が出るかもわからない。お家にいるだろう恋人に電話するのはみんなドキドキだったのだ。SNS、ラインどころか、メールも、ショートメッセージも携帯もなかったんだもんね。料金もかかるし、そもそも限られたところしか電話は設置されていなかった。相手とのやりとりの頻度は圧倒的に限られていて、一つ一つの電話はホットな気持ちを沢山つないであげていたんだね。大事な大事な文明の利器だったのだ。
海の中の島の中の山の中のホテル。ゆっくりゆっくり自分の時間が流れだす。
アソーレスワインにひたっていると何にも特別なものはいらない。。
あ、流れてきたこの女性vocal。
久しぶりに聴いた。”The gift”
あ、そうだよ。。最高のギフトは愛。それを忘れてはいけないと。。歌っている。
大西洋の島で自分に戻れた。体が溶けていった。
さ、バーを出てこの思いのまま寝よう。あの人の夢を。。
え、ちょっと、待って、”Samurai カクテル”って。
ウォッカとアソーレス産のパイナップルとライムとワサビ!とジンジャーエールのアソーレスオリジナル・・・。
ぼ、僕への、ギ、ギフトだよね・・
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お、おはよう。Bom dia!
爆睡の朝。すでに明るい。ヒヨのような元気な鳥声が聞こえてくる。
楽しみにしていたBreakfast。鮮やかなレモンとミントwater。体の中に染み入っていく。
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どれもアソーレスローカルでうれしい。ナチュラルヨーグルトに様々なチーズ---出来立てアソーレス生チーズ、地元フルナス産チーズ、Flemish チーズ(フランドル地方--フランス北部からベルギー--流チーズ)。どれも一切れずつもらうんだもんね~。
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チョコレートを練りこんだくるっとしたシリアル、低温長時間発酵でモチモチして少し酸味のある力強いRustic bread, 外はパリパリで中はふわふわでオリーブオイル浸すと美味しいポルトガル定番のPapo seco(パポセッコ)パン、焼き立てのパンケーキ、生バターに生ピーナツバター。。。
ああ。。ずっと食べていたいぐらいの幸せなバリエーションの嵐。
朝のギフトかしら。ありがとう。
さ、次に向かうよ。。
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僕はどこの国にいくのも呆れられるぐらい軽装で、大きめのバッグパック一個と小さいカメラ2台が入ったトートバッグ一個だけ。スーツケースは使わないし飛行機で荷物を預けることはまずない。
ホテルやB&Bを出る時も簡単。レンタカーにエイっと乗り込んですぐ出発。
次に泊るところとざっくりの訪問エリアとそこまでの経路だけは決めて行程計画はそれでおわり。着いてどこを歩くかも全然決めていない。行ってみないとどこを歩きたいかわからないもの。。だから撮るところも決めていない。
さ、運転席にと思ったら、ポテトポテトポテト・・・のエンジン音。
お、バイクに乗ったカップル。いい感じだね。
Bom dia~~! って手を振ったらほら、手を振り返してくれた。スマイルとともに。
二人ともいい旅をね。胸に感じるギフトを一番大切にね~。
いい時間をありがとう。
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“Mas que nada!”(マスケナダ)(ヤバいよ, ヤバいよ)
峠に向かってどんどん車を走らせたら人影が集まっているところが。。
わ、ヤバいよ、ヤバいよ~。
すごい湖~! 火山の噴火でできたカルデラ湖なんだね。箱根の芦ノ湖みたい。
そう。かがんで覗いてみたくなる。雲に挟まれた湖面のはるか向こう西北西は大西洋だ。
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右はブルー(azul)、左はグリーン(verde)の湖がつながっている。
伝説があってこの二つは王女と羊飼いが愛で許され結ばれた二人の涙で誕生したとされているんだ。色の違いはそれぞれの目の色なんだって。
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女の子がママの手を支えに縁のところに立ってパパのスマホにおさまっている。
さっきまで元気よく走り回っていたんだけどちょっぴり怖い。ちょっぴりおすまし。。。これから歩む人生の思い出が残されている。
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大人も同じ。
「わー。青と緑と~!!」
水面をじっと見て。スマホに収めて。
やっぱ、ヤバいじゃん、これ。
ヤバいよ、ヤバいよ~。
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なんかずーっと不思議な懐かしい感じがしてるな・・と思ったらアジサイが。。
青と緑の湖を見下ろす斜面に沢山咲いている。しかも青と緑がまざって。
この景色、日本みたいでしょ?
そして、その理由がわかって唖然としてしまった。。
なんと、江戸時代に日本にやってきたポルトガル人たちが、伊豆諸島に自生するアジサイを本国に持ち帰ったらしいの。それがアソーレス諸島で元気に育って今やヨーロッパのアジサイの名所となっているんだ。
お祭りの時、村民たちはアジサイの花を道いっぱいにしきつめて華やかにもりあがるんだって。だから島の人達は日本には普段から親近感をもってくれている。
「ここは日本に似ているだろ?」
ってホテルのフロントの彼が僕ににっこり話しかけてきたことを思い出した。
ひやー。知らなかった~。
ヤバいよ~ヤバいよ~
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“In the still of the woods”
そして、湖のほとりに下りてきた。車を降りて歩いてみる。
Sete Cidades(=Seven cities)というこじんまりした村。
教会につながるすごい巨木の並木道にびっくり。
さらになんと、これ、杉で、これも江戸時代に日本からやってきたんだ。今やこの大西洋の離島のあちこちで植林されて育っている。根元近くにはこれまた伊豆からのアジサイ。大きく育った日本的な美に圧倒されてしまった。
なんという不思議な感覚。僕はどこにいるんだろう・・・?
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村のこの教会は、19世紀半ばにプライベートで建てられたようなんだけど、100年後に維持していくのが大変になって村の人々に寄付され、それ以降、教区の教会として歩んできた。観光客にまじって地元の人達がお祈りに訪れてくる。
質素な建物の中から見る並木も素晴らしい。巨木の大きなうろこのような幹には地衣植物や苔が育っていてその緑もやさしい。杉の森の霊たちが村をずっと守ってきてくれているように感じるのだ。
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いつの日か南半球原産のブラシの木も植えられて花が赤く明るく咲いている。
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美しい女性の彫像にそっと誰かが添えた赤いバラの花。
ぽっとあたたかい。
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あ、そうか。青い湖、緑の湖ができた羊飼いと王女の伝説があったよね。そのお話なんだ。羊飼いが王女に愛を誓っている彫像なのね。 あ、羊さん、やさしく嬉しそうだもの。こういう教会は大好きなの。
あたたかい空気が流れている。
ありがとう。
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“Sing a song”
アソーレスのサンミゲル島には三つの大きな火山がある。
それぞれ美しいカルデラ湖が隣接しているんだ。
これはフルナス湖。森が迫っていて湖面に深い緑が反射している。
水際をのんびりのんびり歩くとあちこちに鳥たちの姿が見えてきて嬉しい。
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色々な緑、色々な樹形。
見ているだけで深呼吸してしまう。
ああ、湖畔のピンクのおうち。素敵。
きっと鳥さんも目印にしているんだよね。
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あらー。カルガモちゃん。
一生懸命、顔を水の中に突っ込んでお食事中。
まだちっちゃいね。
頭のまわりの毛もかわいい。
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いやー。この子はもっとちっちゃい。生まれたばかりね。
でも思いっきりピヨピヨピヨ~って鳴いている。
あまりメロディーは伴って歌になっていないけど、いいのいいの。
そのまま、思い切って、
鳴いて鳴いて~。
Sing.
Sing.
Sing a song!
あまりにかわいくて、
じーっと見守っていたよ~。
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あら、素敵なデュエットの歌声が聞こえてくると思ったら、アヒルさんカップル。
仲のいいこと。
Kissing in the park.
後ろにベンチあるんですけど。
ま、二人には周りは見えないか。僕のこともね。
黄色い花が二人を祝福しているみたいでまぶしい。
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こっちはアヒルファミリーさんご一行。
お父さんに続いてお母さんアヒル。
「待って待って~」
子供たちがおっかけてゆく。
観光客のおじさんがいても関係ないもんね~。
そういえば、
「Tanaka君、ちょっと落ち着いて。人生、時に立ち止まって黙考しなければならないのだよ」
って先生に言われたっけ。。
僕は今でもこのアヒルさんなんだな。。。
待ってよ~。待ってよ~。
行く行く~。
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“Sweet memories”
えーーー! また、びっくりさせるの?
ちゃ、茶畑。。
静岡の茶畑そっくり。背にしてるのは大西洋だけど。
な、なんと、これがヨーロッパ唯一の茶畑。アソーレスのサンミゲル島にある。紅茶も緑茶も作っている。中国式の製法なんだって。見学することもできて大人気。まったく来るまで知らなかった。。。
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サンサンとお日さまを受けて元気に育つお茶の畑。
ここでは除草はヤギさんたちのお仕事。殺虫剤も保存剤も使っていないとのこと。
お茶づくりは、二人の中国人職人によって大西洋のアソーレスに伝わった。
1883年以来Gorreana茶園はヨーロッパ唯一の茶園として緑茶も紅茶も生産を続けている。
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工場から漂ってくる芳しい香り。誘われるように観光客がニコニコしながら入ってゆく。わーい。入ってみようっと
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ホカホカ湯気が出ているお茶の葉っぱ。目の前に盛り上がっていてウキウキする。
お茶の製法を伝えた中国人の写真が飾られ、横には、お「茶」という漢字の解説が添えられている。出来立て紅茶のオレンジペコやグリーンティーなど買えてうれしい。売り場に直結の喫茶スペース。くつろいだ顔と顔。いい香りがただよっている。スイーツも注文できるんだ。
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そう。もちろん、注文してしまったスイーツ。パステル・デ・ナタ。
ポルトガルの定番スイーツのエッグタルトなんだ。この離島にもしっかりあってうれしい。とろりとろけるまろやかなカスタードクリームが中に。しっかり冷えててこーい甘みが美味しい。渋みが少なくさっぱりした緑茶と一緒に。
茶畑を眺めながら、味わうこの時間。後ろは海。
見慣れたような不思議な景色。
ここはどこなんだろう。
ふと思い出すあの時の思い出。
少しbitter。
少し後戻り。。
Sweet memories.
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“Sing”
Sing.
Sing a song.
ちょっと大人っぽくふるまっていたあの頃、シンプルだよなあと思ってたあの歌。
今、とっても心を震わせられる。
うまく歌わなくっていい。
いや、歌えることがこんなに嬉しいことだなんて。
そしてみんなに聞こえるように、そしてみんなで歌えることがこんなに幸せだなんて。
大西洋の離島アソーレス。
思いっきり歌っているひな鳥たちをみて忘れていた純粋な気持ちを思い出した。
つまらない鎧は気が付いたら砕け落ちていた。
日本からこんなに離れて日本を想うことも不思議だ。
杉に、アジサイに、茶畑に。。
火山の湖に、アンティークの日本製ラジオに。。
何を求めてこんな遠くに来たんだろう。
頭をよぎるSweet memories.
全ての思い出がsweetというわけではない。
多くはBitterだったのかもしれない。
でも次に歩んでいく。
Bitter or sweet,
Sing a song.
Sing.
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※こちらの記事は2019年の取材を元に書いています。
イラスト by 瀧口希望
アソーレスに関することはこちらのアソーレスノートをチェック。
旅はENCOUNTERSアーカイブ↓
フロリダ篇
カリブ篇
アリゾナ篇
ワイオーミング篇
アソーレス篇
グリーンランド篇
ネブラスカ篇
ラトビア-バルト海篇
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T.T.Tanaka
のっぽの体形からつけられたニックネーム、トーキョータワータナカ。出身は兵庫県。フォトグラファー/エッセイスト。今までに30ヶ国以上を旅してきている。アメリカではフロリダ州などに在住経験あり。マーケティングの世界に身を置きながら同時にフォトグラファーとして国内外で活動してきている。国内外各地の風景、街、人、いきものたちのお茶目なサプライズを自由に切り取って写真制作および展示、スライドショーを展開してきている。写真集ENCOUNTERSシリーズ(Ⅰ,II,Ⅲ,Ⅳ,V,VI,VII;日本カメラ社)は幅広いファンから愛されている。最新刊ENCOUNTERS in Pakistan (みつばち文庫)は子供たちのピュアな笑いがいっぱい。
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