Just One Thing #42
『Rollbahn』のリングノート
関口楽菜（『Puppy's』店主）
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2023.10.19
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#42
「作りたいのは、おいしくてかわいいもの！」
ポップアップのドーナツショップ『Puppy’s』の店主、関口楽菜（セキグチラナ、以下ラナ）はそう言って、少し考えた。
「……でもやっぱり、おいしいことが大事かな（笑）」
ラナが作るドーナツは、ふわふわな手ごねの生地で、それに相応しいふっくらとしたフォルムがかわいらしい。ただ見た目が華美なのものとは違って、食べたいと思わせる「おいしそう」な見た目、思わず手に取りたくなる愛嬌のある「かわいさ」、そして味。これらがすべて揃っている。
幼い頃から料理好き。そして、『シンプソンズ』や『スポンジボブ』のようなポップでカラフルなアメコミも大好きだったというラナ。物心がついて、好き嫌いが形成されていく過程で「おいしい」と「かわいい」は彼女の中で楽しい記憶と共にごく自然に結びついたのかもしれない。
『Puppy’s』のロゴは、ラナ自らが描いたもの。ピンクを基調にしたラフなドーナツのイラストはスウェットやトートバッグといったグッズに落とし込んでもかわいくて、何よりドーナツのイメージとぴったりはまる。
「ドーナツ屋さんをやりたいなと思ったのが一昨年なんですけど、そのときから使っていて。やりたい！って思ったことを書き込むために使ってます」
そう言って、カバンから『Rollbahn』のリングノートを取り出した。B5サイズで表紙はメタリックシルバーに塗られている。
「本当は去年のやつなんですけど……。あんまりカレンダーとか日記としては使っていなくて、メモ帳として。最初はドーナツのイメージとか、その時やりたいと思った味とか、オープンにあたって必要な物とか。もう、ぐちゃぐちゃですね（笑）初日の思い出が詰まってます」
開いたページには、完成イメージと思われるドーナツのイラストとレシピ、その他アイディアが書き綴られていた。日記を手に取ったのは、ちょうど『Puppy’s』として一人で活動していくことを思い立ったタイミング。それまでチェーンのパンケーキショップの店長や専門学校の講師として働いていた彼女にとってターニングポイントといっていい。
「パンケーキ屋さんに3年くらい勤めて、異動になるかもって話が出たんです。その時、自分の年齢的にもずっとこのままやりたいことができないままなのは、『なんか面白くないなぁ』って思っていて。『やりたいことやろう』と思った時に『お菓子を売れたらいいなぁ』というのがあって。ドーナツってめっちゃかわいいじゃないですか（笑）ドーナツを食べてる人も、ドーナツそのものも。それだけで決めましたね」
かわいくておいしいものを作りたい。この願望をそのまま形にしたい。当時の思いがそのままこのノートに詰まっているようだ。
ただ、意外なことにノートの状態は結構きれいなままだ。ページを見ても、2年近く使っている割には空白が目立つ。
「いつも持ち歩いたり、常に書き込んだり、っていうわけでもないんですよね。結構、普段はスマホに打ち込んだりしているし」
このノートにラナが綴るのは、ドーナツ屋を始めると決めた日と同じように何かしらの節目となるタイミングのようだ。
「人と会ったときかなあ……書きたくなるのは。なんかこう、人と会うことでやりたいことが湧き上がってきて、それを後から見返せるようにノートに書いてる感じというか」
誰にも見せるはずのない、自己内省のための道具ともいえるノートが人と会った時にこそ手に取りたくなるというのも興味深い。ラナが人に敢えて会うのは、きっと単なる偶然ではない。というのも、やりたいことが湧き上がること、人に会うことで自身に起きる変化を彼女自身が認識しているからだ。それは果たして、どんな時に訪れるのだろう。
「今の自分に飽きてきたとき。『落ち着いてきちゃったな』って思ったら（人に会いたくなる）。時間が余ったり、満足してしまったり、そういうときに思います。パンケーキ屋さんでいえば、すごく周りの人が良くて、仕事にも慣れて、刺激が欲しくなってしまったんですね。習得してしまうとそれ以上はないというか、そう思ってしまうと続けられないので」
実際にこのノートを初めて手に取ったとき、ラナはとある人の元を訪ねている。
「専門学校で講師をしていた時の生徒がそういえば今バーガー屋さんでドーナツ作っていたなと思って。その子に教えてもらうことにしたんです」
実はその元教え子こそ本連載で過去に登場しているバーガーショップ『Crane』の店長（掲載当時は副店長）ナオトだった。
人に会うことで影響を受ける要素はあっても、彼女が好きなことややりたいことは最初から決まっている。それを実行に移すときに知見を持っていたり、力になってくれる人だったり、刺激をくれる人だったり、そういう人と会いに行く。やりたいことが見えているからこそ、会いたい人も浮かんでくるはずだ。
「パティシエっていう意識はなくて、なんならドーナツだけのお店にするつもりもないんです。サンドイッチとか、ケーキとか、やりたいことはどんどんやってみて、他のものも作っていけたらなあって」
ラナ自身が作りたいものが次から次へと出てくるおもちゃ箱のようなお店が『Puppy's』の目指す理想の姿。それは、既に彼女の頭の中では思い描かれている。原点はノートの中に刻まれた最初の日。当時から、それより前から「かわいくて、おいしいものを作りたい」という思いは変わらず、それを形にしていくための場として続けていくのだろう。
日々繰り返して、何かを習得していく過程で、飽きてしまうし、本当にやりたかったことが何だったのか見失ってしまうことがある。そんなときに、本当にやりたかったことを忘れないために、背中を押してくれる誰かと会う。そして、自分と対話する。
今度ラナがノートを開くとき、どんなかわいいもの、おいしいものが浮かんでいるのだろう。その時、ラナはまるでおやつを待つ子どものようにワクワクした目で厨房に立っているはずだ。
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関口楽菜（『Puppy's』店主）
茨城県出身。上京後、カフェ、スイーツを扱う専門学校へ進学する。卒業後は専門学校の講師、パンケーキ店の店長を経て、フリーランスの道へ。現在はポップアップ限定のドーナツ店『Puppy's』として活動している。『Just One Thing』にも登場した『Crane』の店長、ナオトは彼女の教え子。
Instagram：@skg___95
Puppy's：@puppys__2021
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。
