さようなら

海と街と誰かと、オワリのこと。#41

さようなら

Contributed by Kite Fukui

People / 2023.03.16

大好きな海を離れ、アーティストになったオワリ。居心地の悪さを感じながら、それでも繰り返されていく毎日のあれこれ。「本当のボクってどんなだっけ?」。しらない街としらない人と。自分さえも見失いかけたオワリの、はじまりの物語。


都会のビルの壁でセミが鳴いている。真っ白の壁にくっついて、鳥に食べられないか心配しながら渋谷の街を歩いている。電信柱にいるセミとどちらが安全か。
どちらか。と言えばさきの浮気についていつまで知らないふりをしていたらいいか悩み始めている。
今日は菊池さんのブランドから僕がデザインしたTシャツが発売される。渋谷にある菊池さんのお店へと向かうが、一歩一歩が重く胃が痛い。
西武とロフトの間でジンと待ち合わせをしているが歩いていても止まっていても汗が止まらない。けれどこれは冷や汗か、暑いのかわからない。蒸し暑くて息苦しいのか、ストレスで苦しいのかもわからない。

こんなとき、自分はどうしたいか大切なことはわかっている。楽しく過ごせたらいい。これが素直な気持ちだ。楽しく過ごすために、さきと話し合って修羅場になった挙げ句別れるか言わないまま過ごすか天秤に掛けても僕の心では釣り合っている。このどちらもハッキリしない時間がとても苦しい。

ジン「あっつ」

ジンが15分遅れてやって来た。こっちのほうが暑いわ!といつもなら言っているが今日はそんな気分じゃない。

僕「おはよう、暑いね」

ジン「おはよ、行くか」

僕「うん」

ジン「そう言えば、作品は順調?」

僕「うん、凄くいいよ」

ジン「それは楽しみ」

なぜだろうか、こんなに悶々と苦しい日々を過ごしているのに制作は順調に進んでいる。絵を描いている時間は何も考えないで集中できるからかもしれない。そう言う点ではアーティストに向いていると感じた。

ジン「売れてるといいね」

僕「いきなり怖いこと言うね」

ジン「いや、普通に売れてるから大丈夫だよ笑 さっきも知り合いがインスタに載せてたよ」

僕「そうか」

ジン「どうした、今日やばいよ。そんなに緊張してんの?歌う?カラオケ行く?」

僕「いや、行かないよ笑」

ジン「暗いよ」

僕「さきがさ、菊池さんと付き合ってるんだよ」

ジン「おっ。。。。」

ジン「なんで浮気してると思ったの?」

僕「さきがさ家でかわいい犬がいたって写真見せてくれる時にさ、」

ジン「見えちゃったのか」

僕「そう」

ジン「これは恋多き俺からのアドバイスだけど、早めにケリつけたほうがいいよ」

ジン「俺も前にあったけど、ズルズル続けるなら早めに終わらせたほうが後悔は少ないよ」

僕「そうか、今日話してみるよ」

ジン「今日は辛い日になるな」

僕「明日にはいい日になるよ」

ジン「その気持ちがあれば大丈夫だね」

菊池さんのお店に着くと、Tシャツは完売していた。お店の上のオフィスから上機嫌な菊池さんがやって来た。

菊池さん「オワリ、ジンおはよう!」

僕、ジン「おはようございます」

菊池さん「即完だったよ!ありがとう」

僕「よかったです。こちらこそありがとうございます」

菊池さん「次のシーズンも面白いことしようよ」

僕「また連絡ください」

ジンが言っていた、面白いことしよう。と言う大人は気を付けろと。目の前にいるぞ、とジンを見ると目が合い2人で笑ってしまった。

菊池さんのお店を後にして、2人で映画を見て僕は覚悟を決めさきの家へと向かう。ジンは男になれと言って僕を送ってくれた。朝よりも胃がいたい。さきの家に近づけば近づくほど空気が重く感じた。このまま自分の家に帰ろうかと思ったけれど、ほんの数時間だ。と頑張って向かう。この鍵も今日で最後か。最後のオートロックのドアを開ける。家のドアを開けるとさきが映画を見ていた。なんて切り出そうか。

さき「おかえり〜」

僕「ただいま」

さき「完売したんだってね!よかったね!」

僕「うん、ありがとう」

さき「どうしたの?」

この質問はチャンスだ

僕「さき、聞きたいことがあるんだけど」

さき「なに?」

僕「菊池さんと付き合ってるの?」

さきの顔がサッと暗くなって、それから話さなくなった。

僕「別れよう、さき」

さき「いやだ」

僕「僕もいやだ、鍵返すから僕のも返して」

ボックスティッシュが飛んできた。僕の目にはスローモーションに見える。さきは泣きながら今度はクッションが飛んできた。次はスリッパだろうな。と思っていたらスリッパが飛んできた。
リュックに着替えと荷物を詰めて鍵をリビングのテーブルに置いた。

玄関に置いてある僕の家の鍵を持っていくね。と言って泣きじゃくるさきを背に家を出る。マンションを出たら僕も泣くかと思っていたけれど、全然涙が出てこなかった。それよりもスッキリしている。好きな音楽を聴きながら振り返ることもなく家に向かう。

家に近づくと誰かが階段に座っている。ジンだ。

ジン「意外と早かった」

僕「なにしてるの」

ジン「慰めようと思ったけど、元気そうね」

僕「ありがとう」

ジン「家出少年みたいだな」

僕「そうね」

ジン「ピザ、食べる?」

僕「うん、ありがとう」

とてもいい友人に出会えたと心の底から感じた。それからはジンとピザを食べながら007シリーズを最初から新作まで全部見て気がついたら寝ていた。朝起きると凄く清々しい気持ちだった。しばらく恋はしない気がする。


続く



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