Just One Thing #55
『YUKI FUJISAWA』のトートバッグ
福永千裕(編集者・ライター)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2024.05.02
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#55
「4月の終わりからロンドンへ行っちゃうから、それまでに会いたい人に会おうと思って。会社を辞めたから時間もあるし、会う人が住んでいる街へ飲みに行くことにしてる」
編集者・ライターの福永千裕(フクナガチヒロ、以下チヒロ)と会ったのは、3月の終わり。学生時代から編集プロダクションに所属し、その後ファッションメディアの編集部で記者として働く日々を送ってきた。インタビューを受けてくれたのは、そんな彼女が会社を辞め、ロンドンでのワーキングホリデーへ行くことを決め、新しい生活へと踏み出すタイミングだった。この日は、白のロングスカートと同じく白のアノラックパーカーというオールホワイトの出で立ち。
「特定のブランドとか、テイストとか、古着なら年代とか。そういう特定できる情報があまり見えない服が好きかな。誰もが一目で見てわかる、わかりやすくパッケージングされたものはあまり着ないかも。メルカリで2000円くらいで投げ売られている自分好みの服を“救出"するのが大好き」
確かに彼女は、どこで手に入れたのかわからないものをよく着ている。スタイリングも、決して奇抜な印象はないけれどよく考えたらよそで見たことがないような組み合わせだ。そんなアノニマスなファッションスタイルに合わせるバッグは、大体の場合、布製のトートバッグ。
「割とあんまり考えないで、いいと思ったら買っちゃう(笑)。古着屋さんでいいTシャツがあったら手が伸びるのと同じかな。あとは、仕事でたまたま知ったブランドとか、ノベルティでもらったものとか、自分の意思とは関係なく出会ったものをずっと使うこともある」
この日チヒロが持ってきたのは、多数所持している中でも一番のお気に入り。
「これは『YUKI FUJISAWA』っていうブランドで、ヴィンテージの服にプリントしたり、染め直したりして新しい価値を与えていくコンセプト。仕事で展示会を通して知って、その取り組みに惹かれて買ってからずっとお気に入り。オレンジもあまり服では着ない色だけど、合わせやすいかなって。お気に入りでたくさん使うから、もう結構ビリビリになってきちゃった(笑)」
ボディがヴィンテージだからか、ダメージはそれほど気にならない。一点物、どこにも見ないものに惹かれるというチヒロらしいバッグだ。
「ファッションにはずっと興味があったんだけど、自分が着るモノとしての服にはそこまで関心がないのかな、って思ってる。それよりむしろ、他の人が着ている組み合わせを見てどうしてそういう着方をしているんだろうとか。この人はどういうものが好きなんだろうとかそっちに関心が向くかな。服そのものよりも、それを取り巻く人や情報、価値観が好きなんだと思う」
言い換えれば、ファッションを通して得られる、まだパッケージングされていない情報とでもいうべきか。これだけ情報に溢れた生活の中で、好奇心をそそるものは何か。それは、まだ手付かずの、言語化されていない事柄を探っていくことで得られるのかもしれない。
その意味では、これまで体験したことがない海外での生活をしてみたいと彼女が思うことはごく自然なことなのかもしれない。日本で出会うヒトやモノ、日本語で出回っている情報とは全く別の世界が広がっているはずだ。4月末に渡英し、そのままワーキングホリデーに入るという。
「海外で生活してみたい、っていうのはずっとあって。ワーホリは20代のうちしかできないから、今がすごくいいタイミング。行き先は英語圏がよかったんだけど、その中で音楽とかファッションとか、カルチャーとか。そういうものがロンドンなら楽しめるかなあって」
ファッションはもちろん、音楽やアート、カルチャー全般を愛するチヒロ。その入り口は、雑誌。10代の頃、カルチャー誌『STUDIO VOICE』に衝撃を受け、編集者を志したという。
「10代の時から、いわゆる“渋谷系”と呼ばれる日本の90年代のムーブメントが好きになって、特にフリッパーズギターが大好きだったの。それで、リアルタイムの彼らがどういう暮らしをしていたのかとかどういうことを話していたんだろうとか、そういうのを知りたくなって当時のカルチャー誌や音楽雑誌を買い込むようになった。中野ブロードウェイにあった怪しい古本屋でバックナンバーを漁って」
フリッパーズギターが活動していたのは、チヒロが生まれるより前のこと。
「会社員になるなら、編集者しかやりたくないってずっと思っていたかな。物心ついたときから雑誌が好き。小学生の頃は『二コラ』を読んで、自分で手書き(描き)の雑誌を作ってた。架空のモデルに想像した服を着せた絵を自分で描いて『モデルスナップ特集』みたいな(笑)」
パッケージングされていない、アノニマスなもの、まだ人の手がついていないものを選び取るチヒロの嗜好も、原点は雑誌にあるのかもしれない。雑誌そのものがまだ認識されていない概念、パッケージングされていない事柄を魅力的に、面白く見せるためのものであるからだ。
「雑誌っていう一つのモノの中にロマンが詰まっているよね。たとえば、『POPEYE』って実際にああいう生活をしている人がどのくらいいるかはわからないけれど、そのテーマに沿ったものとか、魅力的なものを選んで形にしているなあって。ある意味ファンタジーの世界を作り上げて、読者に夢を与えているんだと思う」
存在するかはまだわからない世界を一冊の中で表現する。チヒロ自身が楽しいと思うこと、編集者という仕事を通して実現させたいことのベースはそこに繋がってくるようだ。
「一番は、新しい考え方を知りたいことかな。自分と違う考え方というか」
好きな音楽があれば、そのアーティストが放つリアルタイムの言葉を読みたい。街行く人の
服装はなぜそれを選んだのか興味を持つ。服を選ぶときは、誰もわからないようなものを手に取ってみる。チヒロの行動一つ一つは、すべて彼女自身の頭の中にはまだない、他の誰かの考え方に触れる行為でもある。編集者・ライターとして、記事や文章というアウトプットに落としていく以上、こうして得られたまだ見ぬ考えを誰かに伝えるものであることは間違いない。果たして、それは誰にどうやって伝えたいのか。
「正直なところ、特に発信したいとか届いて欲しいって思っていないんだよね。ただ自分が知りたいっていう気持ちだけがモチベーションかもしれない」
もしかしたら、彼女が作るコンテンツは彼女自身のためにあるのかもしれない。人の考えや違った視点に触れる機会は、何も考えずに日々を過ごしていたらほとんどないかもしれない。意見の衝突を人は無意識のうちに避けようとするし、自分の考えを表に出さない人も数多くいる。そうした中でそこに面白さを見出して、まだ誰も言葉にしていない概念を表出させていくことこそ、ずっと彼女がやろうとしていることなのではないか。
彼女が愛用するトートバッグは、ものとしての機能やデザインは最小限のものだ。ディテールや全体の外観からそれ自体が持つ意味合いを想像するのはほとんど不可能といっていい。だからこそ、デイパックやボストンバッグと違い、どういうファッションに合うものかという明確なイメージが湧きにくい。
持ち主がどういった使い方をして、どういったファッションに合わせるのか。それは、何よりも個人の考え方によるものが大きい。チヒロが興味を持つ他人の視点や、影響を受けた雑誌、彼女が作るコンテンツにおいても同じことがいえる。
使い込まれ、ところどころ破れたり、ほつれたりしていくトートバッグ。なぜそれをお気に入りで持ち歩いているのか。ただ通りすがっただけの人にはわからないかもしれないこと。そういうことを誰よりも大切にしているチヒロだからこそ、これからも使い続けていくだろうし、別の新しいものを手に取るだろう。
ロンドンへ行ったとき、トートバッグのコレクションはもっと増えるはずだ。どんなものを持ち帰ってくるのか、次に会う時まで密かに楽しみにしていたい。
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福永千裕(編集者・ライター)
神奈川県横浜市出身。大学在学中から編集プロダクションに所属。その後、ファッションメディアの編集部に編集記者として参加する。今後はフリーのライターとして活動しながら、ロンドンにてワーキングホリデーを過ごす。
Instagram:@chee_fkng
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。