『another 20th century』のジャケット

Just One Thing #30

『another 20th century』のジャケット

Hiroto Morisaki(スタイリスト)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.04.20

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#30


「わかりにくい場所あるけん、近く着いたら連絡して欲しいわ」

忠告通り、入り組んだ路地裏で迷ってしまった。行先は、スタイリスト、Hiroto Morisaki(以下、ヒロト)の住居兼店舗である一軒家だ。昨年4月に故郷・長崎を出て上京してから、ちょうど1年。東京の足立区、駅から少し離れた下町の一角で予約制の古着屋『森崎洋品店』を営んでいる。



ほどなくヒロトが迎えに来て、入り口まで案内してくれた。高校生時代に買って以来のお気に入りだというベージュのワークジャケットを羽織っている。中には、襟付きのサッカーゲームシャツ、水玉模様の半端丈のパンツとカンカン帽…。

「ずっと、人と被るのが嫌やったね(笑)中学でサッカー部の時も『ナイキとアディダスが被るの嫌や!』ってルコックとかヒュンメルとかわざわざ探して買ってたわ。おしゃれに興味ない頃やし、別に機能の違いとかにも興味ないけん、ただの天邪鬼」

天邪鬼、と自らを称する通り、見たこともないような着こなしが初めて会う人の度肝を抜く。

家の二階、2部屋分のスペースが『森崎洋品店』。気が遠くなりそうな物量と、めまいがしそうなくらいの混沌とした陳列が視界に飛び込んできた。そんな中、畳に腰を下ろしてのんびり話すヒロトと過ごしていると、友だちの家に遊びに来たような感覚になる。



「店に来てくれた人とは、仲良くなりたい。ここまで来るのに相当勇気いると思うけん、相手が嫌にならん範囲で、友だちみたいな距離で、楽しくしようと思ってる。お喋りしたり、コーヒー飲んだり、お菓子食べたりな。うちに来るお客さんはほんと、若い子が多いね。ついこの間来てくれた子も、19歳やったっけな」

服の素材、色、テイスト、出自、ブランド…。あらゆるカテゴリーが介在しない空間だ。そこでは、異質なもの、違和感があるもの、意外なものが所狭しとひしめき合う。そういう感覚をファッションでこれほど味わえる店は他になかなか類を見ない。彼のスタイリングも、「何かがヘン」「見たこともない」と思わせるものでありながら、シルエットや色の組み合わせとしては美しい。そういう違和感の表現に神髄がある。違和感の表現、これはヒロトにとって幼い頃から続けてきたライフワークだった。

「物心ついたときからずっと気持ち悪いもんが好きやね。それこそ、小学校低学年くらいから、植物が人の顔やったり、人面のなんちゃらやったり…そんなんばっかり描いとったな。兄ちゃんも絵描いとって、今思えば結構ヘンテコな絵が好きやったけん、その影響も多少はあるんやないかと思う」

スタイリストとして活動を始めたのも、古着を買いつけて販売するようになったのも、実は上京してから。東京へ来たのは、地元長崎で自身の店を持つための準備として。スタイリングも、『森崎洋品店』のラインナップも、将来的に店でやりたいことを体現している。それまでの生活は、ファッションとは違った領域で違和感の表現をしていた。

「長崎の実家でずっと創作しとったな。コラージュとか、絵とか。今のスタイリングに近い部分があるんかもね。違和感がある組み合わせで、でもなぜかすっきりまとまってる、みたいな。スタイリングも同じやけん、やっぱりおれの場合はファッションのスタイリングも作品に近いもんやと考えとるから」



この日ヒロトが着ていたベージュのジャケットは、そうしたファッションに自己表現を見出すより、ずっと前に購入したものだ。

「最初に自分でセレクトショップで選んで買った服やね。アメカジ、ワーク系ばっかし着よって、デニムは部屋着にして育てるのにハマってた。このジャケットは、コットン地にオイルが染み込ませてあって、使い込むほどに味も出る。ディティールも細かくて、いかにもワークなんやけど、シルエットは今っぽくて、かっこいいんよ」

クラシカルな作りでありながら身体のラインを崩さない比較的タイトなシルエットと短めの丈が現代的。ディテールの配置やバランス感で武骨になり過ぎない、すべてが絶妙な逸品だ。
ヒロトにとってファッションの入口は、長崎のアパレルショップで働いていた兄だった。三兄弟の末っ子だったヒロトと次男の兄。二人の関係性抜きには、今のヒロトを語ることはできなかった。

「兄ちゃん、おれが高校の時に亡くなったんよ。大好きやったね。兄ちゃんのベッドに潜り込んで、腕枕してもらって一緒に寝よったわ。兄ちゃんがいなくなって、(兄ちゃんの)服が家に残ってて、着だしたのが服に興味持ったきっかけ。兄ちゃんがいなくなって気づいたのは、やっぱりおれは家族が大好きやってこと。やけん、できるだけ一緒にいたいと思ってる。一番上の兄ちゃんは東京で働いとって、今おれも東京におるから、親だけが長崎に残ってて。いつ、ってまだ決めてはおらんけどいつかは長崎戻りたいね」

古着屋を長崎でやりたい。この目標も、愛する家族と一緒にいられる故郷で、彼の理想とする店をやりたい、そんな思いが背景にある。





大好きな兄を表す象徴が服で、ワークやアメカジといったスタイル。高校時代のヒロトは、直面した辛い現実と向き合いながら、迷いなくそれを身に纏った。とはいえ、やはり生粋の天邪鬼。丸っきり、兄と同じようには着なかった。兄のスタイルを受け継ぎつつ、自分だけの着こなしを見つけていった。大切な人を失う体験を経て、自分なりのスタイルを模索する中、初めて買った服がこのジャケットという訳だ。

大学時代、進学先の熊本に住んでいたヒロトは古着と出会う。一点物、誰とも被らない、見たこともない、二度と見かけないかもしれない。そういう服たちは、ヒロトの「被りたくない」「変わったものが好き」といった生来の感性に深く突き刺さった。他人がしない、見たこともない、「何かがヘン」な着こなしを愉しむ、唯一無二のスタイルがここから形作られていく。

「熊本でめちゃくちゃ好きな古着屋があったんよ。古着屋の中に喫茶スペースがあって、コーヒー飲みながら喋ったりたむろしたりできて。それが理想やったけん、おれの店もそうしたいなって」



その理想像は、ヒロトが幼い頃から続けてきた違和感の表現を面白がる、仲間たちのたまり場、秘密基地のような場所だ。彼が大好きな家族のすぐそばにあって、仲間が彼の元に集まる。ヒロト自身が一番自由に思うがままにスタイルを体現できる空間。

兄の服を手に取った時とは、大きく着こなしも変化した現在のヒロト。それでも、この日着ているジャケットを始め、兄のスタイルを受け継いだ服をいくつか持っている。住む場所や着る服が変わっても、大切にしたいこととか、表現したいこととか、そういうずっとヒロトが持ち続けているものたちの中に、このジャケットもあるはずだ。

当面の間は東京にいるらしい。これからヒロトが創りたいものと、これまで大切にしてきたもの。その今が『森崎洋品店』には詰まっている。いつまであるかはわからないけれど、あの路地裏の家へ、また足を運ぼうと思った。


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Hiroto Morisaki(スタイリスト)
長崎県出身。予約制の古着屋、『森崎洋品店』店主。古着のリメイクやスタイリストとしての活動も行っている。素材やブランド、ファッションのテイストや年代といったあらゆるカテゴリーを超えた、ジャンルレスで唯一無二のスタイルで支持を集めている。ポップアップや過去のスタイリングはInstagramから見ることができる。
Instagram:@hiroto_morisaki
森崎洋品店:@morisaki_youhinten



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