Emotion 第12話
あの時
Contributed by Kite Fukui
People / 2023.07.27
第12話
カイト「やぁ」
変わり果てた彼は、ベンチが濡れていようとお尻が熱くなろうと何も気にしない様子で軽く挨拶をして熱々のベンチに座った。
青白い足には似合わないビーチサンダルと短パン。タンクトップからはみ出たガリガリの肩をみて心配になる。
もしかしたらこのままこの人は、倒れるかもしれない。何故黙って空を見上げているのだろうか。
カイト「なんかさぁ」
遠くを見たまま話し出した
カイト「あの時はよかった。なんてそんな事言う大人にはなりたくないなって、会社にいた時思ったんだよ」
カイト「あの時はよかった、あの時はこうだった、あの時なら、あの時の俺は。ってお酒のみながら言うような大人にはなりたくないなって」
僕「うん」
カイト「でもさ、このままだと気を抜いたら言いそうなんだよね」
僕「どうして」
カイト「まぁ、大変なこともあったけどさ。毎日朝起きてサーフィンして、学校行ってサーフィンして。休みの日は試合で色んなところに行って、色んなものを見て食べて」
カイト「今思うと、普通に楽しい生活だったよね」
僕「そうだね」
カイト「諦めたと思ってた。もう自分は勝てないし、勝とうともしてないし。その時はもっとサーフィン以外の社会とか普通の生活を見てみたいって。子供の頃から海ばかり見て育ったから、都会のビルに住んでみたいって」
僕「わかるよ」
カイト「あれはさ、逃げだな。俺は逃げてたんだな、勝てない自分が嫌で頑張っても何か足りなくて。それが何かわからなくて逃げたんだな」
僕「……。」
カイト「今からでも遅くないって、オワリに言ってもらいたかった。自分で自分に言ってみたけど、流石にやっぱり難しいじゃん」
僕「戻すまでに時間はかかるよね」
カイト「なんかさ、サーフィンからも会社からも逃げてさ。自分の居場所ってどこなんだろう。ってまた、何か出来そうな気がしても逃げて逃げて逃げて、30歳になって何も出来なくて。俺って今まで何してたんだろう。あの時はよかったな。って言いそうなんだよ」
僕「やりたいことやればいいじゃん」
カイト「やりたいことって、何？」
僕「ん？」
カイト「いつも何考えて生きてんの？」
僕「その日その日違うから…」
カイト「やっぱ、頭おかしいよな」
カイト「俺は何が出来るんだろうな」
僕「それは僕も知りたいよ」
続く
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