『L’ARTISAN PARFUMEUR』のパルファン

Just One Thing #41

『L’ARTISAN PARFUMEUR』のパルファン

Asuka Matsumoto(会社員)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.10.05

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#41


土曜日の昼前、不動前のカフェ『DAY COFFEE』で待ち合わせた。前回の『Just One Thing』に登場したバリスタ、ダイキが営む店だ。西向きに大きな窓がある店内には、やんわりと南側から光が差し込み、白を基調とした店内を照らしていた。店内と同じく白を基調にした装いで、待ち合わせの時間少し前に現れた彼女は、パンパンに詰まった鞄からお気に入りの一品を取り出した。

「これなんだけど……もう、ほとんど残ってないね(笑)」

小さな香水瓶の中身は、残り少なくなっていた。都内で会社員として働くAsuka Matsumoto(マツモト アスカ、以下アスカ)が持参したのは、大学生の頃から愛用しているという『L'ARTISAN PARFUMEUR(ラルチザン・パフューム)』のパルファン『ミュールエ・ムスク・エクストリーム』、黒イチゴとムスクの香りだという。



アスカは、多忙な日々のさなか、趣味が高じてアロマブレンドデザイナーの認定資格を取得している。天然由来の精油を組み合わせて香りを創る資格だ。

「世の中にたくさん出回ってる香水って、人工の合成香料を使った香りが多いんだけど……。私が好きなニッチフレグランスは、自然由来の天然香料が使われるものが多くて」

この一本は、アスカ自ら「香水の世界への入口」と語る。

「大学で選択した第二外国語がフランス語で、1年生の最後に希望者だけフランスへ行けるプログラムがあって。その時、パリの街を歩いていて、ふと気になって入ったお店が『L'ARTISAN』のお店だった。最初は香水のお店ってわからなかったと思う。さらっと見てお店を出ようとしたとき、女性の店員さんが(今日持ってきた)この香水と同じものをおすすめしてくれたの。通りがかりの日本人の見るからに学生っていう、いかにも『買わなそう』な当時の私にサンプルを勧めてくれて」

元々フランスの文化への興味が強かったというアスカ。念願叶った初めての渡航で、最も印象に残った体験に、この香水との出会いを挙げる。

「香りってさ、嗅覚に結びつくから、どうしても記憶に残っちゃうよね。旅もそうだし、普段生活していてもそう。形があるものではないけど、印象に残りやすいと思う」

目に見える、実態があるものとは違った形で記憶に結びつく。像がないけれど、明確に記憶を呼び覚ますもの。確かにいつか訪れた場所の香りがしたとき、写真よりも強烈な印象を想起させることがある。

「サンプルをもらったその時は、『あっ、大人の香りがする……!』くらいしか思わなかったんだけど(笑)ちょっとずつ面白いなって思うようになって。それまでに知っていた、日本でよく売られている香水とは何か違うなあって感じていたんだけど、そこから『L'ARTISAN』が気になって、調べたり買ったりするうちにどんどん沼にはまっちゃった」

どう印象に残ったのか。具体的に何がアスカに刺さったのか。解釈も幅が広い。それは、答えがない、形式に捉われないこと。







実は彼女がフランスの文化に関心を抱いたのもそこに通じていた。

「映画はずっと好きで、その中で描かれるフランスが気になって行きたいと思うようになったかな。行く前の話だから、イメージになっちゃうけど、見たもの体験したことについて、どう感じたかを語る文化が素敵だなと思って。私、なんでも『いいな』って思えるんだけど、その頃から自分なりに『いいな』をさらに咀嚼したり、『これは違うな』って感情を見つけたいと思うようになっていたから。あとは、なんかこう、(フランスって)何でもありなイメージがすごくあって(笑)場所の中にいろんな要素が共存しているイメージ。映画で見ている限りそうなのかな、って思って行ってみたら実際そうだった」

各々が感性を言語化、表現することが当たり前で、且つそれぞれのスタイルが場の規則に縛られずに共存している。そんな感じだろうか。具体的にはどんな感じだったのだろうか。

「レストランでウェイターさんがずっと歌ってた(笑)別にパフォーマンスをウリにしている店じゃなくて、本当にごく普通のレストランで。家事をしながら、誰も見てないし聴いてないけど歌ってる、みたいな感じにすごくナチュラルに。みんな画一的であることを求めていなくて自分がその時どう思って、何をしたいかを優先している感じだったかな」

それぞれが好きに過ごしているからこそ、予想もしないことが起きて、面白い。形式や規則に捉われない生活が新鮮だった。その感覚は、彼女が没頭することになる香りの文化に対しても現れている。

「日本だとまだまだ、香水にネガティブなイメージを持つ人もいて。相手の好みじゃない香水をつけていくことを迷惑と考えるというか、憚られるというか……。ヨーロッパだと、香水は誰かのためじゃなくて、自分のためにつけていると思う。日本の満員電車が(ヨーロッパには)ない、っていうのが大きいかもしれないけど、自分が好きな香りをたっぷりとつけていく人が多い。そういう文化の違いも含めて、日本なりの楽しみ方があるんじゃないかなとも思うんだけどね」

香りは、形にならないものであり、且つ強く印象付けるものだからこそ、自分の好きな感覚を表現する物として有効且つ、画一的にならない。そういうものに惹かれていったのは、フランスへ足が向いた動機を考えればごく自然なことかもしれない。





型にはまらないこと、好きな感覚を表現すること。そのルーツは彼女がフランスへ行くよりもさらにずっと前、家族の存在も大きい。

「出身は三重で、両親は2人でバーをやってたの。今はもうやめて別の仕事をしているんだけど、当時はバーにアメリカ古着を置いて、ビリヤード台とかジュークボックスがあって……。あと、小さいイグアナも飼ってた(笑)」

元々アスカの両親が営んでいたバー。それこそがその原型といってもいいかもしれない。家庭環境や三重の地域柄もあり、早い段階から様々な音楽や映画、そして自然がごく身近にあった。そういった中で柔軟に見るもの、触れるものを受け入れる感性が育っていった。

「形がないからこそ、自由で居られるじゃないけど、どうにでもなるところが面白いなって」

香水に対する考えを伝えてくれたアスカ。その言葉通り、自分なりに感じたこと、見聞きしたものを表現するものが香りだった。幼い頃から培われた感性を自分なりにアウトプットする、ようやく見つけた表現方法。その入り口になったこの一本こそ、彼女がそれまでに過ごしてきた人生、そしてこれからの生き様を体現している。

「香水って、体温によって香りの出方が変わるし、時間が経つことで香りも変わるように創られていて。だから、同じ香水でもその人によって変わるんだよね」

持ち主によって変わる。つける日や積み重ねてきた年齢によっても変わる。使い続けていく香水には、そのストーリーが増えていくのだと思う。香りが記憶を呼び起こすように、この一本と共にある記憶も新たに刻まれていく。次の一本を使い切る頃、その香りが持つ意味は、アスカにとって全く違うものになっているはずだ。


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Asuka Matsumoto(会社員)
三重県出身。第二外国語としてフランス語を学ぶ。大学1年時には、研修プログラムの一環として渡仏した。会社員の傍らアロマブレンドデザイナーの資格を取得。自らも調香師として香水のデザインを行う。趣味は映画鑑賞。時折、友人たちと自主映画製作にも携わっている。

Instagram:@asuka_mtm


 

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