Just One Thing #60
『RAFboys』のキーホルダー
熊谷月希(会社員)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2024.08.01
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#60
「僕が一番かっこいいと思うのは、建設現場のおっちゃんですね。その人が感じる仕事に対して最適な服装をそれぞれ着ていて、それがスタイルだなって」
ビジュアルコンテンツの制作会社で働く熊谷月希(クマガイツキ以下、ツキ)も、撮影現場へ赴くことが多く、仕事をしやすい服というのは意識するようだ。この日は お気に入りでまとめ買いしているという『UNIQLO』のエアリズムTシャツに『LANTIKI』のナイロンパンツ、『NIKE』のスニーカーを合わせた出で立ち。実際にツキの着ているものは、気取らない、肩の力が抜けた印象のものが多い。
「基本的に“Ⅰライン”というか、まっすぐ一本線になるシルエットが好きなんです。オーバーサイズは着なかったですね。トップスとかアウターとか、上に着る服だと袖が余って、袖をまくらないといけないじゃないですか。なんかああいうのが面倒くさく感じちゃって、あんまり好きじゃないんです」
動きやすさと着ていて心地いいこと。それが見た目のシルエットや選ぶアイテムとリンクして“いつもの”装いが完成する。そんなツキのスタイルに欠かせないのがキーリング。荷物が少なめ、身軽な装いを好む彼らしいアイテムだが、そこに引っ掛けているキーホルダーこそが彼が一番長い時間を共にしているものだという。
地元大阪を出て東京へ来たのが2年前。東京へ来る前夜のことを語ってくれた。
「2年前の8月12日、『RAFboys』っていうブランドをやってる友だちがくれたんです。デザイナーのジョーっていう子。僕が東京へ出てきたのが8月13日で、その前日の夜に仲良いやつ3人呼んで飲んでたんですけど、その時にジョーが『お守りに』って。東京に来て2年ぐらい毎日、身に着けています。トイレに落としちゃったり、こすれたりして、もう結構ボロボロですね」
大学時代の終わりに差し掛かり、周囲に自分の好きなことを仕事や表現活動で形にしている人が多いことに気づいたという。それぞれやっていることは違い、また仲良くなったきっかけやタイミングもばらばらだったが、どこかシンパシーを感じた。当時のツキは、そうした友人たちへインタビューを行い、動画を撮り、YouTubeへアップしていたという。
そんな折に出会ったのが『RAFboys』のデザイナー、ジョーだった。ジョーが所謂“裏原”とヒップホップにインスピレーションを受けていることから、ツキの趣味と重なりシンパシーを感じた。ブランド最初のポップアップでも、インタビューを収録したという。
「僕の中学時代の友達のユウマってやつがRAFの運営をやってて、ジョーはそのブランドのデザイナーなんです。その子経由でした。ジョーは同じブランドのデザイナーなんですけど、僕が大学卒業して大阪に帰ってきてすぐ出会いました。で、そこからめっちゃ仲良くなって、一緒のとこでバイトしていました」
現在、東京都内の制作会社でビジュアル撮影や動画制作等のディレクションを仕事にしているツキ。大学卒業後、すぐには就職せずフリーター生活を送っていた時期、半ば突き動かされるように動画とZINEの制作を行っていた。今になれば、その時期こそが今の彼自身の活動の原点ともいえる。
「僕のカルチャーって、雑誌スタートなんですよ。『Popeye』って雑誌があるぞ、って知ってから、もっと面白い雑誌ありそうだなって思って。昔の『i-D』とか、『Ray Gun』とか、『FACE』とか、その辺をだいぶディグりました。実は、今の僕が働いてる会社も元々、雑誌を出してる会社だったんです」
10代のほとんどは部活動のラグビーに捧げていたというツキ。それと同時に、一人で90年代のロックを聴き漁り、いつしかアメリカやイギリスのカルチャーに興味が向いていた。ファッションにのめり込んだのが大学に入ってから。それまで別のものとして捉えていたファッションと音楽やカルチャーが彼の中で繋がったのは、大好きな音楽が生まれた時代の雑誌だった。
「なんかもう、ジェラシーみたいな感じですかねえ。めちゃくちゃかっこいいけど『やばいなこれ、どういう感じで作ってるんだろう』みたいな。『今の僕、全然こんなの作れてないな』みたいな」
それまでも好きなものはとことん掘り下げていく性格だったツキ。音楽もファッションも雑誌も、かなりニッチなところまでたどり着いている。その中で初めて自分でやりたいと思ったのが雑誌だった。今、働いている会社での仕事も当時のやりたいことが形になってきているようだ。
「今の会社を学生の頃に2回受けて、2回とも落ちてます。フリーターしている間にZINE作ったり、インタビュー動画撮ったり、行きたい場所へ旅をしたり、自分なりにできることをやってみて。今ならどうかなって思ったのが1年前。3回目でやっと入れて、今のビジュアル制作の仕事につきました」
これまでにツキが好きで追究してきたこと、積み重ねてきたことをアウトプットしていく感覚。入って1年ながら、既に手ごたえを感じている。
「マイケルジャクソンがネバーランドを作ったような感じかなと思ってます。自分が思う世界を体現するために、イケてるロケーションを探したり、かっこいいモデルをキャスティングしたりできる。ある意味、わがままでいられるっていうか。映像制作にしても、元々雑誌はもちろん、映画も好きだったから、自分がディレクションする時にこれを『取り入れたい!』『実現したい』って思うストックが色々あります。例えば、『トレインスポッティング』で(主人公の)レントンが車に轢かれて笑い転げてるシーンがずっと印象に残っていて。『いいな、いつか映像で作ってみたいな』って。この仕事をしていると、そういう僕自身の蓄積に光が当たる感覚があるんです」
少しずつ夢が叶っていく1年間。フリーター生活に比べれば収入も安定して、願ったりかなったりな状況にも見える。ところが、意外なことに彼はこの現状に物足りなさを感じているようだ。
「多分、僕は“ないものねだり人間”なんです。手に入れちゃうと、次が欲しくなっちゃう」
実際のところ、ツキが衝撃を受け、実現させたいと思った境地には、まだまだ実現まで足りないことを感じているのだろう。何かを実現させたいと思った時、最初に自身に課した「これを成し遂げたら夢は叶う」と思っていたことは、実は道の中間地点ですらなかった。そんなことは決して珍しくない。当初思い描いていたものをすべて手に入れたけれど、やりたいことを実現するには、次の課題が見えている。では、彼の“ないものねだり”が向かう先は何か。
「生活できる十分なお金をもらえるようになったら、そのまま怠けるのが怖くなって。ふと、お金より愛の方が100倍大事だな、って思いました。愛がある世界にしたいなあって。ぎりぎりの生活をしていた時、周りの友だちの愛に救われたんです。フリーター時代以上に、大学時代に本当にきついときがありました。大学1年生の時、ラグビーで腕に大怪我して。実家が大阪で、大学は九州だったから誰も頼れない。ギブスで固めててバイトもできないし、真冬なのに何も羽織れない。お金もないし、かといって何もできないし、結構、本当に死にかけて。そういうとき、友だちがギブスの上から羽織れるようなでかいサイズの服を貸してくれたり、 賄いをバイト終わりに家まで持ってきてくれたり、温泉連れてってくれたりとかして、どうにか乗り越えられて」
絶望的な状況で手を差し伸べてくれた仲間の存在が、当時よりも満たされた今だからこそ恋しく感じている。
思い返せば、個人で好きな物を深めてきたツキがやりたいことを形にするとき、最初にきっかけとなったのは動画を一緒に撮影したり、インタビューに応じてくれたりした仲間の存在だ。東京へと旅立つ前日、「お守りに」と腰に着けているキーホルダーをくれた友人、ジョーの心遣いも“愛”に他ならないだろう。
怪我をしているときも、何かやりたいことがあるときも。足りないものを補い合える、仲間がいる。そこを介在するものは、愛だ。できることやメリットではなくて、ましてやお金でもなくて。その人が困っていることや悩んでいることもその人の一部として見つめること。それができる間柄においてこそ成り立つ。彼の言葉を借りれば、今創り上げている“ネバーランド”の最終到達点には、この愛が欠かせない。
「他の人より、愛情に触れる機会が多かった気がします。周りと同じことを無理にするのがずっと苦手。それはずっと、学校でも、ラグビーでも感じてきて。それでも、愛をもって接してくれる人がいたから、なんか愛情大事だなって。寂しがり屋だし、僕(笑)」
ツキはあまり表情を大きく変える方ではないし、話すリズムも一定だ。感情が高ぶるような熱のある内容も、あまり一般的ではない体験も、表情一つ変えずに話す。それは、非常に誠実な人だという印象を与える。その瞬間彼が口にしている言葉を笑って誤魔化すことをしないからだ。自分自身の言葉や気持ちと丁寧に向き合っていることが伝わってくるし、本心を伝えてくれている真摯さが伝わってくる。彼自身が周囲の愛に恵まれているのは、そういう部分が伝わっているからなのかもしれない。
熊谷月希(会社員)
大阪府出身。中高大とラグビーに打ち込んでいたが、同時に父親の影響から洋楽ロックにも興味を持つ。現在は都内の制作会社で、ビジュアルや動画制作に携わり、ディレクターを目指している。ファッションとカルチャー双方に造詣が深く、自身のインスピレーション、アイディアの着想として映画や音楽等のインプットも欠かさない。
Instagram: @2.ki_ik.2
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。