Just One Thing #18
『Burberry’s』のトレンチコート
吉田光佑(ミュージシャン)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2022.11.03
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#18
街路樹の緑がほんのり橙を帯びて、西陽が差し込んで時計を見たら「なんだまだ早いじゃないか」って笑う。そんな季節のある日、ピアノインストミュージシャン、吉田光佑(以下、コウスケ)はくるぶしがギリギリ出るくらいの、丈が長いトレンチコートを着ていた。
「まだコートは、少し暑かったね(笑)」
黒のタートルネックのニットと、黒いワイドめのパンツ。
記憶にある限り、ライブでも、プライベートでも、コウスケはこの出で立ちをしている。やはりこの日もコートの下は、「お決まり」の組み合わせだ。
優男(やさおとこ)。
今ではあまり日常的に使う表現ではないけれど、彼の姿を思い浮かべると非常にしっくりくる言葉だ。すらりと細身で、はにかむような笑みを絶やさず、身のこなし一つ一つに品がある。彼が紡ぎ出す繊細で滑らかなピアノの楽曲は、第一印象そのままといっていい。
それでいて、話し込んでみると、いつの間にか穏やかな口調のまま、驚くほど饒舌になっている。大抵は自身の考えについて語るときと、自分が好きなモノ・コト・ヒトの話をするときだ。自分から話すことはあまりない代わりに、こちらがそういう話題を振ると、興奮しているように思えるくらい熱のある話を聞かせてくれる。だから、いつも似た服を着ていることにだって、今日羽織っているトレンチコートにだって、彼なりの考えがあるはず。彼が自ら語ったことはないけれど、どうしたって勘ぐってしまう。
「このコートを買ったのは2年前だね。まだ学生で、栃木県小山市にある大学へ通っていたんだけど、その近くにある古着屋さんで見つけてさ。それ以来、あの店には行っていないんだけど…このコートはずっとお気に入り。黒いニットとパンツは同じ組み合わせを何着も持ってる」
トレンチコートは、バーバリーのヴィンテージ。
中にしっかりとウール製のライナーもついていて、冬場も着られるようになっている。そして、ずっしりと重たい。シミ一つない状態を保っていて、光沢のあるクリーンなベージュが黒いタートルネックと陰影を作り出す。
「男らしいスタイルというか、がっちりした身体にダボっとした服をラフに着るようなスタイルに憧れはあるんだよね。スケーターの友だち見ていて特に思う。だけど、僕は昔から身体が細いままだし、無理に大きな服を着ても、結局ガタイがいい人の方がそういう服装は似合うからさ。自分の身体の見せ方を考えたら、黒いシュッと見せられるような服にだんだん落ち着いてきた。前は黒スキニーばっかり履いていたけど、今はスラックスを履いている」
コウスケは身振り手振りを交え、また表情を目まぐるしく変えながら話していた。
そんな中、輪郭がはっきりとする黒い服を着ていると、彼の一挙手一投足が空間に浮かび上がってくることに気づく。ライブの時もその繊細な楽曲と、鍵盤をなでるような滑らかな手つき、そして、手足の動きが、ステージに映える。すっきりとした服装こそ、彼の風貌・所作、語り口といった佇まいそのものとリンクしている。服によって彼自身を表現するというよりは、むしろ彼自身を表現する上でより鮮明にその姿を映し出してくれるのがこの服なんだ。それは、彼自身の楽曲を聴くことで確信に変わる。
「寄り添う音楽を創りたい、って思ってる。僕の曲には歌詞がなくて、言葉ではない表現だからこそ、聴く人が自由に解釈して欲しいんだ。いつも必要としている訳ではないけれど、ふと気づいたとき、気持ちにピタっとハマってくれたら嬉しい」
それはハンカチーフのように、その人の気持ちや状況によって役割や受け取り方が変わり得る。常に使っているわけではないけれど、必要な時に備えて、肌身離さず持っているもの。だから、コウスケの作品は内省的な自己表現でありながら、クリーンでまっさらなものでもある。ステージの向こう、スピーカーの向こうにいる人に寄り添うために、創り上げられた彼の表現者としてのスタンスは、自身の影を鮮明に映し出すファッションスタイルにも表れている。
一方でコウスケは、ソロ活動では見せない、別の顔を持っている。
ドラマーとして他バンド、アーティストのサポートを行っている。直近で参加したロックバンド『FUJI』は抒情的な歌詞・メロディで畳みかける楽曲が特徴だ。表現のアプローチとしてはコウスケのソロ活動と好対照といえる。
「自分の中に静と動、両方の部分を持っていたい。ソロでの活動が『静』なら、ドラマーとしてサポートに入るときは『動』。自分の中で殻を破ろうとする衝動があって、それを解放する場でもあるかな」
FUJIでの演奏時は、バンドの歌詞・サウンドに呼応するかのように躍動感に満ちたパフォーマンスを見せるコウスケ。汗が飛んできそうなくらい、全身を使って曲にぶつかっている。そんな鬼気迫る姿もまた、黒い服で動きがより鮮明に見え、細部の力加減、表情、小さな動きまでが目に飛び込んできた。
「全身の力を使って叩くように意識してるね。あまり普段身体を動かして発散するような場はないから、フィジカル的な表現をすることで日ごろのフラストレーションを爆発させている。あとは、曲に対して痛いくらい、涙が出ちゃうくらい共感・感情移入している。FUJIは元々好きで聴いていて、誘ってもらったことから参加しているんだけど、FUJIに限らず他のサポートで入っているバンドやアーティストは自分が『好き』って思える人たちで。曲に対してのリスペクトと共感を目一杯込めているの」
彼自身の感情が爆発するとき、その根幹にあるのは他者の楽曲に対する「好き」という気持ち。それが抑えられないエネルギーとなっている。
「自分で作った言葉なんだけど…『好きパワー最強』っていう(笑)好きだな、って思った相手に対して何かしらしたいって思うし、そのパワーに叶うものってないと思う。もちろん、自己満足なんだけどね」
他者の感情に寄り添う姿と自身の思い・感情を爆発させる姿。
2つのアプローチは、彼の表現が誰かにとって救いであったり、手助けであったり、拠り所であったりして欲しい、という思いに起点がある。自ら自己満足、と語るようにコウスケ自身の表現である以上それは彼の意志であり、自分のためにしているはずだ。ただ、それが誰かにとっても救いになることを、彼は望んでいるように見える。あくまで自らのためにしていることだからこそ、その表現は「どんな自分を見せるか」に帰結する。それは優しさであり、狂気であり、鬱屈したフラストレーションでもある。彼の様々な姿を鮮明に、且つ混じりけなく見る者に伝える上で、いつものスタイルは欠かせない。
ステージやスタジオでの黒い服、そして長年愛用してきたトレンチコートも。
第一印象のスマートで穏やかな好青年、繊細なピアノアンビエントの音色、鬼気迫るドラムプレイ…すべてコウスケの姿なんだ。一見相反していても、表裏一体、根っこは共通している。見る人、すべてに先入観はあるけれど、限りなく今の彼自身を見る上で、そのシンプルで削ぎ落とされた装いは、完璧に思えた。
近いうち、またドラマーとしてステージに上がるという。
今の穏やかな彼がきっと豹変するんだろうなあ…と思い浮かべてみる。そういえば、ステージ上のコウスケも同じような満面の笑みを浮かべていた。きっと彼の表現する喜びは、根本として変わらないんだ。
吉田光佑(ミュージシャン)
ピアノインストの楽曲を発表している。『suko』の名義も用いており、2021年発表の最新作『光の萌し』からは本名で活動。ソロ活動と並行し、ドラマーとして数々のアーティスト、バンドをサポートしている。
最新アルバムリンク 光の萌し
Twitter 吉田 光佑 / suko
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。