Just One Thing #13
『貴和美』の包丁
石塚直登(料理人)
Photo&Text: ivy
People / 2022.08.25
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#13
幼い頃から今までの間に、憧れたことがある人も多いんじゃないか。料理人という仕事に。それはきっと、その仕事が自身の素敵な思い出や体験と明確に結びつくからだ。食欲は、人がこの世に生まれてから死ぬまでずっとある。だから、おいしいものを食べるという行為自体が多くの人に当てはまる、「幸せ」の形の一つといっていい。これほど明確に幸福を届けることを託される仕事は、よく考えてみると珍しい。
料理人、石塚直登(以下、ナオト)の仕事ぶりを見ていて、そんな考えに行き着いた。外神田にある人気バーガーショップ『CRANE』の副店長にして、アメリカンスイーツやサンドイッチのケータリングを行うフードクリエイターのユニット『May Me』でも活動している。多忙な日々の中でも、笑顔を絶やさない彼の楽し気な様子を見ていると心から料理人という仕事を愛しているのが伝わってくる。
そんなナオトが持参してくれた愛用品は、包丁。やはりというべきか、料理人の象徴ともいうべきアイテム。
「友達から誕生日プレゼントで貰いました。それまで、専門学校時代に買ったやつを使っていたけれど、本格的にマイ包丁を持つのは初めて。これまたすごくいい包丁だったので、それ以来ずっと使っています。そいつとは高校生からの仲で、料理専門学校でも一緒。さらにいうと、今でも2人で『May Me』で活動していて...相方でもあるんです」
撮影時は、仕事中の姿を撮らせてくれたナオト。まるでリズムに乗っているかのように料理を作っていく姿は、切れ味が鋭いマイ包丁で具材を切るときも鮮やかでずっと見ていたくなってしまうくらいだ。そんな彼が料理の道を志したのは小学生の頃。
「ちっちゃい頃からモノ作りが大好きでした。たとえば、夏休みの自由工作がめちゃくちゃ楽しくて人一倍張り切ったり、普段から割りばしでおもちゃを作ったり…そういう子でした。それと同じノリでお菓子を作るようになって、楽しいなと。今もそうなんですけど、甘党だったので、パティシエになりたいと思っていました」
幼い頃からごく自然に、遊ぶ中でも「作る」・「創り出す」ことの楽しさを感じていたナオト。今、包丁を手に厨房へ立つ姿を見ていると、当時から自ら考えたイメージを形にするため、手を動かすことの喜びは変わらずに彼をわくわくさせているように感じる。
ただ、ナオトを突き動かすものは、手を動かすこと、モノを作ること以上に、何を作るか考える、「企み」にある。
「料理をする上で、他人と同じことをやるんじゃつまらないよな、っていう気持ちがずっとどこかにあるんです」
そう語る彼の言葉を裏付けるかのように、『CRANE』でも『May Me』でも、ナオトが創り出すメニューは、あまりよそでは見かけない、ナオトのアイディアや実験精神が感じられるものばかり。自他ともに認める甘党・ナオトの代名詞は、アメリカンなスイーツだ。『CRANE』でもデザートメニュー開発を担当する。特徴的なのはパイ。日本ではパイ料理って、それほどバリエーションを見ないけれど、アメリカのダイナーや家庭では、本当にいろんな種類のパイがある。大のアメリカ好きで、ニューヨーク好き。青春時代、現地の音楽や映画からも影響を受けてきたナオトにとって、パイには特別な思いがある。
「チェリーパイってあまり日本のお店にないですよね。休みの日、カフェ巡りをしているんですけど、代官山のとあるカフェでチェリーパイを見かけたんです。『海外の方に人気』って紹介されていて、なんかいいな、頼んでみたいって。アメリカだとパイは家庭料理の定番でもあって、昔ながらの家にはパイを焼くオーブンがある。そういうアメリカの文化そのものを体現しているように思いました」
アメリカンチェリーのコンポートがたっぷり入って、サクサクに焼き上げられた大きなパイ。ストーンウェアのごつい皿に載って、横には1スクープのバニラアイスが添えられている。アツアツのパイの熱で溶かしながら、アイスクリームをナイフで塗りつけて食べる...。ナオトが作るチェリーパイは、洋画でお馴染みのイメージがそのまま体現されている。
「チェリーパイを食べた日、『CRANE』の社長がInstagramのストーリーに反応してくれて。『チェリーパイ、おいしいよね。うちでもやったら面白いんじゃない?』って。このお店はまだ歴が浅い頃から、アイディアを形にするチャンスをくれました。お店全体として実験的なもの、新しいものを試すことを歓迎してくれて、その環境が自分にも合っているなぁと思います」
こうして日々試行錯誤を繰り返す彼の根底は、幼い頃からの大好きなモノ作りと繋がる。おもちゃを作るときも、お菓子を作るときも。それを見た相手のあっと驚く顔や喜ぶ顔が見てみたい、そういう少年のような遊び心が垣間見える。幸福、笑顔を届ける仕事、だからこそ、当事者のナオト自身が常に前のめりでいられるのかもしれない。
今、ナオトが使う包丁は、そんな彼の姿を一番長く見守ってきた親友からの贈り物だ。
「どんなに仲が良くても、だんだん一緒にいて合わない部分とか、違うなって思うことが出てくるじゃないですか。相方には、本当にそれがないんですよ。高校の頃からずっと一緒にいるのに、ケンカすらしたことがなくて(笑)」
よき理解者で、よき相棒。ナオトが料理にかける思い、そしてモノ作りにおいてゆずれないわくわく感の追求を近くで見てきた存在だ。そういう人から渡されたものだからこそ、ナオトのモチベーションを刺激し、日々の仕事に欠かせない愛用品となっている。
お店でも、個人の活動でも、ナオトはこの包丁を使う。どんなシチュエーションでも厨房に立ち、料理を生み出すナオトの楽し気な表情とアイディア・ひらめきが詰まった作品たちが必ずそこにあるんだ。そして、その作品たちが、食べる人の幸せな時間・記憶を笑顔と共に創り上げていく。そんな彼の料理人としてのキャリアを共に歩む親友からの、これからを共にする贈り物…きっと、これからも手放せないはずだ。
石塚直登(料理人)
東京・外神田にある人気バーガー店『CRANE』の副店長。連日大盛況の同店で腕を振るう傍ら、同い年の友人とフードクリエイターユニット『May Me』を結成。自身が影響を受けたアメリカンカルチャーを体現するメニューの開発に注力。常時、『CRANE』でも新たな試みに挑戦している。
『CRANE』Instagram
『May Me』Instagram
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Writer
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。