『Adidas』のスニーカー

Just One Thing #32

『Adidas』のスニーカー

御厨智也(古着屋『hans』店長)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.05.18

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#32


「帰ってくるのは、賑やかな街であって欲しいんだよね。本当に、『オモロい』街だなって思う」

クローズ作業を済ませて駆けつけてくれたのは、阿佐ヶ谷の古着屋『hans』の店長、御厨智也(ミクリヤトモヤ)、通称「ミック」だ。待ち合わせは、阿佐ヶ谷から2駅の西荻窪駅。2年前からこの街に住んでいる。決して人通りが多い街ではないけれど、駅前にちょっと気の利いた飲み屋だったり、ほかの街ではあまり見ない品揃えの古本屋だったりが軒を連ねていて、何かと退屈しない。そんな場所柄もあってか、同世代のクリエイターや新しいビジネスを始めた人が結構住んでいて、落ち着いているけれど、賑やか。そんな塩梅の不思議な街。



「あんまり考えたことがなかったんだけど…これが割と長く履いているかもしれない」

『Adidas』の『Cord』というモデル。ダークグリーンのアッパーはコーデュロイ素材で、お馴染み、スエードの3本ラインはうっすらピンクがかっている、絶妙な色味。グリーン、ピンク、と言い切るにはちょっと違う。捻った配色が印象的だ。

「ピンクが好きで、それに合わせやすいからよく履いてる。服を選ぶとき、全身のどこかに必ず明るい色をいれたくなっちゃうんだよなぁ。なんか、大人しい配色にはしたくないの」

たしかに、ミックが着ている服は一見ベーシックなものであっても配色が特徴的なことが多い。この日はスニーカーのピンクを拾って、ヴィンテージのボーダー柄コットンニットにも褪せたピンクのラインが入っていた。

「スニーカーは、『Adidas』が好き。というか、『Adidas』ばっかりだね。自分の服に合うから、自然と選んでる。形はシンプルじゃん?要素が少ないよね。全体的に形は似ていて、ディティールにもパターンがあって。あとは色が面白い、くらいの」

クラシックでベーシックな形だからこそ、配色の妙が光る。よくよく探してみると一癖ある色使いのモデルが見つかる面白さもお気に入りだという。

「たとえば、クラシックな『Adidas』のモデルを履いていて、足元だけに目が行くことはないと思う。服を着るとき、全体で見るから強すぎるものは避けてしまうんだ。それこそ、ゴツい靴は好きじゃないのよ。機能もりもりだったり、あまりに単体でインパクトが強すぎるような。一点集中で奇をてらいすぎると自分で形にする余地がなくなってしまうかなって思う」



そんなミックが服選びで大切にしている要素はどんなことなんだろう。

「これは服だけに限らずだけど、ちょっと変わってるものかなあ。ベーシックとされているものでも定番からちょっと外れているものだったりね。一見ヘンテコだけど、『核』があるものみたいな。あとは、想像がつかなかったもの。一言でいうなら『オモロい』って思えるものかもしれない」

予想外な「オモロい」感覚。そこには、わかりやすい奇抜さも、逆にあまりに定番すぎるものもちょっと違う。彼独自のモノ選びに繋がってくる。

「目に見えない、一目見ただけじゃわからないものが好きなんだよね。ダイレクトな面白さとかカッコ良さよりも、深い裏の意味があるものを求めている。それこそ、現代美術みたいな。逆にいえば、『普通はこう』みたいに決めつけられるのがあんまり好きじゃない。どんなことだって、スタンダードの考え方があったら他の見方があるはずだからさ。それを知ることができる、喜びなのかもしれない」

自分の想像を超えたものに対する探求心。これこそがミックを駆り立てる、一番の高揚感だ。その原体験は、幼少期の頃に遡る。



「『オモロい』って感覚は、お父さんが車でかけてた音楽かな。めちゃくちゃ覚えてるのは、車の中でゆら帝(ゆらゆら帝国)とか、電気グルーブの前身の『人生』とか。普通のJポップにはない感情とか言葉の表現があって衝撃だった」

確かに、一般的に小学生がテレビや学校の音楽の時間で耳にする音楽とはかけ離れている。

「ゆら帝の頑張ってやってない感じとか、歌詞をどう取ったって構わない、わからなくていい、みたいな感じとかね。『あきらめない』とか『がんばれ』みたいなストレートな言葉が一切なくて、『空洞です』だから(笑)」

答えがあるもの、これが正しい、と教わってきたものにはない世界線。答えがないこと。それは、まだ幼いミックにとっても十分すぎるほど刺激的だった。そんな、一見わからない、答えがない物を「オモロい」と求め続ける感覚は、ミックのアウトプットにも生きている。

去年までは会社員、クライアントワークに従事するアートディレクターだった。今でも個人でデザインの仕事を受けているけれど、会社員時代から仕事のとっかかりは変わらないという。

「僕が何かを創るとき、言葉から始まるんだよね。言葉が軸にないといいものが創れないと思ってる。絵でわぁーって書いてみるよりも、頼まれる時はこの依頼主がどういうことを考えているのかを共通認識として持つようにしている。言葉をもらって考えていく。この言葉はこういう形で使えそう、とかそういうことを断片的に組み立てていくの」

言葉はミックが創り出す上で、どんな役割なのか。

「内面の話になるけれど、自分の言葉が形にできたときすっごい嬉しい! 言葉はたくさん出てきているけれど、それをどうイラストとか造形物にしていくかということに一番時間がかかる。それがあるとき突然、ホホホホホイ! って繋がる瞬間、ぶち上がるね。自分のイメージが形になるんだよ」

言葉それぞれには意味はあるけれど、それをどう捉えるのか、言葉のどこに重きを置くのかに正解はない。枯葉を集めて絵を描くように、一つ一つを断片として捉え、組み立てていく。言葉単体やミック自身のこれまでの経験では想像もつかなかったような、元々は見えていなかった姿形が浮かび上がってくる。言葉をヒントにして、イメージを浮かべ、それを形にしていくこと。

会社員を辞めて、古着屋になったのも、その意味でミックがやりたいことを実現するためだった。



「クリエイターが活躍できる場所、生活者が触れられる機会を創れる場所、そういうものがギュッと凝縮されている場所を創りたいなと思っている。たとえば、古着とかプロダクトとか『モノ』の面白さと、音楽とかアートとかお笑いみたいな『コト』の面白さ。そういう複数のじが僕が編集することで共存できている状態が創れたらな、って思う。一見、『なんでもあり』の、自分の部屋みたいな空間なんだけど、裏側ではそれぞれの『核』がつながっているイメージ」

会社員時代から通っていたという古着屋『kuki』が2号店『hans』を出すにあたり、その店長に抜擢されたミック。彼自身がもつイメージを今度は「場」という形で具体化していきたいという。

「前職につくより前から、ライター、編集、みたいな仕事に興味はずっとあるんだよね。『これ、オモロいぜ』って人に伝えるようなことをやってみたくて。で、編集できる場所とかモノが欲しかった。『kuki』のオーナーさんにもその話はしてて、ちょうどその時『古着屋一緒にやってみない?』って誘ってくれて」

これまでに見たことも、考えたこともないような「オモロい」モノやコト。それらはすべて、言葉を通して、様々な考えや思いに触れて、イメージを膨らませることで材料がそろっていく。まだ会ったことがないクリエイターや触れたことがない作品と一緒に店を創り上げることで、現時点ではたどり着けないようなイメージが生まれるはずだ。



ミックがこの日履いていた『Adidas』のスニーカーを語るとき、ものすごくたくさんの言葉で説明してくれた。決して複雑なディテールや奇をてらったデザインではない。どちらかといえば本人がいうように「要素が少ない」シンプルな作り。それでも、これだけの言葉が出てくることは、ミックが常に目の前のものを見る上で、意識的に見方を変えたり、他の人の言葉をインプットしたり、イメージを膨らませていることの表れだ。

まだできて間もないこの店が、そしてそこに立っているミックが、数年たった時にどんな「オモロい」空間を創り上げているのか。それだけで店を訪れる理由になる。きっと、「オモロい」モノやヒトに出会えるはずだ。


アーカイブはこちら





御厨智也(古着屋『hans』店長)
埼玉県生まれ。大学時代からカルチャーメディアにライター/デザイナーとして参加し、卒業後もデザイン関係の仕事へ。昨年12月、会社を退職し、阿佐ヶ谷にオープンした『hans』の店長に就任した。新宿の喫茶店『タイムス』が行きつけで、アイデアを練る際はよく足を運ぶとのこと。
Instagram:@tomoya_555
hans:@hans___2022
kuki:@kuki___2021


 
 



Tag

Writer