斉藤友昭

HITOTABI By Luke Magazine #1

斉藤友昭

Contributed by Daijiro Inaba

People / 2021.07.13

ー旅の数だけ出逢いがある。
人生の旅を続ける人材コンサルタントDAIJIROが、これまでの旅路で出逢った「自らの人生を変えたこの人!」との対談を綴る”HITOTABI”。それぞれの人生に込められたドラマをたっぷり掘り下げながら、数々の出逢いの中でDAIJIRO自身が学んだことをお届けします。第1弾は、神奈川県の理科の教員である斉藤友昭さん。


 

いよいよ僕がずっとあたためてきた連載、”HITOTABI”が始まります!
今回のゲストは、神奈川県で理科の先生をしている斉藤友昭さん。氏が挑戦している世界、教員の道を歩みだしたきっかけ、日々の活動の中に込められた思いをたっぷりと聞かせていただきました!




 

「手乗りサイズの象」


Daijiro(以下D):斉藤さん僕とは かれこれ1年以上のお付き合いになりますね。現在は生物の先生をされているかと思うのですが、改めてこれまでのキャリアについて教えてください。

斉藤氏(以下S):そうだね、高2の秋ぐらいの時に「手のりサイズの象を作りたい」と思ったのがきっかけで、「よし、俺の人生は生物学で行こう! 大学院行って研究者だな!」まで、決めたんだよね。

D:手乗りサイズの象!?  なぜ!?

S:「バイオテクノロジー」って言葉がそのころ世の中に出ていて、グリフォン、キメラ、ユニコーン、ペガサス、とか「生物を創る」とかっていうことが「神の領域」というか、すごく興味があったんだよね。生物学がもともと好きで、DNAの話とかは特に好きだった。それで考えていたのが「象を小さくするくらいなら俺にでもできるんじゃないか…。手のひらサイズの象を作ってペットで飼いたいな」とか思ってたんだよね。

D:面白いですね!  そこからどう育っていったのか聞きたいです。

S:大学もスムーズに入って、大学3年生になってから入った研究室の先生が定年を迎えることもあって、他の大学院に行ったんだよね。そこで大学院生ながら学部の教職課程受けさせてもらうって話をしていたら、他大学から来た院生が「そこの学部の教職課程受けるなんて、前例がないからダメだ!」 ってなっちゃって…。大変だった。どうにか通って、教育実習は2,3個下の子たちと一緒に行ったんだ。

D:「手乗り象」の夢はどうなったのですか?

S:研究室のテーマが「トランスジェニック」っていって、「遺伝子を導入して普通じゃない生物を作る」みたいなところだったから、想いは継続していた。だけど、大学1年の時から続けていた塾講師のアルバイトにもすごく大きな影響を受けていたんだ。「やったらやった分だけ反応が返ってくる」ということに、すごくやりがいを感じるようになってたんだよね。だから、先生という将来も本格的に考え出してた。大学院に入ったころにはもう、研究職よりも先生になりたい気持ちの方が強かったかもしれない。

D:就職活動はしなかったんですか?

S:1社だけ受けた。でも、ダメでさ。そこで感じたのは、もちろんただ実力がなかったってこともあるだろうけど、俺は先生になりたいんじゃないかってこと。

D:教員になったのはいつですか?

S:教育免許が取れたのが大学院卒業してから通信教育で勉強して3年後。3年間フリーターしながらだったから大変だったけど、免許取ってからは、公立高校の非常勤講師をやってた。それで29歳の時に今の学校きて、31歳で本採用になった。振り返れば先生になりたい一心だったから、いつからか「手乗りの象」はいなくなっていたなぁ。

 




(上から)職場から見える小田原城/ 授業で使うレゴ(O2とCO2とH2Oと人形)/校庭

 

 


「生物『で』学ぶ」


D:大切にしている信念・言葉は?

S:「生物を学ぶ」ではなくて「生物で学ぶ」ことだね。授業ってそもそもは知識の伝達だから「生物を学ぶ」が基本なんだろうけど、自分は授業を通じて「生き方、考え方、学び方」みたいなことを学んでもらえたらいいなって思ってる。ある人からの受け売りなんだけど。確かに知識が伝達されるだけではつまらんなって共感したんだ。

D:具体的にはどんなことですか?

S:自分なりの学び方を見つけてほしいと思って「ノートを書く書かないは任せる」ってやり方をしている。自分の過去を振り返ると、黒板に書いてあることを書き写したノートを後から見返したことがない。ノートを書いているときは、話していることが耳に入らなかった覚えがあるんだよね。ひとつのことに集中するタイプだったんだと思う。それもあって「ノートは書きたかったら書け、話をじっくり聞きたいやつはじっくり聞いてくれ」ってスタイルにしていてね。生物の時間を使って自分に適した学び方を身に着けてほしいんだ。だから黒板を携帯の写真で撮影したっていいと思うんだよね。教えることは全力でやるけど、学びの責任は生徒にあるから。自分のスタイルを生物で見つけてほしい。

 






(上から)愛用のトロンボーン/愛用の自転車/クライミングウォール


「未来へのメッセージ」


D:教育の仕事を通して成し遂げたい事は何ですか?

S:でっかい話になるけど、「幸せになりたい」。俺が。俺の幸せは他力本願。周りの人が幸せだったら俺は幸せ。生徒が幸せになってくれないと俺は幸せじゃない。だから生徒に幸せだと思ってもらえることをしたい。

D:「斉藤さんによって幸せになった!」って人を増やしたいってことですかね。

S:いや、違うんだよね。「俺によって幸せにすることができた」じゃないんだよ。ただ関わった人には幸せになってほしいっていう思いが強い。だってそれが俺の幸せだからね。例えば、生徒が将来、学生時代を振り返ったとき「あの瞬間が自分の人生に良い影響を与えた」なんて生徒が言ってくれてたらすごく幸せだけど、俺はあくまでも主役じゃなくていいんだよ。

D:HITOTABIの読者にメッセージを。

S:「行動してみよう!」怖いかもしれないけど、とにかく動き出した方が何かできるんじゃないかなって思う。やっぱ動かないとどうしようもない。人生を通して、「動くとどうにかなることがある」って実際に思うからね。大学院の時の教育実習も、「特例の特例」とか言われながら教職とれたのは、行動したからだと思うから。

D:最後に、10年後の自分にメッセージをお願いします。

S:「納得いってるか?」 って聞いてみたいかな。

教育への燃えたぎる思いを聞かせていただいた、本当にアツすぎる時間でした。いつもその場を温かくしてくれて、どんな人でも受け入れてくれる。そしていつでも新しいことに挑戦し続ける斉藤さん。今後も共に旅を続けていきましょう! HITOTABIは続く。

さいとーともあき SAITO Tomoaki
1975年、横浜生まれ神奈川県小田原市の私立相洋中学・高等学校にて、中高理科(主に生物)を担当。大学院在学中から塾講師、ピザ配達員を経験し、修了後はそれらに加えて公立高校非常勤講師を経て、現在に至る。多くの人が幸せな人生を送れるような教育活動をしたいと、日々奮闘中。教科「を」学ぶよりも、教科「で」学ぶを重視し、「生き方や学び方を学ぶ」を最優先にする授業を展開する。

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