Kitchen Arts & Letters.
Contributed by anna magazine
People / 2017.11.15
出会いはニューヨーク旅行中の昨年10月だった。約35年続くニューヨークで老舗の料理本専門店Kitchen Arts & Lettersのオーナー、ナックはなんとも愛らしいおじいさん。数ある料理本専門店の中でもこの85歳になるナックのお店は特別だ、と入った瞬間にわかる。
ドアを開くと、軽い気持ちで入ってはいけなかったかも…というシリアスな空気感と共に、どことなくノスタルジックな温かさに包まれた。お店を見回してみるとプロフェッショナル向けのものから子供向け絵本の料理本までラインアップはさまざま。カウンターには小さい頃にアメリカの絵本の中で見つけたようなおじいさんがゆったりと座っていて、常連客らしきおばあさんと昔の料理本についてお話していた。おじいさんの顔を見て直感的に「この人から聞かなきゃいけない話が沢山ある!」と思った。
しばらくしておばあさんは帰り、手が空いたおじいさんに私はすかさず「こんにちは、私は薫といいます。日本から来たフードスタイリストです。ちょっと質問をしてもいいでしょうか?」と聞いてみた。「おや、こんにちは。待たせてしまっていたんだね、ごめんなさい。勿論なんでも聞いてごらん」とおじいさん。この時、特に決まった質問があった訳ではなかったけど、最近の料理本で気に入っているものを何冊か教えてもらうことにすると、ナック(おじいさん)は優しい口調でそれぞれのユニークなところについて説明してくれた。
話している内に、ふと私が長く思い描いてきた料理本の夢について打ち明けたくなった。
「絵本と料理本とアート本が一緒になったような本で、仕掛けがありポップアップする、手元に置いておきたくなるような本を作りたい」と話すとナックの目つきが急に変わった。それから2時間くらい、ナックは私のアイデアに色々なアドバイスや参考になる本を紹介してくれた。
お店を出る前に「たった今、私の料理本をあなたのこのお店に置いてもらうっていう夢ができたよ」と伝えるとナックは「待ってるよ、きっと遠くない将来にそうなるだろうね」と言ってくれた。今思えばお世辞だったのだろうけど、真に受けた私はその言葉が嬉しくて、その日から「ニューヨークに戻ってくる。本を作ってナックにまた会いたい!」と無言の呪文のを唱えるようになっていた。
ナックとは帰国後も時々連絡をする仲になった。いつしか遠いニューヨークに本物のおじいちゃんができたような感覚。
今年9月末、私はまたニューヨークにいた。兄と一緒に。ナックとの出会いから1年。Food On A Photographという2年半ほど続けている私のパーソナルプロジェクトから作ったzine100冊をスーツケースいっぱいに詰めて。zineができた時、真先に浮かんだのはナックの顔だった。Instagramに載せていたFood On A Photographの作品に素早い反応を示してくれたのがニューヨークの人たちだったことも合わさり、私はニューヨークに行ってどうにかこのzineを広めよう、と決めた。
Kitchen Arts & Lettersでzineを見て1ページ1ページめくってはくすくす笑って眺めるナックの姿は感慨深かった。そして「ほかの本屋さんもきっと置きたがるに違いないから、今私に渡せる分だけを全部置いて、後から30冊送って欲しい。それから、これからサインを書く機会が増えるからこのzineに一冊一冊サインをして練習しなさい」と言った。料理界で知る人ぞ知るKitchen Arts & Lettersでzineにサインをしている状況が現実とは思えなくて、頭がぐるぐるしながらなんとか慣れないサインを15回書いた。
ナックは他にも会ったらいいという人を何人か紹介してくれた(雑誌Cherry Bombeの編集長Kerry Diamondなど)。9日間のNY滞在は新しい出会いで溢れ、その後滞在したLAと合わせると2週間で人気書店MacNally JacksonやセレクトショップのThe Good Company、Virgil Normalなど計10店舗での取り扱いが決まった。
昨年訪れたニューヨークは、憧れと手に届かない気がする厳しさを感じる街。今年のニューヨークは人が人を繋いでくれ、クリエイティブに対してオープンでアクションの早い街へと私の中で変わった。この街の人ともっと繋がり、そしてこの街で勝負し続けたいと思った。本物のおじいちゃんのように温かく、心の支えであり、縁を広げてくれたナックに深く感謝している。
Kaoru
TV、CM、雑誌等多方面でフードスタイリストとして活躍する他、企業レシピ考案等も手がける。11月に初展示「Food On A Photograph」を行う。
HP: www.dressthefood.com
Instagram:@dressthefoodkaoru / @foodonaphotograph
Tag
Writer
-
anna magazine
「anna magazine」は、ファッションからライフスタイルまで、ビーチを愛する女の子のためのカルチャーマガジン。そして、「anna magazine」はいつでも旅をしています。見知らぬ場所へ行く本当の面白さを、驚きや感動を求めるたくさんの女の子たちに伝えるために。