『RHC』のベスト

Just One Thing #54

『RHC』のベスト

yuzuchirol(バリスタ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2024.04.18

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#54


「仕事が終わったら、よくここに来ています。服はだいたいこのお店か、代々木上原にある『ARCHWAY』っていう古着屋さんかなあ……。あと私、旅先でよく服を買うので、持っている服は海外で一目惚れしたものが多いかも」

仕事帰りだというバリスタのyuzuchirol(以下、ユズ)。日本橋にあるカフェで働きながら、イラストレーターとしても活動している。



お気に入りの店だという『Droomtuin Vintage』はユズが働いてるカフェからほど近い場所にある古着屋。ユニセックスの古着に加え、花、アンティーク等を置く店の色合いは鮮やかで、どこか他の古着屋にはない温かみや明るさを感じる。

ユズが描く絵は、花や動物をモチーフにしたカラフルで柔らかみのあるタッチのものが多い。以前、この店で展示をしていたこともある。刺繍や手編みなど、一点物のヴィンテージが目につく『Droomtuin Vintage』の空間はどことなくユズの作品と“同じ世界”にあるように思う。

この日ユズが着ていたベストも、花の刺繍が印象的な一着だった。彼女の一番のお気に入りで、自身の展示や大切なイベントの際にはいつもこれを着ているという。



「2年前の9月、豊洲の『Ron Herman』で買いました。お母さんと買い物にきていて、フラっと寄った時に偶然見つけて。とても自分ですぐに払える値段じゃなかったんですけど……。どうしても欲しかったからお母さんと半分ずつ出して買いました」

好きな服を思い浮かべると、一目惚れして買ったものが多いというユズ。「一目惚れした服は、最初お気に入りだったけれど、飽きて手放してしまった」そういう人も多いかもしれないけれど、彼女の場合、そういう服ほど長く手元に残るらしい。

「毎年、今くらいの時期(3月の終わり)に断捨離することが多いんです。手放す服のタグを見たら、数年前に『ZARA』とか『COS』とか、ファストファッションで買った服が多くて。逆に他で手に入らないような、一点物で一目惚れした服はずっと持っているんですよね。それこそ、これとか、古着屋さんで買ったヴィンテージクロスとか」

長く手元にあるものでユズらしいスタイルが構成されていく。だからこそ、ユズが好きな物は一目でわかるし、絵や好きなお店、選ぶ服がどことなく近しい世界観を感じさせるのかもしれない。

高校生になるまではファッションに興味がなく、むしろ親に連れられて服屋に行くのが嫌だった。そんな彼女がファッションに興味を持ちだした当初は、ファストファッション全盛期だったということもあり、今とはかなり違ったテイストが好きだったようだ。

「今みたいな服が好きになったのは、ロンドンへの語学留学がきっかけです。(ロンドンの)コロンビアフラワーマーケットへ行ったときのことをよく覚えていて。一般の人も入れる花市場で、花を買いに来ている人たちってすごく“かわいい”んです。花って生活に必要ない物だけど、それを敢えて買いに来る人だから、他の人がしないような服装をしてる。ファッションとして意識しているのかどうか、わからないくらいの(笑)。でも、色使いとか身に着けているものとかが本当に素敵で、こっそり写真撮ってました」

いわゆる“ファッショナブル”な人というよりは、通りすがりのおばあちゃんがすごく素敵に見えた。たまたまかもしれないし、本人にしかわからないこだわりがあるのかもしれない。そんなチャーミングで自然体なロンドンですれ違う人の姿がユズにとって大きな影響を与えていた。

「元々ロンドンのファッションに興味があったとか、ロンドンの何かを見たかったとか、そういうのはなくて。お姉ちゃんが留学していて私も行きたかったのと、バイト先の憧れの先輩がロンドンに行っていたのと、きっかけはその2つ。ほとんど直感に近いですね」

ほんの少しの偶然と、直感。かえって先入観なく踏み入れたからこそ、すれ違う人が印象に残ったのかもしれない。絵を描き始めたのも、ちょうどその頃。インタビューの途中、ふとカバンから日記を取り出した。中にはイラストがびっしり。



「絵日記です。ロンドンにいるとき、始めました。毎日描いているわけじゃなくて、描きたいことがあった日、手に取るようにしてて。その意味では服も絵も、その場の一目惚れとか、気持ちが動いたときとか、『今だ』っていうときを大切にしています」

留学から帰ってきて、ベーカリーで働いたあと、カフェでバリスタとして働きだしたのが2023年4月のこと。それもやはり、直感的なものだった。

「今、楽しくできるかなっていうのがバリスタでした。私、バリスタをしているんですけど、好きなカフェはコーヒーよりも雰囲気で決めることが多くて。今働いているカフェの雰囲気が本当に好きなんです」

元々コーヒーがすごく好きだった、とかこの先やりたいことがコーヒーに繋がるとか。そういうこととはまた別のベクトルを向いている。

「自然光が入ってきて、植物があって……あとは、働いている人が一番大事。その人がいるからコーヒーを飲みに来るようなお店であって欲しいなって」

働く人が空間を創り出していく場所。だからこそ、そこにいる人が魅力的で、大好きな空間を体現する存在であって欲しい。ユズがバリスタとして働くモチベーションもそこにある。

「私がいるからお店に来たい、って思ってもらえるようなバリスタになりたいですね。これからワーホリでまたロンドンへ行くんですけど、バリスタをやるってことは決めています」

そんな彼女は、バリスタをするときも好きな服を着て店に立っている。



「さすがにこのベストは着ていかないですけどね。一番のお気に入りだから、コーヒーで汚したら泣いちゃいます。でも、ヴィンテージの刺繍が入ったやつとか、『Ganni』っていう好きなブランドの服とか、好きだなって思える服で立つようにしています。目を瞑ったら、ロンドンで働いている気分ですよ(笑)」

ユズが服を選ぶのは、彼女にとって好きな空間を創るためのもの。訪れる人にとって、その空間を好きになってもらうために、彼女が好きな空間を体現するために服を着ている。だからこそ、その直感に従って、一目惚れした服で、ロンドンの街ですれ違って印象に残った人を思い浮かべるような服を選んでいる。汚せないからとカフェでは着ることがないこのベストも、その意味では全く同じだ。

「絵を展示するときも、この場所でやりたいなって思えたときにやるようにしています。展示で絵を描くときは絵日記と違って期限は決まってるけど……そこは、直感ですね」

ユズが心地いいと思える場所、心が動くこと。その積み重ねが今の彼女を創っている。数か月後、ロンドンのカフェに立つ彼女がどんな場所を創っているのか。それはきっと、今の彼女が東京のカフェでしていることや、描いている絵、そして好きだと思っている場所と、どこかで通じているはずだ。


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yuzuchirol(バリスタ)
東京都出身。日本橋のカフェでバリスタとして働いている。ロンドンへの留学経験があり、今年7月からはワーキングホリデーで再び渡英する。ロンドンの古着屋ではショーディッチの『House Of Vintage』がお気に入り。イラストレーターとしても活動しており、作品は本人のInstagramまで。

Instagram:@yuzuchirol

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