THIRTY-AGERS #003 - Taro Nakamura

「 30代、まだまだやりたいことがある」

Photograph: Shin Hamada

People / may.18.2018

「30代は、やりたいことをイメージする解像度が20代の頃よりも高まりました」そう語るのは、大手不動産会社で日本と中国の都市開発を手がけてきた中村太郎さん。伝統的な大企業の商業的な考え方をうまくアップデートし、カルチャーの要素を散りばめた、より深みのある独自の企画を提案している。現在、4年間の中国勤務を経て、日本のプロジェクトに復帰。経営企画部という社長直属の部署に抜擢され、革新的な技術をもつ企業と提携し、未来を担うサービスを日々構想中。仕事のほかにもDJ活動やイベントのオーガナイザー、服作りなどマルチな活動を続けている。多忙な日々を送る中村さんの30代の歩き方に迫る。


やりたいことをイメージする解像度が20代の頃よりも高まりました


--30代になって、20代との違いをどこに感じますか?
仕事だと頭の中で企画をイメージする時の解像度ですかね。
20代の頃って、まだまだ経験も少ないからやりたいことが淡いイメージでしかない。自分は間違いなく面白い提案をしているのに、なんでわかってもらえないんだろう、って。いつも心の中で自問自答していました。根拠のない自信だけは持っていたので、なおさら悔しかったですね。今考えると若かったなと(笑)。

--それが30代になって、クリアに?
30代を迎え、20代の頃にうまくいかなかった原因をあらためて考えてみました。そうしたら、相手に期待をしすぎていたこととボキャブラリー不足が原因だと気づいたんです。でも、やりたいことをイメージしたときの解像度が前よりも高くなって、具現化する流れが明確に見えてきたんです。これまでの数多くの経験から、たくさんの武器ができたので、30代は仕事が本当にやりやすくなりましたね。

--現在に至るには紆余曲折があったんですか?
そうですね。いろんな人にいじめられまして(笑)。自信満々だった自分がコテンパンにやられるという苦い思いを何度となくしてきました。「なんでやねん!」って思いながら、試行錯誤の日々。企画が通らなければ自分が会社にいる意味はないと思っていたので、余計しんどかったですね。堅い会社の人間でも、意外とミーハーだったりするんです。そこに着目して、流行的な観点の魅力を押し出してまずはプレゼンする。そして企画が通れば、その中の本当に自分がやりたい側面をメインプロジェクトとして打ち出していくようになりました。

--20代の頃、30歳ってどういう印象でした?
単純におじさんっていう印象ですね。当時は、数えるぐらいの人しか知り合いもいませんでしたけど、ほとんど興味がなかった。だからロールモデルはいなかったですね。こんな30歳になりたい、というようなイメージはなくて自分の道を行くという感じでした。根拠のない自信に満ち溢れてましたから「全然あいつよりいいアイデアを持ってる」という思いが強かったですね。だからこそ20代前半の頃は辛かったです。


若い頃に想像していた理想の自分になるための過程は、ほぼ間違っていました


--20代の頃に今の自分を想像できていましたか?
20代の頃、毎年やることリストを50個書き出していたんです。将来こんな風になりたいなとか、いろいろざっくばらんに書いてました。そして、そのほとんどは達成しました。だから、なりたかった自分にはなれていると思いますね。
例えば、東京でDJしてみたいとか、海外で生活してみたいとか、3ヶ国語くらい喋れるようになりたいとかも叶いましたし、自分には全然遠いなと思うようなことも書いていたら、意外と実現できました。だからこそ、その頃想像していた今の自分に至るまでの過程はほぼ間違っていたことがわかりますね。本当はもっとシンプルだったんですよ。色々と希望を周りの人に言っているうちに達成されたことがあったりとか。意外なところに近道があったりとか。僕の場合は堅い会社にいますけど、DJだったり、イベントだったり、洋服作りとかしている中で得られたことが今となってすごく会社で評価されているので、そういう意味では全然関係なかったことが引っ掛かりになっているのかなと思いますね。

結婚・海外勤務 30歳で迎えた人生の岐路


--中村さんはいつ結婚されたんですか?
29歳ですね。

--30歳を前にして、ということもあるんですか?
いやたまたまですね。このタイミングだと思ったので(笑)。30歳で中国への異動を命じられていたので、入籍してすぐに中国に行きました。行く前に妻が妊娠したので、離れるのが心配でした。1年間の研修が終わって、3年間駐在になったタイミングで家族を呼んで中国で一緒に暮らしました。

--それなら安心でしたね。家族が増えてどんな変化がありましたか?
娘の教育のことはよく考えますね。娘の将来のためにちゃんと稼がないといけないなというプレッシャーはあります。あとは、常に一緒にいるので怠けなくなりましたね(笑)。やることやらなきゃというか。ダラダラすることはなくなりました。

--結婚生活はオススメですか?
オススメですね。人によって違うとは思いますが、大事なのはタイミングです(笑)

日本人とほとんど変わらないし、むしろ学ぶところが多かったです


--30歳で中国への異動を告げられたとときの心境はどうでしたか?
素直に嬉しかったです。実際に行ってみて、たくさんの刺激を受けました。話していることは日本人とほとんど変わらないし、むしろ学ぶところが多かったです。

--学んだ部分とは?
会社のマネジメント層が興味深かったです。中国では新入社員が社長に向かって、間違いを指摘することも日常茶飯事。そうなるとマネジメント層は偉そうな態度ではなく、異論を唱えたものに対して論理的に自分の考えを説明することで部下を納得させます。そうすれば相手の意図していることが理解しやすいし、自然と論理的な思考が身につくんです。日本で優秀な部下といえば、先を読んで気を利かせる行動が評価されると思うんですけど、そうすると上司はとても楽ですよね。やるかやらないかの判断を指示しているだけになってしまうので、あまりマネジメント層が育たないという問題が出てくるんです。そう考えると、中国のマネジメント層には感動的ですごいなと単純に思いました。

40代になったときになにも分からない大人にはなりたくないなと


--30歳になってみて、好みや物事の考え方の変化などはありましたか?
買い物に意味づけをするようになりました。全く関係ない人が作ったものというのはあまり魅力的に思えなくなってきました。自分が会って実際に喋ったことのある人が作っているものとか、友達が作っているものを買う機会が増えましたね。中国のクリエイター層がどんどん成長してきているんです。日本に住んでいるとバイアスみたいなものを今だに感じるものですから、日本人としてはサポートしたいなと思いますね。

--30歳になって不安に思っていることはありますか?
老後ですかね。仕事では面白いことをできるようになったんですけど、今度はお金を貯めないと。どうやって死ぬのが一番かっこいいかなとか。みんなに結婚式みたいにおめでとうって言われながら死にたいなとか。最後に住む家はどんな家がいいかなとか。そこから逆算するといくら必要なんだろうって考えると不安になりますね。

--30歳のうちにやっておきたいことはありますか?
いまのプロジェクトをやりだして、世の中にはこんなにヤバい人がまだまだいるんだなということに気づいたので楽しいんです。そんな人たちと一緒にこれから企画を進めていきたいと考えています。発想力というか着眼点がすごいんです。それをみんなが受け入れくれるかもわからないし、どんどん資本金が減っていって倒産するかもしれないのに、信念を持って挑戦し続けている人たちと出会うと本当にすごいなと思います。
それと、30代になれば同じ世代の友達ばかりと遊ぶようになったり、家族との時間に大部分を割くようになりますよね。そうするとどんどん若い世代の情報が取り込みづらくなる。これは、その人の性質というよりもそういう社会の構造上の問題だと思うんです。40代になった時に若い世代の情報をなにもわかっていない大人にはなりたくないですからね。若い世代と共有できるような趣味を持っていたり、インプットの時間を作らなきゃいけないなと思いますね。自分が知らないところに足を運んで、いろんなきっかけや出会いを作って行きたいと思っているので、今年は、ビジュアル系のライブやコミケに行って、人々が感動する瞬間というものを体感したいと考えています。20代は深くストリートカルチャーを追求してきましたが、30代は情報の幅を広げて行きたいですね。



もがき続けた20代を経て、30歳という節目に会社から命ぜられた中国異動。それが中村さんの人生を大きく動かすことになった。勢いのある刺激的な中国の人々から吸収した感覚は、日本では経験できない貴重なものだったようだ。人生のターニングポイントを通り、自己の成長へと結びつけられたのも中村さんの熱意があってこそだと思う。誰しも訪れるであろう分岐点で、自分がどう行動するかがとても重要なのではないかと感じた。また、30代にしてすでに老後のことを考えるようになったと知り、少々驚いた。まだまだ働き盛りの世代でも、老後を考えている人は案外多いのかもしれない。

–Taro Nakamura /1984年1月9日生まれ。東京都港区出身。某大手不動産会社にて日本と中国を中心に都市開発プロジェクトに参加。4年間の中国勤務を経て、日本のプロジェクトに復帰。経営企画部という社長直属の部署に抜擢され、革新的な技術をもつ企業と提携し、未来を担うサービスを日々構想中。仕事のほかにもDJ活動やイベントのオーガナイザー、服作りなどマルチな活動を続けている。

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−Personal Items−




テクノDJとしても活動する中村さん。このフライヤーは、中国で開催したイベントの数々。まったく知り合いのいない中国のクラブカルチャーに飛び込み、人脈を広げていったのだそう。

中村さんが影響を受けてきた本
(上)現代起業論 著:村上隆
(中)日本人108人のそれでも私たちが中国に住む理由 著:在中108人プロジェクト
(下)日本の家 著:中川 武


中村さんのオリジナルブランド「洗脳」のロゴ

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