『SEIKO』の腕時計

Just One Thing #63

『SEIKO』の腕時計

千葉雄太(出張タコス『UPDATE STAND』店主)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2024.09.26

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#63


その日は、「ミャンマー料理を食べよう」と誘った。好奇心旺盛な彼なら来てくれるような気がしたからだ。東京高田馬場は、日本随一のミャンマー人コミュニティが存在し、少数民族の郷土料理も楽しめる。待ち合わせた店で、つまみ数品をつつきながらビールを飲む。豚ともち米のソーセージ、茶葉のサラダ、鯰出汁の米粉麺......あまり見慣れない料理がテーブルに並んだ。

「うん、旨いね。食べやすい。ちょっと身構えてたけど、ほとんど抵抗がない(笑)」

誘った相手は、千葉雄太(チバユウタ、以下ユウタ)、出張タコススタンド『UPDATE STAND』の店主だ。元々は移動式コーヒースタンドでキャリアをスタートし、現在はタコス屋としてイベントやお祭りに出店している。一言で表すなら、気になったことはやってみたい人。



「元々、家でタコスを作っていて面白そうだなって思ったのがきっかけ。コーヒー屋をやっていたんだけど、カフェインにアレルギー反応が出て、おれ自身が飲めなくなっちゃったんだよ」

学生時代に学校の近くにあったコーヒースタンドへ通ったことがきっかけで飲食の仕事に興味を持ったというユウタ。そんな彼がタコスを出すようになったのは、案外偶然とタイミングがきっかけだったのかもしれない。

イベントでフードを出すという形態なこともあって、一人でこなす作業は多い。だから、いつもユウタは常に身軽で動きやすい服装を好む。服そのものは勿論、アクセサリーも邪魔になるものは身に着けたくない。そんな彼の愛用品はSEIKOの腕時計(ランニングウォッチ)『Super Runners』だ。

「全然、高価な物とかではないんだけど、一番つけてるかなっていうので選んだ。じいちゃんからもらったんだけど、今年亡くなったから使うようになって丁度1年くらい」



この日のユウタが身に着けていたものは全体としてシンプル。コットンのチェックシャツとワイドなデニム、いずれも少し大きめのサイジングで、デザイン性が強いというよりも、一見何の変哲もない物を敢えて選んでいるように感じられた。

「何でもいい訳じゃないけど、あんまり凝った服装はしないかな。基本的にシンプルな物を選びがちだね。ただ、人と一緒だと面白くないからさ。みんなから認知されてるようなブランドって、もう他に好きな人がいるし。それだったら、誰も気づいてない感じの、おれ以外は買おうと思わないかもってやつ。派手でもなくて、流行りものでもなくて、でも自分は好きだなみたいな。そういうのを選んじゃう。だから、セカストですらなくて、街の小さなリサイクルショップから探してる」

基本的に他人の評価が定まったものにはあまり興味がないのかもしれない。少なくとも、他人が実証した正解をなぞることは楽しくないというのが彼の一貫するスタンスだ。というのも、彼は事前に着地点やゴールありきでスタートするよりも、面白そうだと思ったことを試してみないと気が済まないタイプだからだ。



「学生時代にコーヒー屋へ通うようになって、それが18歳くらいの時かな。まだ将来のことを考えるタイミングではなかったけど、漠然と一人で商売をやっている人を見てかっこいいなと思ったんだよ。その少し前に、ダイニングバーでアルバイトをしていて、そのオーナーを見ても思った。こじんまりとした個人経営のお店で、自分が手掛けたお店で食べていくのってかっこいいなと思って」

もはや、飲食店であるということすらそれほどこだわりはなかった。大切なのは、個人で商売をすること。それが彼にとってそれほど魅力的に映ったのは、個人だからこそ許される「責任を伴う自由」にあったのではないか。

「自分で自分に責任をもてるところが楽しそうだし、かっこいいなって思ったのかも。当時はそこまで考えていなくて、今になって、今日話してみて思うことだけどね」

一人だからこそ、成功も失敗も責任を持てる。そして、だからこそ、実際に行動してみて試行錯誤する理由がある。仮に正解が決まっていないような他の人がやらないようなことでも、誰からも文句を言われずに試すことができる。そんな中で彼が選んだのがタコス。

“tacos(タコス)”という言葉が持つ定義は、非常に曖昧だ。何せスペイン語で「軽食」という意味しかない。トルティーヤに何らかの具をのせて食べたらタコスとして成立する。だからこそ、何を載せたらおいしいか、どんな人に食べてもらえるか、どんな場所で出したら評判になるか。試せるポイントが無数にある。

面白そうなことは試す。その結果を受けてまた新しいことを試す。その繰り返しこそがユウタにとっての仕事だ。



「たとえばイベントの連絡をもらったとき、まだ直接会って話したことがない人だったら受けないようにしているんだ。何かを一緒にするにあたってまずは会って話をしたいし、できることならおれのタコスを食べてもらってからにしたい。あとは他人と会ったときかっこつけて無理に仕事っぽい話とか、お互いのメリットをアピールするような会話にならないようにしているかも。あくまで自然に対等な目線でなんてことない話をしたい」

ユウタのスタンスを知ってもらった上で一緒にやりたいという思いが大きいのだろう。彼自身が一人でやるからこそ、思う存分試したい。そこに共感できる人となら信頼関係が生まれるはずだ。

リサイクルショップで調達した「一見、何の変哲もない服」も感覚的にはそれほど仕事と離れたものではない。気になったものを試しているだけだから。直接会った人にどんな印象を与えるか、袖を通してみたらどう映るか、買う時点で考えるよりも、実際に身に着けて使い込むうちに得られる感覚を重視している。

いつも身に着けているという時計だって、最初からデザインに一目惚れして買った訳ではない。亡くなった祖父から彼の手に渡り、形見のように大切に使い続けるうちに当初イメージしていたものとは違った良さを感じるようになったのだろう。

ユウタのタコスは旨い。そして、ただ美味しいだけではなくて、客として見ていても面白い。その日の出店場所、居合わせた人の空気、ユウタ自身が作りたい料理がそのままタコス自体に反映されているような気がするからだ。それだけ、楽し気に試行錯誤を続けるユウタのタコスはライブ感に満ちているからだ。彼の「面白そうだからやってみた」を他の人たちが楽しめる場、それこそが彼の屋台なのかもしれない。







千葉雄太(出張タコス『UPDATE STAND』店主)
千葉県出身。人呼んで「流しのタコス屋」。元々はコーヒー屋を志していたが、アレルギー体質であることが発覚し断念する。タコススタンドとして再スタートをしてからは精力的に活動し、都内近郊を中心にイベント出店やポップアップショップ、地域の夏祭り参加など様々なシチュエーションへ出没。直近の出店情報はInstagramまで。
UPDATE STAND Instagram: @updatestand

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