ヴィンテージのウェスタンブーツ

Just One Thing #48

ヴィンテージのウェスタンブーツ

Chiharu(『All Dogs Go To Heaven』オーナー)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2024.01.18

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#48


彼女は、モスグリーンのスーパーカブに跨ってやって来た。バイクと同じ色のヘルメットを脱いで、ラフにパーマがかかった黒髪を掻き上げる。神奈川県葉山にあるコーヒーショップ『Dark Arts Coffee』のバリスタで、古着屋『All Dogs Go To Heaven』のオーナーとしての顔も持つChiharu(以下、チハル)。待ち合わせは『Dark Arts Coffee』の前、コーヒーを飲みながら話そうと約束していた。



「一番好きな組み合わせは、このブーツに白いワンピースをあわせるスタイルなんです。でも、それだと冬は(寒くて)バイクに乗れないし、バスに乗ってこようかとも思ったんですけど、それじゃいつもの私と違うなあ、って。普段みたいにバイクで来ました!」

バックプリントが施された大きめのバハシャツ(メキシカンパーカー)をサーマルカットソーの上から、スモッグのように着ている。大胆なリペアやパッチワークが印象的なデニムは少しフレアの効いたシルエットで、カットオフしてあった。そして、その丈は、ちょうどこの日のチハルが履いていたウェスタンブーツに合わせてあるようだ。

「これ自体は4、5年くらい履いてて、実は2代目です。前履いていたやつは気に入ってたんだけど、水溜りに入っちゃって、駄目にしちゃいました。コットンの服と、レザーが好きで……革との付き合い方を教えてくれたっていうか……。あっ、ごめんなさい。ちょっと“前のめり”ですかね? 私(笑)」

時折こちらを気遣いながらも、実際に“前のめり”に話していた。少し早口で、会話の中で大きく口を開けて笑うし、こちらの話を聴くときは身を乗り出して、文字通り耳を傾ける。これだけそのブーツについて楽しそうに話してくれたら、こちらも気になってしまう。



チハルが履いていたウェスタンブーツは、暗めのチョコレートブラウン。ブルーデニムとの相性は言わずもがな、スラックスやコーデュロイと合わせても様になりそうだ。

「服は本当に、なんでも着ます。このブランドとか、この年代とか、このテイストとか、そういうのは特になくて。いつの時代のこの出自が、みたいなこだわりのある人がかっこいいな、って思うこともあるけど、私はあれこれ好きになるタイプ。このブーツは、オールシーズン履けて、本当に何でも合うから、ずっと好きなんです。あとは、最初服が好きになった頃はまだ子どもで自分で服を買える年齢じゃなかったんですけど、親が二人ともアメカジ好きで。その頃は意識していなかったけど、自然と親世代からファッションに影響を受けていたのかもしれません」

ファッションへの目覚めは早く、小学校3年生の頃だという。

「すっごい“変な格好”してました。『ハチミツとクローバー』っていう映画をたまたまテレビでやってて。美大の学園モノで、主人公の女の子がかなり独特な服装をしているんです。レイヤードスタイルが多くて、『かわいい……!』、『真似したい!』って思って。それが始まりですね。周りに服の話をできる友だちもまだあまりいなかったから、『私は他人より服が好きなのかもなあ……』って考えるようになりました。でも、一番仲良しな子は服の話をよくする子で。当時は、まだティーン雑誌も流行ってて『nicola』とか『ピチレモン』とか……。私は『LOVE berry』派だったんですけど、その子とお互いに貸し合ってました」

自我の目覚めとともにファッションへの関心を抱いたと語るチハル。そのままファッションをアイデンティティとして成長し、大学を卒業後はアパレルの仕事に就いた。

「新卒から4年間、セレクトショップをやっている会社で販売をしていました。就活するときって、できることとかやりたいこと、棚卸しするじゃないですか。それで、私は『やっぱり服しかないな』って思って、迷わずその会社に入りましたね」

しかし、その選択は彼女にとって、本当に好きなものが何なのか、気付かされる体験となった。

「やっぱり、自分で選んだ服をおすすめするのは(あらかじめ売るものが決められているお店とは)違いますよね。前の働いていたお店だと、それが仕事とはいえ、自分でいいと思ったわけではない服を『かわいいですね!』って言わなきゃいけないから。今やっている古着屋は、本当に私が思う『かわいい』をそのまま届けられるから楽しくて」



チハルの古着屋としての屋号、『All Dogs Go To Heaven』は今のところポップアップが中心。一人でやっていることもあり、必ずチハルとの対話、対面を通して服がお客さんの手に渡る。

「『かわいい』って私が思った服を『かわいい』って感じて買ってくださるので、楽しいです。この間(鎌倉の)極楽寺でクリスマスマーケットに参加したときは、若い子からおばあちゃんまで、いろんな年齢層の方が来てくれて。そういうとき『なんで古着屋さんを始めたの?』みたいに、私に興味を持ってくれる人が多いんですよね。そこから仲良くなることも多くて。別に私に興味を持ってほしいわけではないんだけど、『かわいい』を通して会話ができること。私が届ける『かわいい』に反応してくれていることがハッピーなんですよね」

おそらく、チハル自身がファッションや古着販売を通して、自らの思う「かわいい」を体現している。だからこそ、チハルの届ける「かわいい」に感性が反応した人はチハル自身に興味を持つのだろう。

『All Dogs Go To Heaven』のInstagramを見ると、彼女のことを知っている人ならきっとひと目でチハルのお店だと気づくはずだ。商品の写真が乗っているだけではなくて、着画や背景、服の組み合わせまで、これがチハルの「かわいい」なんだとよくわかる。

「一番好きな組み合わせは、ピンクと緑。物の配置とか色合いを見て、『かわいい』って思います」

こう話しているだけでも、そう遠くない将来、『All Dogs Go To Heaven』が実店舗を構えたとき、店の様子が浮かんでくる。それはきっと、色とりどりの服がハンガーラックにかかっていて、目に入る色の組み合わせが「らしさ」を体現している店だ。

「そうであって欲しいですね! あとは、年齢を問わず、色んな人が来てくれたら嬉しいなって」

年齢やファッションのテイストに関わらず彼女に共鳴した人が足を運ぶ店。そんなイメージだろうか。
自らのことをそれほど語らずとも、チハルの出で立ちや選んだ服を見れば、その存在が浮かび上がる。

お気に入りのウェスタンブーツは、一番長いことその「かわいい」に寄り添ってきた存在だ。だからこそ、ディティールや出自の話ではなくて、彼女自身がどう心を動かされたり、どんなものを合わせて履きたくなるのか、そういう話が大半を占めていた。
もはや、彼女が表現する「かわいい」は、チハルそのものといってもいい。



最後に、古着屋をやりたいと思うようになったきっかけの話を紹介したい。

「ちっちゃい頃は、親の仕事の関係で社宅に住んでいました。ファミリー世帯が周りにたくさんいて、ご近所付き合いも密だったから、お下がりがよく回ってくるんです。小学生の頃、真似したかった、憧れのお姉さんの服を私が着て、私が成長して着られなくなったお気に入りの服を年下の子が着てて。だから、私は『誰かに愛されていた服』にすごくいいイメージがあって」

『All Dogs Go To Heaven』の服も、誰かに愛された服であると共に、買付をするときチハルの感性が揺れ動いた服でもある。それを受け取るお客さんたちの心は、きっと同じ社宅に住んでいた「憧れのお姉さん」から服を譲り受ける感覚に近いはずだ。

チハルの店だから、そこで服を買う。そういう人たちが集まるお店は、もしかしたらすぐにでも実現するのかもしれない。



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Chiharu(『All Dogs Go To Heaven』オーナー)
神奈川県横浜市出身。現在は横須賀市で暮らし、葉山のコーヒーショップ『Dark Arts Coffee』でバリスタとして働いている。個人の古着販売の屋号は『All Dogs Go To Heaven』。愛車はホンダのスーパーカブ。

Instagram:@superwickedchick
All Dogs Go To Heaven:@all_dogs_gonna_heaven

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