『Levi’s』のデニム

Just One Thing #6

『Levi’s』のデニム

Nanaco Matsumoto(イラストレーター、菓子作家)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2022.05.19

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#6

「家の最寄り駅で電車を降りると、潮の香りがするの」

 海辺の街、平塚で生まれ育ったイラストレーターで菓子作家のNanaco Matsumoto(以下ナナコ)。この日、彼女の自宅からほど近い辻堂海浜公園で待ち合わせた。少し疲れたとき、何か悩み事があるとき、一人で海を見るだけでエネルギーをもらえる、そういってナナコは微笑んだ。

 5月、初夏の気まぐれな空の下、この日は曇りで、まだ少し肌寒い。思っていたよりも少し色が濃い海に、ほどよく色落ちしたダークブルーのデニムが重なった。ナナコの愛用品は、『Levi's(リーバイス)』のデニム、701品番。往年の大女優、マリリン・モンローが履いていたことで知られる名品の復刻版だ。

「大学2年生の時に買ったんだよね。糊が付いた、生のデニムを色落ちさせて、『自分の色』に育てたくて。いつか年をとった時に、自分の孫にあげられたらいいなって思ってる」

 おばあちゃんになるまで履き続けたい、そんなデニムはそうそうない。マリリンが愛したことからもわかるように、女性の身体のラインを美しく見せる、曲線的なシルエットが魅力だ。



「やっぱりこれは、身体のラインがわかるように履くのが正解。ジャストサイズのトップスをタックインしたり、お腹が見えるくらい丈が短いトップスに合わせたり。そういう履き方が好き」

 スタイルの参考は、彼女が大好きなフランス映画に出てくる女の子だという。アートスクールに通っていて、スカーフやベレー帽が似合う主人公。どの映画、と具体的にタイトルを聞くのは野暮だ。なんとなくニュアンスはわかる。そしてその姿は、大学でテキスタイルデザインを専攻し、現在も創作活動を続けるナナコと通じる。



「私が絵を描くときの理想は、作品を贈る人の部屋で目を惹く色であること。部屋にあるものだったり、壁の色だったり…その人の暮らしにある色と合っていて欲しいの」

 絵を描くときも、日々の中で見たもの、触れたものから着想を得る。移動中見たもの、部屋の中にあるもの、街で目にしたもの、出会った人との対話...。日々の記憶から色彩を抽出し、作品へと落とし込んでいく。

 両親の影響で幼い頃から海外の映画や音楽に触れ、自宅もカラフルな雑貨や服が溢れていた。そういう環境だからか、無意識のうちに生活の中で目に入る色があった。

「オレンジがずっと好きな色。小学校のランドセルを選んだ時から変わらなくて。好きな色と相性がいいからか、気づいたら部屋に青い絵とか、小物とか、服が多くなってた」

 ずっと暮らしている部屋、幼い頃からの好きなものが詰まった部屋でいつの間にか増えていた色がブルー。このデニムも、そんなナナコの部屋を彩るブルーの仲間だ。

 暮らしの中で慣れ親しんだブルー、好きな映画の主人公、そして、彼女自身のシルエット。ナナコ自身がこれまで愛したもの、ときめいたもの、日々慣れ親しんだもの…。そういう愛おしい記憶と感覚がこの一本に詰まっているんだ。
 
 イラストレーターであると共に、菓子作家でもあるナナコ。工房に立ち、菓子を作るとき、カフェへ出店するとき、普段の彼女とは違う一面を覗かせる。



「お菓子を作るとき、売るときは、絵を描くときとは『違った私』になる。暮らしの中にある、見たり触ったりしたものではなくて、自然全体のもっと柔らかいイメージを形にしたいから」

 この微妙なニュアンスの違いは、ナナコにとって非常に大きい。土、木、風、葉…自然界の全体像を抽象的な概念として捉え、お菓子という「形」にする。絵の表現が日々目にする具体を咀嚼したものであるのと対象的だ。だから、スタイルも変わる。このデニムを履くときだって、例外ではない。

「絵を描くときはデニムの形を強調したいけど、お菓子作りをしているときは、全体のシルエットに馴染ませたい。トップスもゆるいものを着て、タックアウトする」

 着こなしとしては、正反対といっていい。どちらの表現もナナコ自身であるのと同じように、それぞれの履き方がまた、彼女自身を体現している。

 絵とお菓子、全く異なる2つの形で自己表現の手段をもつナナコ。それぞれの表現に揺るがない理想と、こだわりを持つ彼女には、表現に相応しいスタイルがある。

 どちらのスタイルにもハマる、普遍的にして唯一無二のシルエット。そして、創作や暮らし、日常のあれこれを共にして仕上がるデニムの色味は、履き方が変わってもナナコにとって「自分の色」。日々の感覚や暮らしにインスピレーションを受けて活動するナナコ自身の愛用品には、欠かせない2つの要素だ。

 これから先、新たな表現に挑戦したり、転機を迎えたり、スタイルが変わることはあるかもしれない。それでも彼女を一番素敵に、一番心地よくいさせてくれる一本とは、この先も長い付き合いになりそうだ。

 そういえば近日、仕事の都合で慣れ親しんだ海辺の街を離れるらしい。引っ越し先での新しい暮らしで、今回のデニムはどんな色になって、どんな履き方をするんだろう。早くも次に会うとき、聞いてみたいことができた。



Nanaco Matsumoto(イラストレーター、菓子作家)
神奈川県平塚市出身・在住。大学ではテキスタイルデザインを学び、現在はイラストレーター、菓子作家として活動している。5/28, 29に西大島のGoofy Coffee Clubにて開催されるイベント『Landscape』へ出展し、自身の作品を展示・販売する。
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