湘南マジック

えもーしょん 小学生篇 #30

湘南マジック

2003〜2010/カイト・小学生

Contributed by Kaito Fukui

People / 2020.04.25

プロサーファーの夢をあきらめ、今はイラストレーターとして活躍するKaito Fukuiさん。小学生から大人になるまでのエモーショナルな日々をコミックとエッセイで綴ります。幼い頃から現在に至るまでの、時にほっこり、時に楽しく、時に少しいじわるで、そしてセンチメンタルな気分に包まれる、パーソナルでカラフルな物語。

小学生篇、中学生篇、高校生篇、大人篇。1ヶ月の4週を時期ごとに区切り、ウィークデイはほぼ毎日更新!



#30 「湘南マジック」
(2003〜2010/カイト・小学生)

台風一過は、最高。

なんて、言葉誰が最初に言った。

「出てこい!!!!!!!!」

と、ボクは

家のお風呂で1人でキレていた。

事件は、3日前

「6月にしては珍しく、台風がやってくる」

と、テレビの中から

木○さんが言った。

テレビを見ていたパパ。

「お! 進路もいいじゃん!」

と、どうやら

今回の台風、太平洋をゆっくり北上するらしい…

次の日。

大雨、爆風。

朝起きると

家の前のヤシの木が折れている。

「かい! 海行くぞ!」

と、パパが言った。

流石に、ママが

「今日はダメ」

と、初めて我が家に外出禁止命令が出された。

ゴォォオォォォォォォォォオォ!!!

と、波の音が聞こえる。

ピュゥゥゥゥゥゥゥゥゥー!!!

と、窓の隙間から

物凄い風が入ってくる。

「こりゃ、凄いことになるぞ」

家の中にいる、サーファー

誰もがそう、思っただろう。

そして、事件当日。

昨日の大雨、爆風が嘘のように静まり

最高の青空が広がっていた。

波チェックをする事もなく

ウエットスーツに着替え

ボードにワックスを塗り

家を飛び出す。

海へ向かう道は

どこからか飛んできた、ゴミ箱や

折れたヤシの木。

片方しかない靴が、至る所に

転がっていた。

よく晴れたおかげで

濡れたアスファルトが

少し暖かく

なんだか気持ちがいい。

ボクは、テクテクゆっくり

いつもより、慎重に歩きながら

海へ向かった。

横断歩道を渡り

松林を抜けると

いつものポイントでは

見たこともない、綺麗な海が待っていた。

夜遅く、どうやら風が変わったせいで

海は面ツル

それに、ダンパーのポイントには

完璧な三角ピークが

「早くおいで」と

ボクを誘う。

そう、これが事件の始まり。

ボクは、ストレッチをすることもなく

リーシュをつけ

海へ飛び込む。

何度も、何度も、ドルフィンを繰り返し

カレントを捕まえ

すんなり、沖に出れてしまったのだ。

すぐに、セットがやってきた。

ボクは、追いかけパドルする。

完璧なポジションから、テイクオフ。

少し、しゃがみレールをぐいっと

ねじ込む

すると、どうだ

サーファーが、1番幸せを感じる

あの瞬間がやってくるのだ。

波がボクを包み込み

別世界のトンネルへ誘う。

出口に見えるのは、富士山。

まるで、葛飾北斎の絵の中にいるようだ。

後ろから、勢いよく

吹き上げる、スピッツとともに

プルアウト。

これこれ、これがサーフィンだ。

と、一本目にして

最高波に乗れ、ボクは満足だ。

プルアウトをし、沖を見る

そこに見えたのは

遥か沖から、見たこともない

大きな波。

一瞬、壁かと思い

二度見する。

間違いなく、あれは波だ。

ボクが、今いる場所は

ちょうど、沖と陸の真ん中

一瞬の判断だった。

急いで、陸に戻り

あの波が過ぎた後に

もう一度、沖へ向かうか

それとも、あの波が

割れる前に

沖へ向かい、巻かれることを回避するか。

一瞬の判断だった。

今、自分が出せる力すべてを

振り絞り

沖へ、パドルする。

ふと、横に見えるサーファーは

諦め、陸の方へ死を覚悟したかのように

パドルしていた。

もう、遅い。

今から、陸に行くなんて。

ボクは、そう思い

とにかく、パドルした。

次だ。

この波をドルフィンした

次の波は、ドルフィンする事など出来やしない。

ボードを捨て

深く潜り

師匠から教えてもらったように

焦らず、ダルマさんのように

頭を守るのだ。

ドルフィンをし、目を開ける。

すると、そこに見えたのは

やはり、壁だった…。

とにかく、パドルした。

もう、無理だと悟り

ボードを捨て

潜るタイミングを見計らう。

波が、太陽の光を隠し

一瞬、暗くなった。

こんなに、デカい波は経験したことがなかった。

ボクの前にいるサーファーは

ボードを捨て、潜った。

次はボクの番だ

来る。

来る。

来る。

名一杯、息を吸い

深く潜り、ダルマさんのように

丸くなり、頭を守るのだ。

「ドォォォォォオォン!」

と、頭上で波が割れた

一気に、ボードが引っ張られ

リーシュが、悲鳴を上げている。

「頑張れ! 頑張れ! 切れるな!」

心から、念じた。

しかし、次の瞬間。

プツン

足が、軽くなった。

そう、リーシュが切れてしまったのだ。

終わった…。

波が過ぎ、浮上する。

あたりは、真っ白。

ボク以外にも

何人か、リーシュが切れ

呆然としていた。

すると

「かいと!!! 大丈夫か!」

と、どこからか

声が聞こえ

振り返ると、そこには

お友達の、はぎさんがいた。

どうやら、はぎさんも

リーシュが切れたらしい。

ボクの方に泳いでやってくる

「2人で泳ごう笑」

と、ボクははぎさんのおかげで

パニックにならずに

ひたすら、頑張って

約150m泳いだ。

ようやく、砂浜にたどり着き

2人で、倒れ込む。

「あー、まじで死ぬかと思ったー」

と、はぎさん

「ボク、生きてる?」

と、はぎさんに言うと

笑ってくれた。

「少し休んだら、ボード探しに行こう」

そう言って休んでいると

「はぎさん、あれ見て」

ボクのボードが

真っ二つになって

海に浮かんでいる…。

思わず、泣いてしまった。

なぜって

昨日、パパとママが新しく買ってくれたばかりだったからだ。

泣くボクを見て、笑うはぎさん。

ボクは、逆ギレし

真っ二つのボードを抱え

家に帰る。

お風呂で、ボードに感謝を伝え

お葬式をした。

そして言った。

「台風一過は、最高なんて言ったやつ出てこい!」

と、すると

寝坊した、パパが

「どうだった?」

と、お風呂にやってきた。

ボクは、波情報を伝えると

急いで、海へ向かうパパ。

お風呂から上がり

ママと、パパの様子を

見に海へ向かうと

そこには、さっきまでの大きな波はなく

海は、静まり返っていた。

そう、これが

湘南マジックだ。


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