ブランド不明のレザーコート

Just One Thing #46

ブランド不明のレザーコート

uni sakura

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.12.14

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#46


黒いTシャツの上にばさっと羽織った、大きめのレザーコート。使い込まれ、よく馴染んだブラウンは特有の艶がある。パッと見ただけでも、それを着ている彼女よりもずいぶんと歳を喰っているように見える。

「お父さんから貰ったものです。今から40年くらい前に秋葉原の革問屋で買ったって言ってました」

渋谷道玄坂のレコードカフェ&バー『BLOODY ANGLE Dougen Tong』のマネージャー、イベントオーガナイザー、WEBサイト運営やリアルサイズモデルなど、様々な顔を持つuni sakura(ウニ・サクラ、以下サクラ)。クラブや店など、どちらかというと薄着で過ごすことが多い彼女だからこそ、がっしりとしたレザーコートが欠かせない。



このコートは、父親が持っている服の中でも、特にずっと欲しかったものだという。このコートに限らず、音楽の趣味や好きな服も今好きな物のきっかけを辿ると父の影響があると語る。レゲエやソウル、ジャズといったブラックミュージックを好んでいた父から譲り受けたレコードは、今働いているカフェにも置いてある。

「最初お店に持ってきたとき、他のスタッフから『これが実家にあるってヤバいね』ってなって(笑)。本当に誰も知らない、かなりマニアックなやつだったみたいで……。今考えたらお父さんの影響は結構大きいのかなって」

父のお下がりに限った話でなく、好きな物は、古いもの。今でも夜な夜なフリマアプリをチェックして、素敵なものがないか探している。

「誰かが大切にしてきたものを使いたいです。高価な物とか、デザイナーズとかには今はまだあまり興味がなくて」

誰かが大切にしてきた、誰かに愛されたもの。人のストーリーが感じられるものに対して愛着を覚えるというサクラ。彼女に「好きな服のテイストは?」とか「よく聴く音楽は?」という質問をしても、あまりクリアな回答は得られないかもしれない。もちろん、好きな音楽もお気に入りの服も決まっているのだけど、今誰もがわかる単語でそれらを括ってしまうことに違和感を感じてしまうようだ。その代わり、好きなもの、素敵だと思える感覚を自分自身がよくわかっている。





サクラは、リアルサイズモデルとして写真に収まったり、イベントをオーガナイズしたり、友人とWEBサイトを運営したり、自己表現のツールを数多く持っている。それらのすべてにおいて、表現したいことは決まっていて、且つそれこそが彼女の自覚している好きな感覚に繋がってくる。

「世界平和を実現したいんです。私にできること全てを使って。このことは小学生の頃からずっと変わらなくて」

初めてこのことを意識したのは、小学校2年生の時だった。広島県出身のサクラは、日本とフィリピンのミックス。母の祖国であるフィリピンを訪れた際に目にしたストリートチルドレンの姿が今も瞼に焼き付いている。

「どの街でも、子どもたちが道端にたくさんいて、『お金、頂戴』って手を伸ばしているんです。その子たちは当時の私とちょうど同い年くらいで、その時、『私がこの子たちだったのかもしれない』って思ったんです。私もルーツがフィリピンにあって、歳も同じくらいで、私がたまたまそういう生活をしていなかっただけだな、って思えてきて」

それまでの生活では目にしたことも思い浮かべたこともなかった過酷な環境に身を置いた子どもたち。彼女はそこから目を背けるのではなく、当事者の意識が芽生えた体験だった。

「日本の学校に通っていたとき、一人だけ外国の血が入っている私が周囲とは異質な存在として扱われるのがすごく嫌でした。そういう差別や偏見を受けた日々が、フィリピンのストリートチルドレンが辛い生活を送っていることとも重なりました。これは私だからこそわかるんじゃないか。生きづらさを感じているからこそ、苦しんでいる人たちが幸せでいられるようにできることがあるんじゃないか。そう考えるようになりました」

具体的に何をしたらいいのかがすぐに見えてきたわけではない。大きなテーマであり、特定の誰かに向けてというわけではないから、明らかな正解があるわけでもない。ただ、サクラの中で実現して欲しい「平和の姿」は既に描かれているようにも思う。

「私、人間嫌いなんです」

字面通りに受け取ったら世界平和とは正反対かもしれないが、この言葉にこそ彼女の本意が隠されている。



「基本的には一人でいることが好きです。イベントとか、クラブとか、人がたくさん集まる場所に行くのもすごく勇気がいるし、嫌な思いをするんじゃないかって常に思っています。自分のことを『好き』って示してくれない相手と接することが怖いんです。すごく」

学校生活から始まり、今なおルーツの違いを理由に周囲から疎外感を味わう体験にも似ている。異物として扱われること、周囲から自分自身が邪魔もののように扱われてしまうことへの恐怖。

自分自身が感じてしまう恐怖を隠すわけでも、無理やり乗り越える訳でもなく、包み隠さず自ら受け入れる。そうすることで、同じような言葉にしづらい居心地の悪さを感じている人が救われるはず。その集積こそが、彼女が思い描く「世界平和」の一つの在り方だ。

サクラが自らオーガナイザーとして『BLOODY ANGLE Dougen Tong』で開催しているパーティーもそんな彼女自身の葛藤や苦しみから生まれていた。

「クラブに行ったとき、全然知らない男の人に背後からいきなりお尻を叩かれて、その人が笑いながらどこかへ行ってしまったことがあったんです。その時、女性が安心して楽しめる場所はどこにもないのかもしれないと思って。じゃあ、作ろう、というところから女性だけのイベントを始めました。ここでの『女性』はシス女性だけじゃなく、トランス女性やノンバイナリー、クエスチョニングも含んでいます。そこではみんな安心して、自分らしく、ただ楽しい気持ちだけを感じて欲しいんです」

辛さや違和感を感じたら、そういう思いをしないで済むようにサクラができることは何か。そこに対しての答えをまずは形にしてみる。リアルサイズモデルとしての活動も例に漏れず。

「最初モデルになりたいと思っていたときは、どうしても世界平和と繋がらないなあ、と思っていたんです。でも、リアルサイズモデルというあり方を知って、世の中の画一された“美”以外を排除するような世界で私ができることかなって」

幼い頃憧れていたモデルとしての活動を後押ししてくれたのも、結局は彼女が描く世界平和の実現への思いだった。

「社会人になって仕事のストレスで15kgくらい太ったんです。その時、広告や雑誌には色白で細い子ばかりが映っていて、『みんなが思う“美”じゃないと意味がない』って思ってしまうような世の中だなあって。でも、そんなはずないし、人間それぞれ誰もが美しい部分を持っているって思うんです」

誰が言い出したわけでもない、外見への暗黙の「基準」が日々触れる情報の中で刷り込まれていく。そんな中で異質、疎外された存在として辛い気持ちになる人がきっとたくさんいる。



今できることを行動にすること。それは、時として遠回りかもしれないし、苦しみや反発にあたるリスクを伴うかもしれない。それでも、彼女が動くことで、共感する仲間や力を貸してくれる存在が集まってくる。

好きな服を着て、メイクをして街に出ること。これはパーティーやイベントと同じく、必ずしも楽しい、ハッピーなこととは限らない。サクラ曰く、それはある種の“武装”でもあるという。

「365日の半分くらいはノーメイクで過ごしています。だから、初めての場所に行くとき、パーティーに出るとき、好きな服を着たりメイクをしたりしている自分が、普段のリラックスしている私とは違うかもしれない。やっぱりどこかで怖いと思っているから、自分を落ち着かせる意味もあると思うんですよね」

それでも、そうやってサクラが勇気を出して、好きな服を着てどこかへ行くことが、誰かを救っているはずだ。パーティーにやってくる人たちの楽しげな様子を見たり、友人と話している様子を見たら、そのことが不思議と納得できてしまう。

好きなことのきっかけをくれた父親のお下がりのコートを着て街に出るのは、きっとだいたい、そういう日なんだ。

誰かの真似ではなくて、自分にとってできることを一つずつやっていくことに意味がある。だって、もしみんながそうする世界になったら、今より幸せになれる人がどれだけいるんだろう? って思えるから。



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uni sakura
広島県出身。4年前に上京し、現在は渋谷道玄坂のレコードカフェ&バー「BLOODY ANGLE Dougen Tong」でマネージャーとして働きながら、Grrrlsの為のクリエイトと音楽のイベント「Sorry Grrrls Only」主催、リアルサイズモデルなどの活動をしている。また、様々な活動の傍ら親友Umi Yamaguchiと共に「宇宙の片隅で生きる私たちの変わらない居場所」をテーマに掲げたWEBサイト『Selfish Club』を運営している。

Instagram:@doleonfire
Selfish Club:https://www.instagram.com/selfishclub.jp/?hl=ja

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