『lllll』のパンツ

Just One Thing #47

『lllll』のパンツ

オノデラツトム(ミュージシャン、グラフィックデザイナー)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.12.28

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#47


静岡県三島市。陽当たりのいい晩秋の日曜日だった。市の中心部にある神社の境内は木の葉が鮮やかに色づき、七五三シーズンともあってか街には老若男女を問わず人が多い。活気がありながらもどこか和やかな気分になった。

オノデラツトムは、三島市で生まれ育ち現在もこの街を拠点に置いている。オルタナティブロックバンドAnd Protectorのベース / ヴォーカルにして、自身のブランド『SLEEPYY』のデザイナー兼店主。そんな彼が鳥居の前の石畳の道で、愛犬モンチに手を引かれながら現れた。



『L.L. BEAN』の古着のスウェットに、自身のブランド『SLEEPYY』のニットキャップ、そして何やらプリントが施された『Dickies』の874を履いていた。

「全部で6人、ジャック・ニコルソンがいるんです(笑)」

パンツのプリントを指さして教えてくれた。プリントの正体はかの有名なホラー映画『シャイニング』のジャック・ニコルソンが突き破った扉からニヤリと笑ってのぞき込んでいる、あのビジュアルだ。

「4、5年くらい前かなあ……。東京の蒲田にある『PRANK』っていうお店で買いました。そこは色々なスモールブランドを扱っているんですけど、ジャック・ニコルソンが3人ずつ、スウェットパンツにプリントされてるやつを見て、パンツのボディが『Dickies』なら欲しい、って言ったんですよ。そしたら、お店の方がそのブランドをやっているクリエイターさん(『llllll』と表記)とアポを取ってくれて。それで作ってもらいました。まだ、直接の面識はないんですけど」

わざわざ個人で特別注文するくらい、ツトムは『Dickies』がお気に入り。手に取ったきっかけは、趣味であるスケートボードで、スケーターご用達の定番として。

「自分の体形に『Dickies』の874が合ってるんです。お尻のところがぽこんってなってるから、僕が履くとお尻がぱつってなって、それがかっこよかったんですよ。そっからもう、パンツは絶対『Dickies』だなって思って、それでオリジナルで作ってもらった時も、『874』でお願いして」

シルエットや履きやすさも含めてお気に入り。元々はラインナップになかったものだから、実質ツトムのオーダーメイドといっていい。ただ、一番気に入っているのはなんといってもどうやったって目が合ってしまう、ジャック・ニコルソンのプリントだ。







「コミュニケーションが生まれる服だなあって思います。これ(ジャック・ニコルソンの顔)にテンション上がってくれる人は大体、話が合いますね(笑)」

それは、間違いないだろう。

「同じ音楽とか映画とか、趣味を共有できることから会話が生まれることはあると思うんです。逆に僕は3人兄弟なんですけど、カルチャーに興味があるのが家族で僕だけだったので、寂しかった思い出がありますね」

ツトムが組んでいるバンド、And Protectorの活動や『SLEEPYY』の取り扱いショップを考えてもこうした好きなものをきっかけにしたコミュニケーションはすべての起点になっている。生まれも育ちも三島のツトムにとって、外部との繋がりはこうした会話から得たといっていいからだ。

「やっぱり、音楽をやるにあたって仲間の分母は少ないっすよ、めちゃくちゃ。今のバンドは大学を卒業するときに組んだんですけど、その時になるともうだいぶローカルの仲間がライブハウスにいて『こいつだったら趣味あいそうだな』みたいなのがいて誘って始めましたね。欲しい服が買えるような服屋も、三島にはないんでずっと東京まで買いに行っていました。だからというか、『SLEEPYY』は完全に自分の趣味で、着たいと思ったものを作っているんです」

デモテープを名刺代わりに作り、県外のライブハウスを周囲の仲間から教えてもらって持ち込んだバンドの活動初期。都内のショップやポップアップイベントで『SLEEPYY』を取り扱ってくれるお店と掛け合うとき。そして、バンド活動を行いながら会社員として働く傍ら、デザインを制作していたとき。

「デザインというか制作は高校の頃から遊びでやってて。大学に入ってフォトショップとかイラレが学べたんで、バンドとか友だちのイベントのフライヤーを作るようになりました。新卒で入った会社はデザインとは全然関係ない仕事だったんですけど……。音楽活動がやりやすいように、土日休みならいいやって決めちゃいました。でも、20代後半くらいからデザインの仕事をもらえるようになってきて、そっちが楽しくなっちゃって。だんだんそのバランスが崩れてきたんです。30手前くらいの時に会社に通う中で『何してるんだろう』って思って」

会社を辞め、デザインの仕事を個人で始めた。今では自らのグラフィックを落とし込んだブランド『SLEEPYY』を立ち上げ、市内に店舗も構えているツトム。最初にデザインの仕事を依頼してくれた人がいなかったらもしかしたらこのブランドは立ち上がっていなかったかもしれない。

「元々、自分から話しかけるのは得意な方じゃないんです」

実はどちらかといえば人見知りな性格だというツトム。お店を始めた頃も接客が最初から板についていたわけではないようだ。



「店を始めてはみたんですけど、お客さんが来るたびにドキっとしてしまって(笑)僕の奥さんは普通に接客ができる人なんで、それを見ながら徐々に話せるようになりましたね」

そんなツトムだからこそ、コミュニケーションのきっかけになってくれる服、会話が生まれる服というのは大切な存在だ。

ポップでありながらちょっとシュール、くすっと笑えるモチーフが多い『SLEEPYY』ももちろん例に漏れず。ツトムが好きなインディーロックのレコードやカラフルなインテリア、そして愛犬のモンチが迎えてくれる『SLEEPYY』の店舗はそんな在り方を体現している。

根本にあるのは、やはり「好きなものを共有しあう」ということなのは間違いなさそうだ。

「人との相性というか、ビビっと来る人と仕事をしたくて。そう思えるかで大事なのは、そこに愛があるかないか」

好きなものやことに触れることは、その人を一人間として知ろうとしているからこそできる。これは、アーティストとしてのツトムが仕事や表現活動においても大切にしていること。

「音楽でもほかの仕事でも自分以外じゃなくて、僕に頼んでくれているからこそ、他の人にできないことで応えたい。それには一人間として見てくれているか。他の誰でもいいんじゃなくて、その人だからやれる仕事をしたいです」

この日履いてきたパンツもそんな一人間としてのツトムに興味を向けるきっかけとしての役割を果たしてきたはずだ。何せ、ジャック・ニコルソンがこちらを見つめているのだから、思わず話しかけたくなる人はいるはずだ。





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オノデラツトム(ミュージシャン、グラフィックデザイナー)
静岡県三島市出身・在住。オルタナティブロックバンドAnd Protectorのベーシスト兼ヴォーカリストを担当している。バンドの音源のアートワークも手掛け、個人でグラフィックデザインの仕事も請け負う。自らのブランド、『SLEEPYY』の店舗を三島市内で経営している。

Instagram:@protect_t
And Protector:@andprotector_jp
SLEEPYY:@sleepyy_jp

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