Just One Thing #7
『錦四郎』の洋裁ハサミ
串崎千紗都(ヴィンテージショップオーナー)
Photo&Text: ivy
People / 2022.06.02
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#7
初夏の緑に包まれた富ヶ谷、代々木公園近くの遊歩道。オープンテラスのカフェが出て、犬を連れて散歩する人やカップル、休日を満喫する人々が行き交う。都心でありながら、季節の移り変わりを感じられるエリアだ。そんなこの地にヴィンテージショップ『BELLEDE(ベルデ)』のオーナー串崎千紗都(以下、 チサト)は、自宅兼オフィスを構えている。
「自然が好きなので、季節や天気の変化を感じられる場所に住みたいと思っていました。上京してからほかの街にも住んでいたんですが、ここが一番住み心地がよくて」
出身は長崎県。進学を機に上京し、セレクトショップの販売員からブランドのPRを経て、2022年3月、ヴィンテージショップを開業した。
今回持参してくれた愛用品は、文化服装学院専用の洋裁ハサミだ。学生時代から現在に至るまで、異なる職種に挑戦しながらファッション業界でのキャリアを共に歩んできた彼女自身のスタイルを語るうえで欠かせないアイテムといえる。
「文化(服装学院)では、スタイリストコースを専攻していました。ファッション全般に関して学ぶので、授業で使っていたんですが、その後もリメイクしたり、持っている服の気に入らない場所をいじったりするときに使っています。元々古着好きなんですけど、ちょっとほつれがあったり、丈が長かったり、襟が大きかったり、そういう『惜しい』ところも含めて好きなんですよね(笑)」
ファッションへ携わる中でも、原点にして、変わらず好きでい続けるもの、それが古着だった。一癖あったり、デザインや状態も完壁ではなかったり、そういう点すら愛おしい。そして、そんな不揃いな古着たちを一番素敵に、自分らしく着るために今も昔もハサミは大切な相棒だ。
「学生の頃からヴィンテージや古着が大好きでした。最初はフランスの蚤の市にあるような、マキシ丈のロングドレスとか、レースの服とか、30年代、40年代くらいのすごく古いものを探していて。今とはまた違うスタイルでしたね」
念願のヴィンテージショップ開業に伴い、自ら海外へ赴き、買い付けた珠玉の品々。ヨーロッパの蚤の市やアメリカのヴィンテージマーケット、そして国内に至るまで、出自も年代も様々な服が並ぶ。
「好きな服は変わるものだけど、最近選ぶものは、自分が一番心地いいと思えるものに落ち着いてきました。自然体でいられるというか。素材は自然に近いもので、肩肘張らずに着ていけるもの。あとは...よく見てみるとデザインはちょっとひとクセある面白いものを選んでいますかね」
実際に並んだ『BELLEDE』の服を見ると、まるでチサトのクローゼットを眺めているような気分になれる。旅をしたり、休みの日に買い物をしたり、仕事の合間に見つけたり...。そうしてワードローブに加わっていった品々は、例え服としてのカテゴライズが同じ枠ではなかったとしても、必ず選ぶ人の「らしさ」が滲み出てくる。特に一点ものばかりの古着なら、尚更のこと。更には、ところどころ、チサト自身がハサミを使って手を加えたアイテムもあるようで、より彼女の感覚が反映されているといえる。たしかに、一見すると派手なデザインやどぎつい色彩ではないのに、ひとクセあるラインナップが目を惹く。手に取ったら思いのほか形が不思議、ディティールが珍しい、そんな思わず「これどこのやつですか?」って聞きたくなるようなものが多い。
「前職はブランドのPRをしていて、その時もブランドに合わせた世界観のコーディネートの中に古着を取り入れたりしていましたね。その時と比べたら、今は純粋に自分が好きなものを着ているけれど、『BELLEDE』の商品を見た人からは『いい意味で古着っぽくない』という反応をいただくこともあります。実際にリメイクを施した服やデッドストックのヴィンテージも取り扱っているので、セレクトショップに近い感覚で見ていただけるかなと」
『BELLEDE』を開業する前、チサトはモードブランドを中心に、それぞれテイストが異なる複数のブランドでPRとして働いていた。共にファッションに携わる仕事ではありながら、ヴィンテージショップとは離れた世界にも思える。
「ある時働いていたブランドがオフィス、アトリエ、店舗すべてを同じビルに構えているところでした。パタンナーさんやデザイナーさんの仕事も直に見られる環境だったんです。アトリエで彼らが服を形にしていく過程で、デザインソースにヴィンテージが使われていました。PRとしての仕事を通して、改めて今の服の源流になるヴィンテージの魅力に惹かれましたね」
当然ながら、ヴィンテージ古着は作り手の顔が見えない服だ。しかし、時代を超えて愛される普遍的なデザインの原点が詰まっている。PRとして、服ができ上がる過程を見たことで、見出した本質的な古着の面白さ。おそらく、ジャンルや年代が様々でありながら『BELLEDE』の服にある「らしさ」には、この経験も現れている。そして、こうした作り手への共感や思いは、洋裁ハサミを愛用し、ファッション全般を学んできたチサトだからこそとも感じられた。
学生時代から好きな古着を仕事にすること。この念願を叶えるまでには、様々な経験を積み、スタイルも変化してきた。ただし、本当に好きなもの、着ていたいものを見つけるまでのプロセスには、共通点が垣間見える。
あくまで惹かれるのはデザインや素材、ディティールといった服それぞれが持つ個性。そして、服を入り口に背景にあるストーリーや創り手の思いにも共感する。こうしたプロセスを経て、「愛おしい」と感じられる服を自らのクローゼットへ迎え入れている。
今回持参してくれた洋裁ハサミは、まさにそんな服との向き合い方を表すアイテムだ。『BELLEDE』の商品に触れれば、きっとそんな愛おしい服との出会いが待っているはず。次の出店にも、ぜひ足を運んでみたくなった。
串崎千紗都
ヴィンテージショップ『BELLEDE』オーナー。文化服装学院を卒業後、セレクトショップのスタッフ、ブランドのPRを経て開業。現在はオンラインとポップアップを中心に展開している。6/4(土)、20時からオンラインストアにて夏物を中心とした新ラインナップを公開予定。
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。