『N.HOOLYWOOD』のセットアップ

Just One Thing #28

『N.HOOLYWOOD』のセットアップ

稲澤 蓮(N.HOOLYWOODショップスタッフ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.03.23

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#28


3月の初め、例年よりは暖かいといわれていたけれど、日が沈むとまだ寒い。オフィス街の一角、神田駅前、ガード下の喫茶店は、寒さをしのぐ人で半分ほど席が埋まっていた。2階席はタバコが吸えるから、愛煙家の彼を待つには丁度いい。定時を回り、サボりのサラリーマンが席を立ち始めるころ、待ち合わせた彼が現れた。

金髪のパーマヘアに長身、ばさっと覆いかぶさった重たい前髪と少しうつむきがちの姿勢がどことなくアンニュイ。どこか昔のロックミュージシャンを思わせる。ガード下の古い喫茶店の天井は背が高い彼にはいささか頭上が不安だったのか、階段を上ってくるとき、首をすくめていた。元々の猫背がいっそう丸まっていて、そんな様子がなんだかあどけない。



ファッションブランド『N.HOOLYWOOD(N.ハリウッド)』のショップで働く、稲澤 蓮(イナザワレン、以下レン)。歩いているだけで絵になりそうなその佇まいと、どこか遠慮がちな様子が意外なようでしっくりくる。仕事に対するこだわりも、一言ひと言を丁寧に選びながら、決して押しつけがましくなく話す様子が印象的だった。

「僕が接客することで、お客さんに純粋に『服を着ることの楽しさ』を伝えたいです。Nハリ(
N.HOOLYWOOD)の店へ、初めてお客さんとして行ったとき受けた、店長の接客が衝撃でした。その時は、確かウールリッチとのコラボのネルシャツが気になってて手に取ったんですけど、シャツ一着の着方を色々教えてくれたんです!肩を落としたり、腰に巻いたり…こんな着方があるんだ、ってその接客がなかったら知ることがないじゃないですか。そういう接客ができたらなぁって」


こんな風にレンは「何が好きなのか」をすごく解像度高く伝えてくれる。人が好きなものについて話すとき、「どうして好きなのか」を話に出すことは多いけれど、好きなものが何なのか、ここまで丁寧に語ってくれると「ああ、この人はこういうところにこだわりを持つんだろうな」って少しずつ見えてくる。レン自身が語ることではないから、それは打算がなくて、澄んだ響きを持っている。

そんな彼が着てきてくれたお気に入りは、同ブランドのデニムセットアップ。カバーオールとペインターパンツは、『Lee』のヴィンテージをベースとしていて、まるで本当に古着をリメイクしたような風合いが目を惹く。

「買ったのは4年前、まだアパレルで働く前で、工業高校を出て製造業の仕事をしていた頃です。昔から『ゲスの極み乙女。』が好きで聴いてたんですけど、ヴォーカルの川谷絵音さんがそれを着ていて知りました。元々古着が好きなんですけど、これを見たときは本当にかっこいいなぁ、って。実はこれ、デザイナーが私物の古着をリメイクしたものを再現したアイテムなんです。Leeのディティールを残しているところとか、このオレンジのテープが張ってあるのとか、めちゃくちゃ刺さりました。当時の僕には、かなり高い買い物でしたね(笑)」

まだアパレルの仕事に就く前、好きなミュージシャンの影響で買った一着。これ以上ないくらいに初期衝動的で、純粋な「好き」の原体験だ。そして、この原体験こそがレンがファッションを生業として「好きなことで飯を食っていく」人生の入口だった。
工業高校を卒業後、就職した時点ではまだファッションに仕事として携わることは考えていなかったという。本人曰く「ただただ、好き」だった趣味としてのファッションは、自ら働いて稼いだお金をつぎ込み、少しずつ古着や好きなブランドの服を買ううちにいつしか仕事として考えるようになっていく。

「出身は湘南の寒川町っていうところです。地元には同じような服が好きな友だちはいないし、家のそばを歩いていても『この人の格好おしゃれだな』って思うことはあまりなくて。自分で好きな服をただ店で見つけて買うっていう以上の楽しみ方はなかなかなかったんですけど…」

そんな折、初めて訪れたお気に入りのブランド旗艦店で受けた接客が大きな転機となる。冒頭で触れた今レンが働いているN.HOOLYWOODのショップ、現在の上司との出会いだった。好きな服を通してお客さんと対話する。レン自身が思うファッションへの「好き」、服を着る、着こなすこと自体の楽しさを共有するコミュニケーションが仕事になると知った瞬間だった。



「アパレルで働こう、って決めてその時働いていた会社を辞めました。まだ次の仕事が決まっていなかったんですけど、思い切って辞めたら何とかなっちゃいましたね(笑)最初は家から近い横浜にあるチェーンの古着屋さんを考えたりもしてたんですけど…なんとなく、本当に好きなことじゃないと続かないな、って(笑)最初から好きなブランドで働こうと思って、N.HOOLYWOODのスタッフに応募しました。そのまま、今もそこで働いているんですけど、やっぱり毎日楽しくて、本当に仕事を変えてよかったと思います」

控えめな話し方は変わらないけれど、この話をしているとき、レンはいつになく楽しそうだった。
好きなことになら、理由なく没頭できる。レンを一言でいうなら、そういうタイプだ。何事にも、没頭することにはリスクがある。体力も時間もお金もかかるし、それが特に仕事となれば思い描いていたこととは違うようなストレスだってあるかもしれない。そういうことについて本人の言葉を借りれば「考えていない」ことがレンの背中を押している。

「直感人間なんですよ。正直、深いことは、何にも考えてないんですけど…好きなことならとりあえずやってみようって思えるというか。ただ、不思議とうまくいくんですよね。このことすら、あんまり自覚したことなくて…今日話していて思ったことですけど(笑)」

この「不思議とうまくいく」という言葉が彼の話で一番自信に満ちていた。きっと、うまくいくのは、好きなことに対して真摯に向き合い、「何が好きなのか」を丁寧に噛み砕いているからだ。多少のリスクを伴っていても好きでいられる、そんな唯一無二の存在と出会うことが「考えないで」できている。本人が考えている自覚がなくても、それは本当に深い思考じゃないか。

直感で気になったことをついついスマホで検索してしまうことがある。行こうと思った場所を行く前から調べて行かないままだったり、悩み続けた挙句機会を逃してしまったり。そういうことは決して少なくないんじゃないか。それは、自分の「好き」を心底信じ切れていないからだ。



高校を卒業したばかりの頃、高い買い物をして買った服を4年以上経った今でも好きでい続けられる。その話からも、ファッションを仕事にする前から、彼は自分の「好き」という直感と向き合うことをやめていないことがわかる。仕事であるファッションは勿論、休みの日の過ごし方や友だち付き合い、日常のごくありふれた一コマでも、それは彼にとってごく自然なことなんだ。

「この間、長期休暇が取れたんです。せっかくだから遠出しようかな、って。どこ行こうか悩んでいたとき、仲良いお客さんと話していたら、『温泉とか、いいんじゃない?』っておすすめしてくれて、愛媛へ行くことにしたんです。温泉入る以外、何も予定を決めてなくて、あとは適当にやろうと思ってました。初日、愛媛に着いて、たまたま立ち寄ったバーで隣になった男の子が同い年だったんです。その子とめちゃくちゃ仲良くなって、翌日から一緒に行動しました。島に宿だけとって、どうやって行くかも決めていなかったんですけど、その子が車で連れて行ってくれました」

さすが、「なんかうまくいく」というだけある。旅を共にする仲間を決めるときも、好きなことを仕事にするときも、彼の選択は間違いない、きっと。自分の「好き」と向き合って、信じること。それができることで人生がこれ以上なく楽しくなることを、彼は体現している。


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稲澤 蓮(N.HOOLYWOODショップスタッフ)
神奈川県出身。工業高校を卒業後、製造業の会社へ就職。会社員として働いたのち、アパレル業界へ転職。現在は自身のお気に入りだというブランドの店舗でスタッフとして働いている。最近ではそのスタイルや佇まいを生かし、同ブランドのモデルとしても活動中。趣味はファッションに加え、音楽鑑賞と旅行。中学時代からロックバンド『ゲスの極み乙女。』のファン。
Instagram:@n_h_ina
N.HOOLYWOOD:@n_hoolywood





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