ハンドメイドのカーディガン

Just One Thing #31

ハンドメイドのカーディガン

momo(『いちのひ』シェフ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.05.04

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#31


「今日会う場所だけど、川辺とかどうでしょう」

雲一つなく晴れた、4月の日曜日。桜が散って、柔らかい風が吹き抜ける日。なんて素敵な提案だろう。



蔵前。それは、東京の中心部からほんの少しだけ、地図の右側にそれた場所だ。隅田川沿い、古くからある下町でモノ作りの街。それと同時に、近年では、国内外から旅人がやってくるバックパッカーの街でもあり、クリエイターたちの活動拠点ともなっている。

フードディレクターのmomo(以下、モモ)も、そんな蔵前にゆかりがある一人。蔵前にある、カフェやイベントスペースも併設したゲストハウス『Nui.』に長期滞在していた。『Nui.』のカフェスペースでゲストシェフとして料理を振舞ったり、同じく『Nui.』に住んでいた仲間とポップアップを出店したり、活動拠点としても重要な場所だ。



「第二のふるさと、東京の『庭』ですね(笑) 東京の深さを知れた場所だし、お気に入りの街です」

水出しコーヒーを一杯買って、隅田川の河川敷へ向かった。4月にしては例年より暖かいといわれていたけれど、川辺は風が強くて少し肌寒い。モモはパープルのウールガウンと、カーディガンを重ね着していた。ガウンの下に着ているカーディガンはオフホワイトのウール地で、金ボタンや刺繍がついた一品。これこそが彼女のお気に入り。

「服を作った人とか、それを買った人、そういう『人が見えるもの』が好きです。これは、おばあちゃんのお下がり。お下がりを着ることがすごく多いですね。応援されてるし、強くなれるし、ハッピーになれるから。着ていると、おばあ、おかあ…みんなが応援してくれてる!って」

和裁師であった祖母から譲り受けた服は、モモが故郷・山口県山陽小野田市に暮らす家族との心の繋がりを実感する上で欠かせない。繊細で手の込んだ刺繍や、複雑な装飾が施されたボタンがついたカーディガンは、世界に一つだけで、代わりが効かない。だからこそ、祖母の存在を感じられる。



人とのつながりが感じられること、その人のことを思い起こすこと。これは、ファッションに限った話ではなくて、彼女が一番大切にしていることでもある。
例えば、モモが料理を振舞うようになったことにも、家族、そして周囲の仲間たちとのつながりが大きく影響している。

「ちっちゃい頃から、家に知らない人が当たり前にいました。地元は、東京よりも韓国とか台湾からくる方が近くて、旅行客がたくさんいるんです。お父さんは英語と韓国語が話せるんですけど、道に外国人がいたらブォンって車を停めて声をかけちゃう。『うちに来ませんか?』って(笑) エアビーとか、ゲストハウスっていう概念が少なくとも私の地元にはまだなかった頃なんですけど、それと同じことを無償で、趣味としてやっていました」

そんな特殊な環境は、幼いモモには「少し恥ずかしかった」ようだけど、そういった日常の中で最初の料理体験があった。

「いつも、お客さんと家族みんなでホットプレートを囲んでごはんを食べるんです。話すのが恥ずかしくて、積極的にごはん作る係をやってました。瓦蕎麦とか、よく作ってましたね」

進学と共に上京し、都内へ住んだ後も、不思議と料理をみんなに振舞う機会が多かった。

「最初に住んだ部屋がみんなのハブみたいになって、よく料理を作ってました。その後、お姉ちゃんが一緒にバイトしていたコーヒー屋さんで夜、間借りスナックみたいなことを始めて。そこで私が料理を作るようになりました」

その後は周囲の仲間たちと一緒にポップアップをやったり、たまたま知り合ったコミュニティスペースのオーナーから頼まれたり、徐々にキッチンへ立つ機会が増えた。



「自分から『料理がやりたい!』っていうのはあまりなくて。気づいたらやっていた感じですね。みんなと一緒にいる口実なのかもしれないです(笑)もしかしたら料理じゃなくてもいいのかもしれない」

みんなとのつながりを感じるための存在として、料理がある。だから、彼女が何よりも大切にしているのはそのイメージの共有だ。

「イベントをやるときは、必ず絵を描いたり、色でイメージを共有するようにしています。私が持っているイメージは、他の人にわかるようにしなきゃ伝わらないと思っているから。あとは、たまたまその時近くに合ったものを使って料理を作ることが多いです。これは、物理的に近いという意味もあるけれど、色々な意味で。知り合いの特定の生産者さんから仕入れた野菜を使ったり、おばあちゃんから送ってもらった食材を使ったり」

感覚的なようで、本人のイメージを伝えることには非常に丁寧で試行錯誤を繰り返す。それはまさに、モモの料理が人と人とをつなぐもので、お腹を満たすことだったり、おいしいものを食べたい欲求だったり、そういう基本的な食事の機能以外の面にも重きを置いていることがわかる。



「本当は、人と関わることが苦手なんです。独りの時間を大切にしたいと思ってます。大人数と関わるとき、パニックになっちゃう。人の関わりには、レイヤーがいくつかあると思うんですけど、表面的にただその場だけ一緒にいることは疲れちゃう。本当にもっと深い層で繋がりを感じていたいし、本質的なつながりを持っていたいですね」

少し意外だけど、よく考えてみたら腑に落ちる。きっとそういう本質的なつながりを得られる体験こそが、モモが提供する食事をみんなで一緒に食べる場であり、モモが共有するイメージということだ。結果として、それが今は料理であるだけで、これからは他の何かになるかもしれない。

「ゲストハウスの『Nui.』に住んでいた頃、他に住んでいた人たちには本当にいろんな『ニンゲン』がいました。旅をしている人もいれば、この間までホームレスだった人もいて、仕事も国籍もみんな違って、会ったことがないような人たちばっかり。そういう中で、気づいたのは、みんな寂しいんだなってことでした」

考え方も、正義も、生きる上での大切なものもみんなそれぞれ持っていて、それらはすべて違う。だから、「人間」という均質な概念ではなくてバラバラな「ニンゲン」たち。そう考えているという。同じ建物で共同生活をしていて、考えがすれ違った時に、衝突も起きる。それでも、敢えて向き合うこと、感情をむき出しにすることで、理解しあえた体験があった。



理解されない本当の気持ちや、言葉にできない価値観。そういったものにあえて触れないように、表面的な付き合いを続けていくことが今の社会では当たり前にある。会社も、学校も、場合によってはプライベートな付き合いでも。そうした中で感じる寂しさへの処方箋が彼女の作る料理であり、それをみんなで食べる時間だ。人と人との心の繋がり、そしてそれを繋ぐ料理の原体験となった家族を思い起こす、祖母からのお下がりが今の彼女にとっても手放せない。

和裁師だった祖母とは、毎日学校から帰って夕食まで3時間話していたという。なかなか生活していて同じ相手と何度も3時間話す機会なんてない。たとえ家族であっても。当時は全く意識していなかったけれど、その対話こそが彼女にとって心で通じ合う最初の時間だったのかもしれない。

こうして、誰もが抱えている寂しさとの付き合い方を見つけているモモの元には、今日も同じ感情を抱えた仲間たちが自然と集まってくるんだ。


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momo(『いちのひ』シェフ)
山口県出身。蔵前のゲストハウス『Nui.』を拠点に料理を振る舞うポップアップ『いちのひ』のシェフとして活動してきた。最近、拠点を吉祥寺へ移し、Book Mansionにて開催されるカルチャーイベント『Waltz』のフードケータリングや日本橋のソーシャルバー『Porto』にも出店している。
Instagram:@ichinohika

 

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