ヴィンテージのワークパンツ

Just One Thing #45

ヴィンテージのワークパンツ

小林 千秋(バリスタ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.11.30

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#45


急に気温が下がって、晩秋の冷たい雨が降る日。待ち合わせの場所で待っていた彼女は、『Blundstone』のサイドゴアブーツとワークコート、グレイのタートルネックセーター、そしてオリーブ色のワークパンツを履いていた。

「休暇で2週間、東京に帰ってきてます。今日はこの後友だちに会って、明後日また、ベルリンに戻ります」



ベルリンでバリスタとして働く小林 千秋(コバヤシ チアキ以下、チアキ)。2022年の7月からワーキングホリデー制度を利用してドイツへ渡り、現在は就労ビザに切り替えている。当初は特に何をしようか決めていたわけでもなく、異文化への興味と好奇心が強かった。着いて間もない頃は韓国料理屋でアルバイトをしていたが、やがて日本にいたときより興味があったバリスタの仕事をしてみようと決心した。そこからは手あたり次第スペシャリティコーヒーを出す店へ応募し、現在働いているカフェに決まった。ベルリンに限らず、ドイツといえばあまりコーヒーのイメージはないけれど。

「日本に比べるとスペシャリティコーヒーのお店は少ないですね。数軒くらい老舗のロースタリーがあって、そういうお店に限らず、カフェは常に人がいて、混んでいるイメージです。コーヒー自体をよく飲む文化はあると思います」

この日履いていたワークパンツは、ベルリンでも履いているというお気に入りの一本。

「5年くらい前に天王洲の蚤の市で見つけました。サイズも丈の長さもぴったりで、あと、このグリーンの色味もいい感じだったので……。思わず手に取って即決しました」

服装に限らず、生活の中で女性らしさを求められることが窮屈に感じるというチアキ。その言葉通り、服装もユニセックスで着られるマニッシュでニュートラルなものを好むという。

「これまでもロンドンとか、スウェーデンとか、旅行でいろんな街に行くと、やっぱりそれぞれのイメージがあると思うんです。服も行った街のイメージに合わせて着ることが多いですね。このパンツを履くにしても、ベルリンだったらもう少し肌を見せるかも」

行く先々で「こうありたい」という姿が現れるのがその日のコーディネート。そんな中でも特にニュートラルな存在として、様々な街に違和感なくはまる服だからこそ長年愛用している。具体的にこのパンツを履いて行く日は、どんな気分の時だろう。





「楽しい気分の時ですね。最近だと、ポッドキャストの収録だった日とか、友だちと遊びに行ったりとか。着るものによって気分がすごく左右されちゃうことってあるじゃないですか。特に会いたい人に会うとき、無意識的に選んでいるかもしれないですね。逆に気分が暗くなってしまうから、黒い服はあまり着ないかも。特にベルリンでは着ないようにしています。着ることもあるけど、全身真っ黒にはしないかなあ」

チアキは、バリスタの仕事とは別に、他業種の友人を招いて仕事やライフワークについて語るポッドキャストを配信している。私生活でも交友関係が広く、休みの日も必ず、友人と会いに出かけ、基本的に家にいることがあまりない。そんな彼女にとって、一日を通して様々な人が訪れるコーヒーショップでの仕事を通して、楽しい毎日を過ごせているようだ。

「探求に終わりがないこと、どこまでも追及できることが好きですね。あとは、みんなでコーヒーを味わって感想を言い合うときが面白いんです。バックグラウンドが違うと、味の感じ方もみんな違うというか。アジアとヨーロッパというだけでもすごく違いました。前、ゲイシャのコーヒーを飲んだときにわたしは『醤油!』って感じたんですけど、ヨーロッパの人は“ウマミ”だったり、『チョコレートっぽい』だったり、そういう感想が出てきて。仕事する中で味についてコミュニケーションをとる時間はすごく楽しくて」

同じものを味わっても全く新たな視点の発見がある。それ自体がコーヒーの面白さだと感じていた。



実は、チアキは元々コーヒーをほとんど飲まなかったという。興味を持ったのは、2年前。フードセレクトショップを運営する会社に勤めていた前職でコーヒーに関するワークショップを受けたことがきっかけだった。

「結構、勉強会が多い会社でした。コーヒーのワークショップも、結構“ちゃんと”してたんです。トレーニングセンターみたいなところに行って、コーヒー豆の産地とか、カッピングとか、抽出の仕方とかをかなり細かくやってくれて。そこでぐっと興味が湧きました。それと錦糸町にある『Single O』が家から近くて、そこに行くようになって、飲んだコーヒーがすごくおいしかったのと、バリスタの方が色々教えてくれたことも大きかったですね」

コーヒーに興味を持つ以前から他人と興味のある事柄を深めることが好きだったという。

「日本にいるとき、興味が一年単位で変わっていって、その都度学校へ通っていたんです。『自由大学』っていう、みんなで集まって短時間で学ぶ場みたいなものがあって。そこに来る人って、職業もばらばらでデザイン関係もいればフード関係もいるし、全然違うお仕事の方もいる。受けた授業は、デザインだったり、食べ物だったり、その後にコーヒー。あと、陶芸くらいかな(笑)。いずれにしても、人と話し合って考えを出し合っていくこと、答えに至るストーリーを掘り下げていくことが好きですね。好きなことについて熱く語っているのが楽しくて」

今、店で同僚のバリスタたちと味覚を介して対話を楽しんでいる彼女は、根本的に日本にいた数年前とあまり変わっていないようだ。

「捉え方が違うことを何人ともそれを話すと、解像度が高まって、また別の視点から見られることが面白いんです。たとえば、誰かにとってはいい香りでも、誰かにとっては嫌な匂いかもしれないし。色んな人から引き出しを持てるので」

解釈に幅が生まれていくこと、それによって彼女自身の頭の中の引き出しが増えていくこと。これ自体にチアキが楽しさを感じていることが、今の彼女のライフスタイルに至ったストーリーとして納得できる。



会社員時代に通っていた『自由大学』やコーヒー好きの仲間等、日本国内にも様々なきっかけで知り合った友人がいるチアキ。仕事のみならず、プライベートでも人と意見を深め合うこと、その人の考えに触れることを大切にしていた。

「外で人と会って話すことでエネルギーをチャージできるタイプなんです。友だちと会うときは、結構話すので、話がゆっくりできる場所を探しますね。それプラス、何かおいしい物があればいいなって。ちょっと良いワインとか、お気に入りのコーヒーとか」

感じ方、捉え方に幅が生まれる味は、そうした考えを深めるためのツールとしてもってこいだ。味に関してもそうだけど、異なるバックグラウンドを持つ相手と話すきっかけになるものを好きになれるのかもしれない。

街の雰囲気に合わせて身に纏っている服だって例外ではない。そういえば、この日履いてきたお気に入りのパンツだって、思いもよらない形で彼女のベルリン滞在を楽しいものにしてくれた。

「蚤の市に出店していた、『otanishop』というお店で買ったんです。店主は元々ベルリンにいた方で。その時はまだ、ドイツに『興味がある』程度で住むことは考えていなかったんですけど、その数年後行くことになったんですよね。店主さんがベルリン時代に住んでいたアパートが今私が住んでいるところと一緒だったり、買付にきているときに連絡をとってお会いしたり……。『その国のものを身に着けているとそこに連れて行ってくれる』ってある友だちが言っていて、本当にその通り、奇妙なご縁があるなあと。ある種、お守りみたいな」

元々面識がなかった人と、たった一本のパンツを通して異国の地で交流が生まれる。そこから相手のバックグラウンドやストーリーを知ることになる。まさにチアキが求めている交流だ。

「もちろん、ベルリン行きを最終的に決めたのは自分なんですけど……。行く前、オーストラリアとベルリンで迷っていた時に何人かの友だちが『チアキはベルリンっぽいからそっちにしたら?』って言ってくれて(笑)」

街の雰囲気に合わせて服を選ぶというチアキ。もしかしたら彼女が選んだこのパンツが新天地へ踏み出す背中を押していたのかもしれない。

次、チアキと会うのは、どこの街角になるんだろう。きっと、その街に合った服を彼女なりに考えて選んでいるはずだ。その時は、話をしよう。どこで買ったの?それを着ているのはなぜ?この街にはいつごろから、何をしに? きっと次も話は尽きないはずだ。



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小林 千秋(バリスタ)
東京都墨田区出身。フードセレクトショップを手掛ける会社を退職し、昨年7月よりドイツのベルリンでワーキングホリデー中。現在はベルリン市内のカフェ『Bonanza Coffee Roasters』でバリスタとして勤務している。様々な職業やバックグラウンドを持つ友人とテーマを深めていくポッドキャスト『About Job』のパーソナリティとしても活動している。

Instagram:@__1pm.3




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