きっかけ

Emotion 第35話

きっかけ

Contributed by Kite Fukui

People / 2023.09.06

「唯一無二の存在になりたい」オワリと「計画的に前へ進み続ける」カイト。ありふれた日々、ふわふわと彷徨う「ふさわしい光」を探して、青少年の健全な迷いと青年未満の不健全な想いが交錯する、ふたりの物語。


第35話

カイトがボードを持って来るまでの間砂浜に座りニューサマーオレンジを食べている。左の岩場からは綺麗な波が割れていて海の中でぷかぷかと浮かんでいるサーファーが羨ましく思う。

彼らもまた、海の中から左で割れる波を羨ましそうに見ていた。どうして移動しないのだろう。彼らが波を待ってぷかぷかと浮かんでいる場所にはいつまで経っても波は来ないし、来たとしても1つの波に対して人数が多すぎるから乗れる可能性はとても低い。左側へ少し移動すれば誰もいないし波数も多いのに。なぜ彼らは移動せず、何度も何度も左で割れる良い波を眺めているだけなのだろうか。そんなに今の場所が好きなのか、誰かがいるから安心するのだろうか。全員知らない人でも、同じサーファーとして海に入っているだけでそんなにも安心するのだろうか。

1人の男性が海から上がって来た、とても満足したような爽やかな表情をしている。しかし、僕は彼が数本しか波に乗っていない事を知っている。大きく動くこともなく、立って横に走り浅瀬になってボードから降りただけだ。何が彼をそんなにも楽しませたのだろうか。男性は、砂浜に置いてあった自分のトートバッグからタバコを取り出し火をつけた。ふぅ〜。と気持ちよさそうにタバコを吸いながら、やはり左で割れる波を見つめている。「あそこはよさそうだな」と考えているのだろうか。

何度も何度も、誰も乗っていない綺麗な三角形の波をみんなが見つめている。

きっと、誰か1人があそこへ行ったら自分が良い波だと思った事に確証を持てるのだろう。きっと誰かがあそこで波に乗ったら羨ましくなる前に行動するのだろう。僕はそう思った。なぜ最初の1人にならないのだろうか。波に乗って転んでみんなに見られるのが嫌なのか、良さそうと思って来てみたけれど全然良くなかった時にやっぱりか。と他人に観察されるのが嫌なのだろうか。

もしかしたから、彼らは乗れるかわからない波に乗って楽しみたいのではなく、乗れる波に乗って楽しみたいのかもしれない。乗れるかわからない波に乗れるかどうかは、自分がどれだけサーフィンが出来るかどうか知っていなければならない。もしかしたら、彼らは自分がどれだけ出来るのか。同じレベルの人が波に乗っている姿に自分を投影して出来るか出来ないか判断しているのかもしれない。

だから、誰もいない場所へ行かないのかもしれない。

そう考えると、なんとなく気持ちはわかる気がする。初めて訪れる中華屋さんで、本当はラーメンが食べたい気分だけれどももしかしたら味が薄かったり濃かったり。麺が柔らかめだったりするかもしれないから、周囲を見渡して麺かご飯かどちらを頼んでいる人が多いか見ることがある。きっとそれと同じなんだろうな。


続く



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