Just One Thing #58
ヴィンテージのローファー
吉田美柚(フリーター)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2024.06.27
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#58
以前、この連載に登場してくれた古着屋『Xiaoそなちね』の店主、カザム。彼曰く「半分スタッフみたいなもんっすね」という常連客がいる。前橋市内在住のフリーター、吉田美柚(ヨシダミユ以下、ミユ)。古着屋の開業を目標に掲げ、アパレルスタッフや飲食店等、いくつかのアルバイトを掛け持ちしている。
「さっき、親知らずを抜いてきたんですけど……。痛くてうまくしゃべれないかもです」
笑いもせず、低めのトーンで言っていたことを考えると、まだかなり痛むようだ。そんなこの日の彼女はノーカラーシャツとスカートを着ていた。イエローのグラデーション、レトロなデザイン。足元にはコンビネーションのタッセルローファーを履いている。どれもあまり他所の店では見かけない物だから、なんとなく『Xiaoそなちね』で買ったんだろうなと勘づいた。
「ここに来てから服の趣味が結構変わったと思います。元々は本当に“普通の大学生”っていう感じだったんですけど、自分が本当に“かわいい”って思えたものを選ぶようになりました」
無意識的にみんなと同じような服を着ていた頃から、自分が好きな物を手に取る今。自分自身が着る服の判断基準や目線の置く場所が違ってくる。ミユにとってその大きなきっかけとなったのがこの『Xiaoそなちね』、そして中学時代からの男友だちだった。ちなみに、この日履いていたローファーは彼から譲り受けたものだという。
「今は大阪にいるんですけど、ある時『サイズ合わないからあげる』っていうちょっと“謎”な理由でくれたんです。『ミユっぽいから』とも言ってくれたと思います」
それまで手に取らなかったようなものを着るようになる。古着屋であったり、ファッショナブルな友人であったり、人とのかかわりがあってこそ生まれることだ。そんな体験を経たミユは来月から東京へ引っ越す予定だという。
「古着屋をやりたいんです。自分のお店を持ちたい。東京か群馬、どっちか好きな方でやりたくて」
古着屋をやるからにはどんなお店にしたいのか。
「特定のテイストとかジャンルがめちゃくちゃ好きっていうよりは私個人がいいって思えたものを扱っていきたいです。あとは、お客さんからも刺激を受けたい、っていうのもあります。お互いに刺激を与え合えるような場というか。そのためにも、東京でとにかくいろんな人に会いたいし、色々なカルチャーを見てきたいと思います」
既に言葉になっているジャンルではなくて、ミユの感性に合うような人やモノが自然に集まってくる。対話をして、対話の中からファッションや空気感が生まれていく。そんな場をイメージしているんじゃないか。ここでいう人やカルチャ―は、ミユにとってどんなイメージがあるのか。ふと彼女は店先で談笑するカザムとその仲間たちへ目を向ける。
「まさに、ああいう場なんですよ」
『Xiaoそなちね』には、地元で音楽をやっている人やこれから服飾専門学校へ通う高校生、近くの学生、年上のクリエイター等、年齢職業を問わず様々な人が集まってくる。それぞれがやりたいことを自分なりの形でやっている。お互いの専門的なことは分からないけれど、それを応援しているし、認めている。刺激を与え合う、矢印がお互いを向いている。そんな当事者意識のある場を彼女は目指している。
既にやりたいことが決まり、目指す方向性も見えてきているミユ。上京も決まり、これから夢が叶っていくタイミングだ。それでもミユは自信が持てないという。
「結構、夢を口に出す方なんです。『古着屋さんをやりたい』ってずっと言っていて。でも、何年かかるかわからないし何をしたらいいかもわからない。そのことをわかってくれる人にだけ言えばよかったのかもしれないけど、理解がない人に否定されることもあって」
当事者でもないのに上から他人の話を否定して来る人は、一定数いる。悲しいことにこれは事実だ。それをしてくる人にとっては当事者でないからこそ傍から聞いたら恐ろしいほどに無遠慮で、配慮もない。
「『結局なんもやってないじゃん』って言葉を最近、特によく言われいて。それこそ『東京に行きたい』って言えば 『結局どうせ行かないんでしょ』とか『行ってないじゃん』とか、もう、ほんとほんと……。東京に行くのだってお金を貯めなきゃいけないし、何もかも、そんなすぐに思い通りにいくわけないんですけどね」
同じように夢を持っている人からすればそれは当たり前のことだ。「夢に向かって動いている」と誰の目にもわかるくらいの成果が出始めるまでにかかる時間は人それぞれ違う。その分、目に見える成果が出ない準備期間はとにかく自己肯定感が下がりやすい。
そんなミユを支えてくれる存在がこの日履いている靴を譲ってくれた友人だった。夢を話したとき当時の彼女にとって初めて真剣に聴いてくれた人。それが彼だ。
「私以上に、泣いて喜んで話を聴いてくれて。『何ができるかわからないけれど、力になりたい』って言ってくれたんです」
ミユにとって、一番自信がなかった時。自分自身の行動にすら後ろめたさがあった時。その友人と再会したのがまさにそういうタイミングだった。
「成人式の時です。まだこのお店に通う前で、大学を辞めたばかりの時。古着屋をやりたいのか、別のことをしたいのか、何をしたいかわからなくなって迷走していたんです。中学生の頃はパートナーだった人で、5年くらい会っていなかったからお互いに『変わったね』って。思ってたのと違った。多分彼が思う自分の姿も、自分が思ってる彼の姿も全く想像とは違って。でも、私から見た彼はその時憧れている人には近い人だったんですよ」
特に何を目指すかを決めずに大学へ入ったというミユ。改めて自らの夢を描こうにも、踏み切れない時期だった。そんな彼女が久々に会った友人は装いも生き方も自分の思うがままに道を進んでいた。
「音楽好きな人で、着ている服装にもそれが出ていたんですけど、ファッション以外でもとにかく自分を絶対に曲げないんです。だから、どんなに時間を使ってでも、目標を叶えるまでは頑張ろうっていう気持ちがめちゃくちゃ強い。言ってしまえば、頑固なのかもしれないですけど。あの気持ちの持ちようは、自分にはできないし、何よりも自分の夢を最初に取る人だったので」
周囲には理解されないくらい。傍から見たら狂っているくらい、滑稽なくらい没頭できること。そういう人を見て、輝いて見えた。
「夢のために必要な勉強にずっと時間を費やしているんです。大学生って一番遊びたい時期じゃないですか。旅行とか、友だちとサークルで遊んだりとか。でも、彼は夢のためを優先する人なんです。私と会っているときでも、それが伝わってきて、本当にすごいなって」
信頼し、尊敬する彼からの応援はミユの背中を強く推してくれたに違いない。何よりも彼女にとって心強いのは、そんな友人から譲られたローファーを履いていることだろう。感性にも、生き様にも惹かれている長年の付き合いがある相手からの贈り物。「ミユっぽいから」これ以上うれしい言葉はなかなかないだろう。
信じている相手、尊敬している相手から見える自分。自分を信じることができなくなってしまった時に、支えになってくれるはずだ。それをつなぐもの、アウトプットするものとして、ファッションが果たす役割は大きい。その人自身を表現するものだとしても、それがその人個人の主観がベースなこともあれば身近な人から見たその人の姿をインスピレーションにしていたっていい。今彼女が『Xiaoそなちね』やその友人から提案されたスタイルを自分なりに噛み砕いて着ているもの。それこそが今のミユの姿だ。
話も終わり、店先で常連たちとけん玉をして遊んでいたときのこと。ミユはおもむろにスマホをみながら表情を変えた。
「カザムさん!物件の審査通りました!」
さっきまでの浮かない顔はどこへやら。今にも飛び跳ねそうな顔をしていた。来月から始まる新しい生活。ようやく、彼女の夢が大きく動き出すはずだ。
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吉田美柚(フリーター)
群馬県出身。大学へ進学するも、途中で自らの将来に疑問を持ち、中退。自身がオーナーとして古着屋のオープンを目指し、フリーター生活を送る。2024年7月から上京するとのこと。
Instagram: @ys.__po
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。